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2015年12月20日

雅子さんの元女官長の訃報

雅子さんの元東宮女官長をしていた高木みどりさんが亡くなった。享年83歳。
雅子さんの女官長を1993年6月から2003年7月まで10年間もお務めになった。
雅子さんの本性を見たかしらん?
ま、見たとしても墓場まで持って亡くなられたのでしょう。



高木みどりさん死去=元東宮女官長
時事通信 1220()1026分配信


yjimage 高木みどりさん(たかぎ・みどり=元東宮女官長)18日、心不全のため東京都内の病院で死去、83歳。

 東京都出身。葬儀は22日午前11時から杉並区上荻213の光明院で。喪主は長女貫井ゆかりさんと次女高木かおりさん。
 19936月、皇太子妃雅子さまのお世話をする初代東宮女官長に就任。20037月まで務めた。
(これが唯一の公表された高木さんの写真)

Wikiで経歴を調べたが出てない。ご主人のことが出ていた。フランス文学者でナルさんにフランス語を教えていたそうだ。

高木
(たかぎ すすむ、1931 - 1987823)は、フランス文学者 東京大学仏文科卒。学習院大学で教え、のち文学部仏文科教授皇太子徳仁親王フランス語を教えた。没後、妻の高木みどり1932-2015)が93東宮女官長に選ばれた。


雅子さんと女官について書かれた記事にこういうのがある。女官との確執がかなりあったようだが、ここに書かれている女官とは高木さんなのだろうか?それにしても10年もよくお務めなさったと思う。
興味深いので転載する。

雅子さま「私は病気ではありません」

週刊新潮2008518

雅子さま「私は病気ではありません」、宮内庁と女官への「かくも深き不信感」

先月のとある夜、さる宮内庁幹部が内輪の親睦会出席のため、都内の飲食店を訪れた。
参加者は親しい間柄にある他の官庁のキャリア官僚4、5名ほど。

「年に1、2度、開かれる私的な飲み会ですが、いつもは顔を見せない宮内庁幹部が、珍しくやってきた。
仲間内という気安さもあったのでしょう。そのうち、雅子妃に対するグチをポロッと漏らした。
雅子妃は警護官を選り好みして困る。とこぼし始めたのです。」
と関係者は話す。

「宮内庁幹部の話によれば、雅子妃と東宮の女官との関係が必ずしもうまくいっていないそうです。
雅子妃は女官に対して不信感を持っているようで、女官があれこれ言いふらすために、
その話が回り回ってマスコミに書かれた末、天皇家との確執になっていると思いこんでいるようなのです」
羽毛田長官発言以降、雅子さまはどう受け止めたか?

両陛下との関係修復に努力されている。3月2日に梅の花を鑑賞され、3月13日にも訪問している。
だが、先の関係者によれば
『皇后陛下と雅子さまの関係は微妙だそうです。両陛下が東宮にいらしたとき、
雅子さまはあまり皇后とお話していなかったようだ』
「雅子妃は、そもそも、皇室外交を担うという希望を持って嫁いできたのに、海外に行くどころか、
宮中に閉じこめられて"お世継ぎ"を産む役割ばかりを求められてきた。

宮内庁幹部が、そうした趣旨の発言をしてきたことも事実であり、その精神的な負担が現在の病気の原因となり、
皇太子殿下の"人格否定"発言に繋がっ
ている。雅子妃は
"
宮内庁は自分を守ってくれない"
という不信感を持たれているのでしょう」

公務は欠席されるものの、私的外出の表情を見るかぎりでは病状も回復されているように見える。
しかし、宮内庁との確執がなくなったわけではない。

先の関係者は「宮内庁幹部によれば、雅子さまは、公務に行けない理由を病気にしているのは宮内庁です。
私は病気ではありません。とおっしゃられたこともある。その発言を聞いた人たちは、
そんなことをおっしゃられる事自体が病気ではないだろうかと話していたそうです」

「雅子さまは、女官云々よりも東宮職全般に不信感を抱かれているようです。」
雅子さまが心を許しているのは小和田家と皇太子殿下だけ。

3月下旬からの長野・奥志賀高原へのスキー旅行も、礼子さん一家とお出かけになった。
静養といえば小和田家と、というのが雅子さまのルールになっているんです。

女官をはじめ、東宮職員もみな、雅子さまには本音で近づけない。

会話がほとんどなく、まったく意思の疎通が図れていないのが事情です。
以前には、雅子妃は女官に直接口頭で指示せず、用事を書いたメモを
自室のドアの下から差し出していたことがあった。

女官との関係が修復できないほど悪化したきっかけが、05年11月、紀宮さま(黒田清子さん)の

ご成婚時であるという。

「披露宴に雅子妃は洋装で出席された。お立場から言えば和装であるのが常識です。
他の皆様が淡い色合いの着物だったのに比べ、雅子妃は派手な色のドレス姿だったので、
周囲が目を疑ったことがあったのです」

「どうしてそんな服装になったのか、披露宴の後、当時の渡辺充侍従長が東宮の女官に問い質しました。
女官は"雅子さまから事前にお召し物の相談が無かった"と答えたそうです。

しかし、雅子妃が和装という常識をご存じなかったとしても、
女官を通じて雅子妃から御所や秋篠宮家に相談なさってもよかったのではないでしょうか。

渡辺侍従長が、そのように女官に重ねて尋ねると、女官は
"雅子さまは、
私たちの申し上げることはまったくお耳に入れてくださいません"と言ったそうです」

このとき、雅子妃も、自分だけ服装が浮いてしまったことに苛立ちを隠さなかったという。
「雅子妃は"どうしてあなたたちが確認しないの。あなたたちのせいで恥をかかされたと
女官に対しておっしゃったそうです。

女官"そういったことは妃殿下が我々に命じてくださって初めて出来ることです。
我々は、そこまで雅子さまの全てのご面倒を見なければならないのでしょうか"と悩んでいました

ドタキャンに対して、雅子さまから説明してくれればいいがそれもなく、

東宮職から一方的に言われ訪問先相手に対して宮内庁が尻拭いをしなければならない。
それ以降、女官との疑心暗鬼が続いている。

その後、小山さんが養育専任女官として引き抜かれた。
皇太子ご夫妻は小山さんを信頼されており、ご両人の希望で急遽決まった人事です。

雅子さまの東宮女官に対する不信感を払拭するためだろう。

だが、公務復帰に関して見解の相違があるという。
野村一成東宮大夫が治療優先派。末綱隆東宮侍従長は公務復帰派。
宮内庁は春秋の園遊会を公務復帰の目安としている。

野村東宮大夫は外務省出身で駐ロシア大使を経て06年から現職
雅子妃が幼少の頃、父親の小和田恒氏の部下として同時期にモスクワで勤務したことがある。

末綱東宮侍従長は警察庁出身
神奈川県警本部、警視庁副総監を経て
05年から現職

「末綱さんは皇太子殿下が学習院大学卒業後、オックスフォード大学に留学した際に警護官として同行し、
二人きりでヨーロッパ中を旅行したほどの間柄。

殿下の信頼は厚く、末綱さんはいずれ警察庁長官か警視総監と目されていたが、
殿下のたっての希望で東宮侍従長に就任することになった。

一方の野村東宮大夫は、小和田恒氏の意向で、東宮大夫に就任した」(宮内庁関係者)
その末綱東宮侍従長が、昨年)夏頃、辞意を漏らしていたという。

「末綱さんが辞意を漏らした原因は、雅子妃への不信感と、野村東宮大夫との確執です。
末綱さんは、決意を持って東宮侍従長になったわけですが、
次第に雅子妃の行動に耐え切れなくなっていったそうです。

皇太子殿下は末綱さんに
やりたいようにやってくださいと言っていた。

そこで末綱さんがまず手をつけたのが、雅子妃の公務復帰。

少しずつでいいから、前向きに公務復帰を検討していただきたくて、

雅子妃に何度も何度もいかがなさいますかと聞いていたのです」(同)

ところが、雅子さまの主治医(大野)は治療のために雅子さまの希望を入れ、

公務負担を減らそうとする。野村東宮大夫も言わずと知れた小和田ルートの人事のため雅子さま優先。
もっとも今では思いとどまっているという。

なにしろ雅子さまの公務復帰の目処はたっていない。
公務のドタキャンの尻拭いの大変さが雅子さまには理解できていないよう。
が、意見を言える人物はいない。腫れ物に触る扱い。

雅子さまは愛子さまの入学で手がいっぱい。

だが、連日、妃殿下が付き添って通学するのは異例。

皇室ジャーナリスト

たとえば、浩宮さまの時は侍従が、紀宮さまの時は女官がそれぞれの役目にあたっていました。

表向きは、愛子さまと一緒に外出される機会が増える事が病状の回復の一助になるという理由

本来ならば、女官の付き添いだけで、愛子さま一人でお過ごしになる時間を持つことも、
初等科での教育的役割のひとつですが、その第一歩からして後退せざるをえなくなったのは
残念なことと思います。

さらに健康回復のバロメーターのひとつになるのは、春と秋に催される園遊会に出席されるかどうか。
長時間立ち続けなくてはならず、臨機応変に言葉を交わさなけれなりません。

そもそも、発病した経緯を顧みれば、宮内庁や東宮職が、雅子さまの不信感を取り除かない限り

心の病は完全に癒えることなはいであろう。

私は病気ではありません。とはいうものの、公務復帰への道はまだまだ遠いと言わざるをえない


こんな女性が上司になったらたまったものではない。人の迷惑を考えない、口もきかず、ドアの下からメモを出す?ドタキャンの尻拭いがどれだけ大変か心配りもなし。

愛子さんの入学で手一杯ってなに?なにをするの?準備はすべてまわりがやってくれるでしょうに。
勝手に不信感をもっているのでしょう。

女官も宮内庁も結局振り回されてしまっただけでは。そしてそれが今も続いている。
この状態で立后されては困ることがたくさん出てくる。





remmikki at 20:50│Comments(12)TrackBack(0)皇室 

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この記事へのコメント

12. Posted by remmikki   2015年12月22日 22:24
日本国民さん、

高木みどりさんと雅子さんのやりとりはどうだったのでしょうか、推し量れませんが、叱咤激励を理解するおつむが雅子さんにあるのかどうか。皇太子に「人格否定された」と言わせたくらいですから。

ますますやりたい放題となるのは明らか。
11. Posted by 日本国民   2015年12月21日 23:15
まずは、高木みどり氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

お花畑脳でしたので、この御方の存在を今回始めて知りました。
雅子卑の初期は、まだまだまともに活動されていたし、日本国民達も知る所ではありませんでした。高木みどり氏が叱咤激励し、雅子卑と対峙していたんでしょう、か?

今後はやりたい放題でしょう。
日本国のためにも一日も早い、廃太子廃妃を望みます‼︎
10. Posted by remmikki   2015年12月21日 22:36
ゆかりんさん、

ただのワガママ病ですわね、どう見ても。
こんな人間、人としてクズですよ。
権威を与えてはいけない人。
気に入らない人間を次から次とクビ、やりたい放題、人によっては鬱になったり、自殺してしまうでしょう。害悪ばかり。

高木さん、さぞご苦労あったことと思います。
9. Posted by remmikki   2015年12月21日 22:30
Kiwaさん、

あとのふたりは外務省つながりですね。
今や東宮職は外務省の天下りとカルト信者だらけでは。
雅子さんのわがままやりたい放題になぜ誰も意見を言えないのか不思議です。
そうですよ、皇室のあり方は次代に任せるなんて無責任です。

お皿さまの女官をお勤めのご家族とお知り合いなんですね。
静かに聞いてくれるが批判には同調しない、ですか。

東宮が即位したらとんでもないことに。

花の舞衣さん、

人として最低ですね。
こういう人間に権力を与えると北朝鮮みたいになります。
私どものような意見を言うものは粛清ですわ。
お~、怖い!
8. Posted by remmikki   2015年12月21日 22:16
花の舞衣さん、

なあ~んにもできないのが雅子さん。
こんな人見たことないですよ。
至らない人はたくさんいます、少しづつ学んで勉強していくものです。
それななんですかこの人、まわりに不快を与えてもなんとも思わない。
機嫌悪く、気に入らなければ口もきかない、会うこともしない、人として最低です。

そしてまわりも両陛下も注意もなにもしないでやりたい放題、こんな人が皇室にいるなんて国民がストレスです。
人間失格、皇室にいる資格なし。

七竈さん、

これほどの人間いるでしょうか。出逢ったことないですよ。
10年もお務めした高木さん、どれだけご苦労があったか。
こんな人間を皇室に入れてしまった両陛下とこんな人を見抜けなかった皇太子も責任あります。
昭和帝は反対していた。先代が反対していたから、といえば、引き下がらせざるを得なかったはず。
反対を押し切って入れた関係者名乗ってみなさい!

青空さん、

家庭をもっている主婦では勤まりませんからね。
未亡人なら寝食捧げてお務めできますから。

女官長は4年も空席だった、今の方勤まっているのでしょうかね。
東宮女官長のリストをありがとうございます。

諒さん、

病気ではない、なら中抜け・ドタキャン・ドタ出せず、公務をなさったら。
病気でないから医師の会見もないのでは。
「仮病の税金泥棒」とは的を得た言葉です。

一生おさぼりし続け、特権を利用して居据わるつもりでしょう。
7. Posted by 花の舞衣   2015年12月21日 21:34
kiwaさま、
同意!一人の人間として恥ずかしい
ことをしています。
同じ女性としても、恥ずかしいです。
放置されて、堕ちるのですか?
どなたも救ってくれないの?
おワタの一族も無情ですね。
人が人としてあるべきことも分からず
させたい放題では、親がいなくなったら如何するのでしょうね~。
6. Posted by kiwa   2015年12月21日 15:49
最初の10年間は至極真っ当な女官長、その後のお二人は外務省繋がりもうこれだけで胡散臭さが漂っているというものです。OWDの鳴り物入りで起用された木幡氏でさえ匙を投げた様子が伺われる新潮の記事ですが、ここまで雅子さんの我侭を肥大化させた責任追求の声が上るのは必然だと思うし、皇室のあり方は次代にまかせるなんて暢気な事を言っている状況ではないのです、両陛下!

お皿さまの女官をお勤めなさった方の家族と知りいなのですが、私が東宮家批判をしている間(言葉を選び選びかなり抑えた批判です)静かに聞いてはくれますが、批判に同調する事は皆無ですね。

国民から上っている疑義は、妃殿下として云々以前にひとりの人間として不誠実な言動の数々に呆れ果てている状態で、妃殿下、さらには立后なんてのはもってのほかというところです。
5. Posted by ゆかりん   2015年12月21日 12:22
結局は、ただのワガママ病の雅子。
選り好みは、食べ物に始まり、ありとあらゆる物、事、人を蔑み、言い訳満載の記事を書いてもらって、ヘラヘラ。
皇室に巣食うこんな人、妃殿下なんて呼べやしない。
廃妃という「駆除」をして頂きたいです。
亡くなられた高木さん、さぞや心に残す事があったのではないかと思います。ご冥福をお祈りします。
4. Posted by 諒   2015年12月21日 00:56
私は病気ではありません!!と高らかに宣言されたのであれば、是非あなたがするべき公務を義弟宮夫妻に任せず、率先してこなしてくださいませ!!


私からの望みはそれだけです!!


義弟宮夫妻もブラジルへ2週間滞在した後に、あれやこれやと駆り出される心労も軽減するはず…


是非とも御病気であらせられない、御健康な雅子が御活躍いただきたい…




所詮無理な話とはわかりながらも、綴ってみました♪
3. Posted by 青空   2015年12月20日 21:47
高木教授は学習院大学での役職上、浩宮様の担当でした。高木夫人はとても育ちが良く、品のいい美人だと噂で聞きました。

女官長の業務は宿泊を伴う激務なので未亡人が条件だそうです。上の記事は二代目女官長です。小和田恒氏の推薦ですが、皇太子妃は情け容赦無かったようですね。その後4年もなり手が無かったのも仕方ないことだったでしょう。

東宮女官長
1993~2003年 高木みどり
2003~2011年 木幡清子(シリア大使木幡昭七氏の未亡人)
<女官長空席 4年>
2015年~ 西宮幸子(2012年中国大使任命直後に亡くなった西宮伸一氏の妻)
2. Posted by 七竈   2015年12月20日 21:34
全てが、集約されている記事ですね。皇室外交をしたいって言うけど、語学力皆無だし服装のマナー無視して出席すれば悪目立ちは当然でしょ。突っ込み処満載ですね。そりゃ、女官さんもフォロー出来ませんよ。最期に全てをぶちまけて欲しかったのですが、職務上知ったプライバシーは公表する事は、周囲に迷惑を掛けてしまうので憚れるのでしょうね。ミテコと仲が悪いのは同族嫌悪?つくづく公人に相応しく無い人間だと再認識しました。ご冥福を、お祈りいたします。
1. Posted by 花の舞衣   2015年12月20日 21:32
言うなれば
女官の扱いも出来ない
皇宮警察の扱いも出来ない、
皇太子の扱いも出来ない、
子供の扱いも出来ない、
親戚の扱いも出来ない、
任務も出来ない、
ただのOOですね。
皆んないいことも、嫌なことも、
満遍なくしているのです。
上に立つものは、それだけ責任が重いものなのに、自分勝手なだけの
思い遣りも無い人は、人間失格ですね。国民の象徴なんて言わせませんよ。

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