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ライフ #神童だったあの子の今

「キラキラ商社」憧れた彼女が見た現実 摂食障害・醜形恐怖…"フツーに生きられない"原点は「ブスと何度も言われた」過去

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(写真:綾瀬さん提供)
  • 新倉 和花 東京大学法学部卒・麻雀プロ

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幼いころに「天才」「神童」と呼ばれた子どもたちは、その後、どんな大人になっているのか。連載「神童だったあの子の今」では、早熟ゆえに称賛と戸惑いを同時に抱えてきた人物たちを訪ね、いまの彼らがどんな景色を見ているのかを聞いていく。

今回取材したのは、阪大卒インフルエンサー・綾瀬ちいさん(25)。神戸女学院中学部・高等学部から大阪大学文学部へと進み、就職活動では総合商社・大手デベロッパーをほぼ全勝、五大商社からも内定を獲得した。だが入社直前の3月、内定者懇親会の席で全身に蕁麻疹が出てドクターストップとなり、内定をすべて辞退して無職になった。

その後、自身の生きづらさをYouTubeで語り始めると、登録者は瞬く間に12万人を超えた。2026年4月にはKADOKAWAから初のエッセイ『「フツーに生きる」がなんでできないのかやっと気づいたから聞いて』を上梓している。

彼女は、小学生時代、国語の全国1位と、算数の偏差値31を、同時に取っていた子どもだった。

「ブス」と言われた小学生時代

小学生のとき(写真:綾瀬さん提供)

綾瀬ちいさんは2000年8月、兵庫県神戸市に生まれた。父は公務員で母は専業主婦。神戸女学院という阪神間屈指の名門女子校に中学受験するような家庭ではあるものの、同級生に比べれば「だいぶ細い暮らし」だったという。

幼少期の彼女は、本人いわく「生やしっぱなし、生まれっぱなしの野生」だった。自然のなかで遊ぶ女の子。容姿への意識はまったくなかった。

一変したのは、小学校に上がってからである。中学受験のために通い始めた進学塾で、同じ教室の男子から面と向かって「ブス」と言われた。一度や二度ではない。

「もうなんか、単刀直入に、顔がブスみたいな。すごい言われてて」

容姿を品評対象としてジャッジされる、という経験を、小学生のときにまっすぐに受けたことが、その後の人生に長く尾を引く。摂食障害、醜形恐怖症、最終的には100万円超の美容医療――。後年の彼女が抱えるさまざまな悩みの起点は、神戸の住宅街にある進学塾の教室のなかにあった。

【クリックして写真を見る】何度も「ブス」と言われた小学生時代を経て、“顔採用”といわれることもある商社に内定した(写真14枚)
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勉強の方面では明確に「神童」の側にいた。中学受験の進学塾に通っていた彼女は、模試で国語の全国1位を取った経験がある。記述問題で言葉を扱う能力は同年代の枠を超えていた。

ところが算数では偏差値31を叩き出していた。塾の担当講師に呼び出されて、こう言われたという。

「お前は猿以下だ」

教科をひとまたぎした瞬間に、神童は猿以下になる。本人は当時を笑って振り返るが、これは後年明らかになる彼女の認知特性――言葉と数字、言葉と空間の間に横たわる、極端な凸凹――の最も早い兆候だった。

小学生のとき(写真:綾瀬さん提供)

それでも、神戸女学院中学部に合格する。本人いわく「窓のない自習室で1日12時間、目を血走らせながら勉強した時期もあった」。受かったことで「神童」はなんとか維持されたが、本人のなかでは「算数だけは絶対に超えられない壁がある」という感覚が、すでに静かに根を張っていた。

守られていた「変わった子」

中学生のとき(写真:綾瀬さん提供)

中学・高校の6年間、彼女は神戸女学院で過ごす。彼女にとってこの6年間はかなり充実したものであり、ある意味で「守られている期間」だったと本人は語っている。

神戸女学院は、進学実績を学校として公表しない。模試の偏差値ランキングの上でも実態がつかみにくく、外から見れば「正体不明のお嬢様学校」に映る。だが内部にいる子どもたちにとっては、その曖昧さがむしろ救いだった。誰がどの大学に何人受かったかでマウントを取り合う文化が、そもそも校内に存在しなかったからである。

ここで彼女は「変わっている」子のままでいられた。算数が極端にできなくても、空気の読み方がずれていても、それを矯正しようとする圧が薄かった。個性に対する許容範囲が広かった。本人いわく、「もし公立中・公立高に通っていたら、自分はおそらく不登校になっていた」とのこと。

高校1年生のとき(写真:綾瀬さん提供)

だがその上で、プラスなことばかりではなく、容姿コンプレックスはこの時期にむしろ深まったという。「ブス」と言われた小学校時代の記憶が、思春期と結び付いて再燃した。鏡の前で長時間立ち止まり、自分の顔が許容できる形に整うまで動けない――そんな日が、受験期になっても1日のスケジュールに組み込まれていた。摂食障害も、この頃に始まっている。

「勉強しなきゃいけないんだけど、鏡の前で5時間悩むみたいな時間が、絶対に1日に組み込まれちゃう」

それでも、彼女は阪大に届く。

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大阪大学文学部の合格は、本人の言い方を借りれば、ほとんど「力技」だった。

数学は最後まで克服できなかった。本質的な理解、というルートが彼女には通じなかったからだ。代わりに彼女は、センター試験の過去問40年分の解法を、まるごと記憶した。「この形の問題が来たら、次にこの数値を求める」というパターンを片端から脳に詰め込んでいき、当日はそのパターン認識でほぼすべての問題を捌いた。

「もし共通テストだったら、受かっていなかったと思います」

本人は淡々と言う。共通テストでは思考力を問う設問が増え、解法を暗記する戦略では足りない。彼女は「センター試験の最後の世代」だったからこそ阪大に入れた、という自覚がある。

加えて、阪大文学部は二次試験に数学を必須としない。その制度を最大限活用した結果、合格者中3位に。センター本試は91%。十分な結果だった。

高校時代に整形をした(写真:綾瀬さん提供)

文学部を選んだ理由は、はっきりしている。

「面白い女になりたいから、文学部に行きます」

語彙を多く持つ人に色気を感じる、と彼女は言う。自分も、そういう人間でありたい。動機としては、いささか短いが、本人のなかでは一本筋が通っていた。

“キラキラした業界”を目指す

大学時代(写真:綾瀬さん提供)

大学では演劇部に入った。容姿コンプレックスを抱えながら舞台に立つ、というのは矛盾しているようだが、本人にとっては「承認欲求が強い一方で、自分には自信がない」という分裂を、舞台という場で処理する作業だった。

教員免許も取った。高校国語の教員になるつもりで教育実習にも行った。そこで、彼女は教師という選択肢を自分で消す。「共感しすぎる性格」が職業適性として致命的だと気づいたからだ。

大学時代(写真:綾瀬さん提供)

教育実習が終わったのは、大学4年生の7月。その年の就活シーズンは、ほぼ終わっていた。結果として、彼女は1年留年し、もう一度就職活動に向き直る。

その就活で、彼女は完璧に「大手病」を発症する。

「学歴を重んじるコミュニティで育ってきた自分にとって、行くべき場所は知名度のあるキラキラした業界しかない」――本人はそう振り返る。商社とデベロッパーに絞って片端から面接を受けた。面接にこぎつけた会社からは、ほぼ取りこぼしなく内定が出た。五大商社にも複数内定。手元に並んだ内定通知の数は、客観的に見れば「就活無双」だった。

ところが、その内定の山は、彼女に1ミリも安心を与えなかった。

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選んだ就職先は、五大商社のうちの1社、しかも事務職である。同期はほぼ全員女性で、総合職側は将来1500万円以上の年収が見込まれる男性ばかりだった。

内定者懇親会の席で、彼女は同期の女性社員たちが、総合職の男性社員を立てる作法を自然に身に付けているのを目にする。雑談に紛れて、ある女性社員のひと言が耳に入った。

「今の彼と結婚なんかするわけないじゃん。絶対、この会社の人と結婚するわ」

その発言が、今までの人生の中で触れていた価値観と違いすぎたのだという。数日後、首から胸元にかけて全身に蕁麻疹が出る。腫れは引かず、医師から正式に「ドクターストップ」が告げられた。入社まで残り3週間のタイミングだった。彼女は自分から電話して、内定を辞退する。

大学4年生のとき(写真:綾瀬さん提供)

それから少しして、別の医療機関でWAIS(成人用知能検査)を受けた。出た結果に、彼女自身が驚いた。言語IQ 130/知覚(空間認識)IQ 58。差はおよそ70。加えて、ASD(自閉スペクトラム症)の診断も下りた。23歳のときである。

極端に高い言語能力と、極端に低い空間処理能力。それまでの人生で起きていたほとんど全てのつまずきがここで説明された。

「飲み会の場で、自分だけ笑うところが違ったりして、ストレスを感じた後に全身に蕁麻疹が出た。これは『合わない』の域を超えていると自覚しました」

【新生活】4月1日が来るのが怖い

この連載の一覧はこちら

内定辞退後の彼女は、いったん「畳に倒れる」生活に入った。新型コロナ禍と就職活動の挫折が重なり、ほとんどの時間を実家の自室で過ごした。家族は咎めなかった。

「正社員になってストレスをためながら働くより、YouTubeで頑張ってお金が入ってくるならいいんじゃない」

両親はそう言って、彼女の活動を黙認した。撮影中は「撮ってるときは『撮影中』って扉に貼ってくれ」と頼まれる程度で、それ以外の干渉はなかった。神戸女学院が守ってくれた「変わった子のままでいい」という前提を、実家でもう一度受け取り直す形になる。

(写真:綾瀬さん提供)

当初配信していたのは美容コンテンツだった。摂食障害と醜形恐怖症に長く苦しみ、整形まで踏み込んできた彼女の語る「かわいくなる」は、雑誌的な美容情報の手触りとはまったく別物だった。だが本当に視聴者が反応したのは、ある日アップロードされた一本の動画だった。タイトルは「【新生活】4月1日が来るのが怖い」。

(写真:綾瀬さんのYouTubeより)

入社3週間前に内定を辞退した自分の話を、本人が淡々と語っただけの動画である。それが拡散され、彼女のチャンネルは一気に登録者数を伸ばす。現在、YouTube約13万人、TikTok3.2万人。「阪大卒ASDニート女」を堂々と肩書に掲げ、生きづらさ、ASD、容姿コンプレックス、整形、摂食障害について語っている。

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2026年4月、KADOKAWAから初のエッセイ『「フツーに生きる」がなんでできないのかやっと気づいたから聞いて』を上梓。小学生時代から学業優秀、就活では大手企業から続々内定――そんな順風満帆な日々を送っていた彼女が、なぜ「フツーに生きる」ことができなかったのか、を本人の自己分析として綴った一冊である。同月にはAbemaPrimeにも生出演し、自身の体験を語った。

社会の評価軸の外側で居場所を見つけた

過去を振り返る動画のワンシーン(写真:綾瀬さん提供)

国語の全国1位と、算数の偏差値31。神戸女学院と、内定者懇親会の蕁麻疹。阪大塾入試3位と、ドクターストップ。五大商社内定と、ニート。綾瀬ちいさんの人生は、終始、両極端の数字とラベルを同時に背負って進んできた。

社会が用意してくれる物差し――学歴、内定、年収――でいえば、彼女は順当な勝者だった。ところが、その物差しが採点しない部分、たとえば飲み会で空気を読む能力、たとえば「結婚相手はこの会社の人」と笑顔で言える能力、たとえば総合職の男性社員を自然に立てる能力、そうした、数字にならない側の試験を、彼女はすべて落とした。

そして面白いのは、彼女が落とし続けた試験のすべてを、いまYouTubeのカメラの前で「私はこういう試験を落としてきました」と言葉にすることで、12万人を超える視聴者と本一冊分の読者を獲得している、という現在地である。

社会の評価軸の上で勝てなかった神童が、その評価軸の外側に立って、自分の落とし方を売り物にしている。教室の中では神童扱いされた子どもが、教室の外に出た瞬間に居場所を失い、最終的に教室そのものを描写する側に回ってしまう、というのは、この連載に出てくる多くの「神童だったあの子」と同じである。

彼女のチャンネルのコメント欄には、似たようなアンバランスを抱えた視聴者たちが、毎週、自分の話を書き込んでいる。

神童の行き先は、研究者でも、商社マンでも、教師でもない場合がある。自分が落ちた試験を、ひとつずつ言葉にしていく仕事、というものが、令和の側にはちゃんと用意されていた。綾瀬ちいさんの現在地は、そのことのひとつの証明である。

(写真:綾瀬さん提供)

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