貴族の矜恃
観客席の至る所から、ざわざわと騒ぐ人の小声が聞こえてくる。だがそれは決して不快な物ではない。何せその内容は、大抵が「凄い」とか「綺麗」とか、感嘆を表す言葉だからだ。
くーちゃんの衣装は、空のように深く鮮やかな青だった。その布を幾重にも重ねてフリルとし、裾の部分は金糸によって飾られている。だが、真に凄いのはその布に施されている刺繍だ。輝く白金の糸で施されたそれは、かつて僕がフルールさんに贈ったスノウベルの花を模している。それが左右に1つずつ。スカートというよりはマントという感じで纏っているため、くーちゃんの正面は細い紐があるだけであり、待合室で見たとおり他のスライムとは一線を画す色つやを誇るくーちゃんのぷるすべボディが良く見える。
くーちゃんがその場で一回転すれば衣装の裾がふわりと広がり、その背には紋章っぽい物がやはり精緻に刺繍されているのが見える。これはおそらくハイアット家の紋章なんだろう。
服という観点から見れば、この時点で他の参加者とは比較にならない。この後登場することになる僕も、単純な服の完成度という意味では遠く及ばないだろう。
「実に素晴らしい衣装ですが、どちらの店の職人が手がけたものでしょうか?」
レンデルさんの口から、そんな商人らしい質問が飛ぶ。でもそれに対するフルールさんの答えは、笑みをたたえたままゆっくりと首を横に振るというものだった。
「いいえ。これはお金を出して作らせた物ではありません。流石に糸や布は購入したものですが、刺繍も縫製も私自身が手ずから行ったものです」
「なんと! フルール様がお作りになられたのですか!?」
「はい。皆さんもご存じの通り、私はほんの少し前まで体が弱く、1日のほとんどをベッドの上で過ごす日々でした。だからこそ手慰みにと刺繍を趣味として行っていたのですが、その成果がこれです」
「なるほど。それ故にこの完成度ですか。いや、本当に素晴らしい。許されるなら買い付けしたいくらいです」
そんなレンデルさんの言葉に、隣に座っていた当主さんがゴホンと咳払いをする。その意味がわからないはずがなく、レンデルさんの左の眉毛がピクッと動き、姿勢を正して椅子に座り直していた。その様子を見て、フルールさんが小さく笑う。
「ふふっ。流石にこれをお売りするのはご容赦下さい。今回の刺繍は特に力を入れて、想いを込めて作ったものですもの。贈るとすれば、意中の殿方にくらいでしょうか?」
「ごほんっ!」
フルールさんの発言にさっきより大きめの咳払いが当主さんから飛んできて、執事さんも若干困ったような表情を浮かべている。そんな二人の様子を見て、フルールさんが悪戯っぽく笑う。
「これ以上言うと怒られてしまいそうですね。でも、これだけは言わせて下さい。今回のこのファッションショーは、私にとって非常に有利な条件が揃っていました。貴族として布や糸にかけられるお金も違いますし、働けない体であったが故に全ての時間をこの刺繍に費やすことができました。だからこそ私の作品は優れていると自負しております。
でもだからこそ、私は次が楽しみなのです。もし次があるのなら、その時はもっと余裕を持ってスラリンピックの告知が行われるでしょう。それに時間が経てばそんなこととは関係無くスライム達に衣服を作ってあげる人も増えるはずです。そうなった時こそが本当の勝負だと思っております。いずれ訪れるその時を、私は楽しみに待っておりますわ」
それは、貴族として上から見下ろす発言だった。今日の自分の勝利は揺るがず、次の挑戦を待っているという強者の余裕。でも、それを咎める人などこの場には一人もいない。相手が貴族だからということもあるが、それ以前の問題として、この発言は奇跡だからだ。
身分制度のあるこの世界で、平民が貴族に挑戦できる機会なんて普通はあり得ない。貴族に対して「お前を打ち負かしてやる」なんて言ったら、その時点で捕縛されて罪に問われるような世界なのだ。なのにフルールさんは「挑戦を待っている」と言った。この場でなら、こういう機会でなら勝負を受けると、仮に自分が負けることがあっても素直に相手を認めて賞賛すると、そう言ったのだ。
勿論、条件は全くもって対等じゃない。でも、この世に対等な勝負なんてものはまず無い。日本でだって全く同じ位置からスタートして競えるなんて事はまず無くて、それこそオリンピックだって練習にさける時間や練習場の整備のお金なんかは国によっても競技によっても違う。よーいドンが通じるのは本番だけで、そこに至る過程は不平等に満ちている。
だけど、勝負が出来る。どれだけ条件が不利だろうと、同じ場所に立って勝負が出来るなら勝ち目がある。しかもそれが「ファッションショー」みたいな催しなら、例え出来レースで優勝ができなかったとしても、観客の目までは誤魔化せない。肩書きが得られなくても実際に見た人達に「自分の方が綺麗だった」と思われることは不可能ではないのだ。
その言葉に、観客席の方では拳を握ってやる気を見せる人がちらほら居る。勿論冷めた目で見てる人だっているけど、そう言う人達は「お客として」イベントを楽しむことを目的としてる人達だろうからそれはそれでいいと思う。
「貴族様は凄いねぇ」と何も変わらず感じない人。「貴族が何を言ってるんだか」と呆れて嫌悪感を表す人。「貴族なのにあんな事を言えるなんて」と驚き好感を示す人。それぞれがどのくらいの割合で、結果としてどうなったのかは僕なんかにはわかりようもないけど……ニコニコ笑ってなあなあで済ますこともできたのに、きちんと「貴族としての自分」の立ち位置を言葉にして表明したフルールさんを、僕は応援してあげたいと思った。日本で適当な政治家が同じようなことを言ったら「何言ってるんだか」のグループだったと思うけど、直接本人を知ってる身となれば、まあね。甘いのかも知れないけど、別に甘くて困ることも無いしね。
「それでは、アピールタイムをお願い致します」
そう言って執事さんが、フルールさんに何かを差し出す。何だろう、バイオリンっぽい形? 張ってある弦は何本だろう? この位置からだと流石にそこまではわからない。ただまああの形なら間違いなく楽器だろう。もしあれをフルールさんが全力スイングしてくーちゃんをはね飛ばすのがアピールだったりしたら、僕はもうこの世界の何も信じられなくなると思う。
「先ほどの素敵な歌の後では恥ずかしいのですが……それでは、聞いて下さいな」
そう言ってフルールさんが弦をつまはじき、辺りに不思議な音が響く。電子音ってことはあり得ないんだけど、そういう感じの硬質で高く響く音だ。調子を確かめるように2、3度音を鳴らしてから、いよいよフルールさんが曲を奏で始める。それに合わせるようにくーちゃんが跳ねて、回って、舞い踊る。
何だかとても不思議な感じだ。スライムボディなのに何処か妖艶さすら感じさせるような蠱惑的なくーちゃんの動きに、フルールさんの奏でる澄み渡った音が見事な調和を見せている。観客席の誰も声を出すことすらなく、お祭りの最中だというのにこの一角だけが静かな世界へと変貌している。
そんな世界に魅了され、そんな時間はすぐに過ぎ去ってしまう。演奏を終えたフルールさんが執事さんに楽器を手渡すと、スカートの裾を摘まんで一礼。
「ご清聴ありがとうございました」
会場は今日何度目かの万雷の拍手に包まれた。