鄧小平は1978年にトヨタに中国進出を要請した。しかし先見の明がなかった当時のトヨタは断った。鄧小平は次にドイツに声をかけたら、フォルクスワーゲンが応じた。そして1982年に上海でサンタナの生産が始まった。中国が改革開放政策を初めてすぐは、日本企業は及び腰だった。「日本が支援した」はデマ
Replying to @MasuzoeYoichi
舛添氏の中華思想にも困ったもんだ
中国の発展の根幹は日本から支援、日本人なら誰でも知っている
問題は、日本が中国の本質を見誤ったのだ
それは中国人に「恩は恩で返す」という言葉は無いということに。
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