日本国宝展 鑑賞ガイド④ 主に後期のみの展示品
日本国宝展の予習ガイドで、筆者は2期と6期に行く予定なので、6期に出て2期に出てこないものをまとめましたー
なお、展示ナンバー21までの「Ⅰ ニッポンの国宝―美の歴史をたどる 1 日本美術の巨匠たち」と、前後期共通のものは、別記事にまとめています。
今回はいつもより少し親しみやすい方向性にしてみました。
Ⅰ ニッポンの国宝―美の歴史をたどる 2 いにしえ文化きらきらし
33 衵 萌黄小葵浮線綾丸文二重織(古神宝類のうち)(熊野速玉大社)
「神に捧げた、色の重なりと祈りのきらめき──女神を包む萌黄の夢」
衵(あこめ)とは、上着と肌着との間に着る衣のこと
女性用のものは内側に着ることから「うちき」とも呼ばれた
衣の色を美しく見せるために、何枚か重ねて着る場合もあった
文様のある萌黄(萌葱(もえぎ))色の織物の上に、紫や白の色糸で二重に文様を浮かび上がらせる高い技術が用いられている
熊野速玉大社の重要な神様の一人である夫須美大神(ふすみのおおかみ)という女神に奉納されたと思われる
萌黄色はもともと黄緑色に近い。色あせて黄色に近くなってる。
34 唐衣 緯白小葵文浮織(古神宝類のうち)(熊野速玉大社)
画像見つからず😢
35 衾 黄地浮線綾丸文唐織物(古神宝類のうち)(熊野速玉大社)
寝るときにかける布団
37 松椿蒔絵手箱(阿須賀神社伝来古神宝類のうち)
🕰 いつのもの?
明徳元年(1390年)ごろ!
足利義満たちが神社に奉納した13の手箱のうちの1つだよ✨
阿須賀神社は熊野関連の神社!
それぞれデザインが違ってて、まさに“一点モノ”コレクション!
📦 どんなカタチ?
角がまるくて、ぷっくりふくらんだ優しいフォルム💕
蓋と本体の合わせ目には**白鑞(はくろう)**っていう金属の縁取りが入ってて、見た目もカッコよく補強もばっちり!
🎨 なにが描かれてるの?
テーマはその名の通り…松と椿!
しかも地面から盛り上げ蒔絵(もりあげまきえ)で“土”が描かれてて、そこから高蒔絵で松や椿がにょきにょき🌲🌺
葉っぱや花びらには金属の薄い板(青金の金貝)を貼ってピカピカ✨
さらに、細かいところに**切金(きりかね)**がキラリ。もう職人技のオンパレード!
🧺 中はどうなってるの?
中には大小ふたつの**懸子(かけご)**っていう箱が、入れ子式でピッタリ収納!
中の布はなんと…**赤地に蓮華唐草文(れんげからくさもん)の錦✨**で、これまた豪華〜!
🖼 蓋の裏までおしゃれ!
裏側にも同じデザインがあるけど、技法はちょっぴり控えめ(高蒔絵だけ)
でもそれがまた粋!表は豪華、裏は上品…まるで江戸っ子の美意識!?💕
🎀まとめると…
この手箱、まさに“金の美のかたまり”✨
中までこだわり抜かれた、将軍級のセンスと技術がつまってる!
奉納品の中でも群を抜く優美さで、今でも見る人の心をきらりと照らしてくれる宝物だよ~🌸🌿
Ⅰ ニッポンの国宝―美の歴史をたどる 3 祈りのかたち
45 絵因果経 巻第四下1巻
「香水の一滴が、仏教の未来を照らす――
火炎をまとう天女も舞い降りる、色彩の奇跡✨」
📌概要
『過去現在因果経』を基にした絵巻形式の仏教絵画。上下二段に分かれ、下段に経文、上段に絵画を配置
奈良時代の写経らしく、経文は八字詰の力強く端正な筆致
絵は丹朱・緑青・胡粉・群青などの色彩で丁寧に描かれ、色鮮やか
📚歴史・背景
『過去現在因果経』は、釈迦が過去世に修行者「善慧仙人」として登場し、普光如来に仕えていたことから始まる仏伝
奈良時代に盛んに制作された仏教説話絵巻の一つで、信仰・教育・装飾の三つの役割を果たしていた
現存する奈良時代の「絵因果経」は他に上品蓮台寺本、醍醐寺本(報恩院本)、出光美術館本、東京芸術大学本などがある
🎨 巻第四下(竹園精舎建立の場面)
釈迦が座る竹林に、王が水を捨てて“精舎を寄進”!
→ これは、仏教史上最初の僧院「竹林精舎(ちくりんしょうじゃ)」建立のシーン。
→ 香水入りの宝瓶を捨てる動作が、土地を仏教に施す“寄進の儀式”なのです。
✨ 見どころポイント!
空を飛ぶ天女(飛天)と、鮮烈な朱と橙の衣!
→ 釈迦や飛天の衣装は、信じられないほどの鮮やかな朱・橙。
→ 顔の白さとのコントラストが極めて美しく、顔料の発色も圧巻。
→ 仏画の中でも、ここまで色彩にハッとさせられる絵巻は稀。釈迦の前に座す王や弟子たちが整然と並ぶ構図も美しい。
→ 背景には竹林、空には火炎に乗った天女の舞…視線が上下に動く名場面!
🏯 竹林精舎とは?
場所:インド・王舎城(ラージャグリハ)北門近く
創建:長者や王が釈迦に帰依し、竹林を献じて建立
意味:仏教最初の「僧院」で、雨季に修行者がこもるための場だった
→ 当初は質素な建物で、後に立派な祇園精舎へと受け継がれていく
→ 精舎寄進のシーンは、仏教が社会に根づいていく大きな一歩を象徴!
48 宝相華蒔絵経箱
―― 天台大師の法華経を納めた、平安のきらめく経箱! ――
🕰 いつのもの?
平安時代のきらびやかな蒔絵の代表作!
中には、天台大師・智顗(ちぎ)の手による法華経が納められていたと伝わる…⁉️
🎨 どんなデザイン?
表面は黒漆のきらきらした地に、金と銀、青金(=金銀の合金)を駆使✨
描かれているのは、極楽浄土に咲く宝相華唐草!しかも左右対称の美しさ🌸
空には瑞雲(ずいうん)や飛鳥も舞っていて、まるで極楽の空気そのまま🎐
🧺 つくりもこだわりいっぱい!
蓋はほんのりふっくら(=甲盛)、開け口には錫(すず)の縁どりも✨
内側には金襴の布地が貼られていて、まさに宝物のための箱という感じ!
💡まとめると…
平安時代の“極楽センス”がぎゅぎゅっと詰まった最高級の経箱✨
蒔絵の技術も、構図の美しさもバランス抜群で、いま見てもため息が出るほど優美🌿
まるでお経が宝石みたいに大切に包まれている、そんな感じがするよー💕
49 釈迦如来像 京都・神護寺
🎨 どこがすごいの?
全身を包む深紅の衣…これがもう圧巻!特にこの**鮮やかな朱色(水銀朱)**は、まさに天台宗系の仏の王道スタイル「朱衣金体(しゅえきんたい)」💫
赤の上に**レースのように金の細工(截金=きりかね)**がちりばめられてて、まるで宝石のような繊細さ✨
ハイライト効果「照暈(てりくま)」もバッチリ決まってて、衣の立体感がすごいの!
🛕 いつごろ作られたの?
12世紀半ば(院政期)、仏画の完成度がぐいぐい上がっていた頃🎨
色彩表現や装飾の丁寧さから、この時代の「仏画の爛熟期」の代表作とされているよ!
🧽 じつは修理でよみがえった!
平成19〜21年に大修理✨背景の暗さがとれて、本来の明るさや色彩がかなり戻ってきたよ🌈
台座の断裂も修正されて、より自然な姿に💕
🏞 どこで使われてたの?
高雄・神護寺に伝来。おそらく、最澄が創始したとされる**法華会(ほっけえ)**という儀式のための本尊画として使われたとされてるよ📜
法華会は平安時代を通じて毎年3月に神護寺で行われてた、由緒正しい行事なの!
💡まとめると…
色も装飾もオーラもぜんぶ圧巻!まるで“仏界の宝飾王”✨
深紅の衣にゴールドが舞う、完璧なまでの朱×金の美の世界。
平安の人々も、これを見て「ありがたや…🙏」ってなったはずだよー!
釈迦如来像は7:22から
52 普賢菩薩像 東京国立博物館
―― 白象に乗って法華経信者の前に降臨! ――
✨ “信じる人の前に必ず現れる”という約束を描いた、やさしくも力強い菩薩像 ✨
🎨 見どころポイント
六牙の白象に乗った普賢菩薩が、まさに登場した瞬間をキャッチ📸✨
菩薩の体は、『法華経』に出てくる「白玉色」のイメージを淡い墨の線で表現。北宋風の繊細な線描が美しすぎる…!
衣には截金(きりかね)技法で文様がギッシリ!髪の毛より細い金箔でここまで描くなんて…まさに職人魂🔥
🕊 優しさと色気の同居…?
仏画なのに、ちょっぴりなまめかしい雰囲気も…?
⇒ それが平安時代の“みやび”な感性💕12世紀の平安仏画を代表する1枚って言われてるのも納得~!
🛠️ 修理でさらにパワーアップ!
「紡ぐプロジェクト」で修理費用が支援されて、3年かけて解体修理!
おかげで、もともとの繊細な描写や優美さがよみがえった✨
表具も平安らしい上品な仕立てに新調されて、まさに令和によみがえった王朝美🌸
💡まとめると…
白象にのって、あなたの信仰の前に現れる――
その約束の場面を、圧倒的な美しさで描いた傑作✨
法華経の守護神としての力と、平安美術のエレガンスが見事に融合した一枚だよー!
53 普賢菩薩像 鳥取・豊乗寺
―― 東から光をまとってやってきた、黄金の守護者✨ ――
🌟 華やかすぎる美しさに注目!
宝冠、装身具、衣、鞍、蓮台まで…あちこちキラッキラ✨
特に目を引くのは、超絶技巧の截金(きりかね)文様!
金箔を髪の毛ほどにカットして模様にしちゃうって、どんだけ職人芸!?
✨️銀色の使い方もすごい!
普賢菩薩が乗る象の頭頂には銀箔の宝珠!
光背の下地には**銀泥(ぎんでい)**が使われてて、
金と銀のコンビネーションがめちゃくちゃ上品✨
🧭 歩く方向に注目してみて!
菩薩が向かって右から左へ歩いてる=「東から来たよ~」のサイン!
東の浄妙国土から、『法華経』信仰者の前に現れた瞬間を描いてるんだよ~🌅
🎨 平安貴族の美意識がここに!
「こういう仏画こそ私たちの理想の美✨」っていう
平安時代の貴族たちの美意識、全部詰め込まれてる!細やかで繊細な金の文様、色彩のバランスも完璧すぎる逸品!
💡 まとめると…
静けさと華やかさが同居する、
まさに“神聖なファッションショー”🌟
美しさの中に、信仰と守護のパワーがぎっしり。
現代でも見入っちゃうほどの完成度だよ〜!
55 法華経(久能寺経) 提婆達多品第十二
「鳥羽法皇の皇后・待賢門院を中心に、貴族たちが結縁した平安時代のゴージャス写経!」
国宝 平安時代(12世紀) 個人蔵
🌸 概要
名称:法華経(久能寺経)
時代:平安時代
所蔵:鉄舟寺(静岡市)、東京国立博物館、五島美術館、個人蔵
形式:装飾経
巻数:全30巻のうち、19巻が鉄舟寺に、3巻が東京国立博物館、2巻が五島美術館、4巻が個人蔵、4巻は所在不明
🌸 特徴
結縁一品経:『法華経』8巻を28品に分け、開経と結経を合わせた全30巻を30人の結縁者が書写
結縁者:鳥羽法皇の皇后・待賢門院(藤原璋子)を中心に、法皇や女御、女房らが参加
装飾:
金銀の切箔、砂子、野毛(のげ)を蒔いた豪華な装飾
界線:銀泥で描かれている
安楽行品には、天地に金銀泥で描かれた蓮や唐草の文様が散りばめられている
🌸 三大装飾経
装飾が極めて華麗な経典、久能寺経、平家納経、慈光寺経の3つを三大装飾経という
これらはすべて国宝で、特に美しいと評価されている
60 地獄草紙 東京国立博物館
―― 恐ろしいのに、目が離せない。
それが“地獄を描く”という美の極地。
💀 これはどんな作品?
仏教の経典『正法念処経』に基づいて、地獄の四場面を絵巻化したもの。
舞台はもちろん、六道の最下層「地獄」…!
そこは、生前の罪に応じて苦しみを受ける世界…😱
🔥 描かれる地獄たち(四段構成)
①髪火流(ほっかる):黒髪が炎になって襲いかかる…!
②火末虫(かまつちゅう):体中を火の虫が食い荒らす…!
③火雲霧(かうんむ):あたり一面、燃える霧…!
④雨炎火石(うえんかせき):火の石が空から降る、そして血の河へ……🌋
🎨 色の魔術がえぐい
黒(闇)×白(肌)×赤(血と火)だけでここまでえぐれるの…?
闇のベタ塗り+肌の浮き上がり=亡者たちの“無力感”がリアルに💥
血の川のグネグネ線も、見る人の内臓に直接きそうな迫力…
🎭 表情とポーズの演出が鬼!
絶叫、もがき、這いつくばる…すべての動きが**「痛い」って伝えてくる**💦
でもなぜか…人間くさくて哀れで、ちょっと目が離せないの…!
🧠 なぜ描かれたの?
地獄の恐ろしさを目に見せて、仏の教え(特に法華経)へ導くため。
「見て!こんな地獄があるよ!だから信仰しようね!」って感じ💡
💡 まとめると…
痛い!怖い!でも見たい!!
地獄草紙は、“人間の罪と救い”を、色と形で語るヴィジュアル説法📜。
しかもめちゃくちゃハイクオリティなアート。
絵巻って、こんなに魂にくるんだね…🔥
63 白描下絵料紙金光明経 巻第三1巻鎌倉
絵巻の“裏事情”がまるっと詰まった、不思議で貴重な経巻!
🌸 どんな作品?
『金光明経』という護国のありがた~いお経を書き写した巻物なんだけど、実はこれ、もともと【物語絵巻】になるはずだった下絵の上に書かれてるんだよ!
しかもその絵には…
👁 目が描かれてない! ので通称「目無経(めなしきょう)」とも呼ばれてるよ~!😲
🌸 なんでそんなことに?
・後白河院が発注した物語絵巻 → 院が亡くなったことで制作中断💦
・でもせっかくの料紙だから、供養を兼ねてお経を書写!
・巻末に「建久3年4月1日(1192)」の記録あり。
後白河院が亡くなったのが3月13日だから、ほんとすぐだったのがわかるね…
🌸 絵巻の技術も学べちゃう!
・物語絵巻は「墨で下絵→彩色→仕上げ墨入れ」の順。
・この経巻では、まさに「墨の下絵」の状態=白描がそのまま残ってて、絵巻制作の途中をのぞき見できる感じ🎨✨
・「吹抜屋台」っていう屋内を斜め上からのぞく独特の構図も見もの!
🌸 物語は何だったの?
・『有明の別』説、『源氏物語』説…いろいろあるけど、絵と文字のページがバラバラでつなぎなおされてるから、今のところ正確にはナゾなの~🔍
66 粉河寺縁起絵巻
「娘の命を救ってくれた童子にお礼の小刀を渡したら、童子はいなくなって、観音様がその小刀をもっていた…!」
🌸 どんな絵巻?
和歌山県の名刹「粉河寺」のはじまりと、そのご利益にまつわるエピソードを、色鮮やかに描いた縁起絵巻📖✨
12世紀後半ごろの作で、国宝指定!
…だけど💦
🔥天正年間に豊臣秀吉の軍による焼き討ちに遭ってしまい、上下に焼け跡が…でも、その迫力すら物語のように見えてくる不思議な魅力も…!
🌸 ストーリーざっくり解説
🦌第一~第二段:光と童子と奇跡の観音像
紀伊の山奥で狩りをしていた猟師・孔子古(くすこ)が、不思議な光に導かれお堂を建てることに✨
そこにやってきた童子が「じゃあ像つくってあげるー」と庵にこもると…
7日後にはなんと!千手観音の像が完成してて、童子はいない!!
まるで観音さまが化身して現れたかのような始まり✨
👧🏻第三~第四段:娘を救った謎の行者
今度は河内の長者の娘が重病に💦
そこに現れた童行者が「7日間祈らせて」と言って加持祈祷🙏
見事に娘は回復🌸✨
宝物のお礼も断る童子に、娘は紅の袴と小刀だけを渡すと、童子は「粉河にいるよ」と言い残してふわっと消えちゃう!
⛩第五段:その正体は…!?
翌春、粉河へ向かった一家が山奥の庵で発見したのは…
✨あの観音像が、袴と小刀を手にして立っていた!✨
童子こそ、観音の化身だったのだと皆が悟り、一家まるごと出家するという奇跡のエンディング!
🌸 見どころポイント!
擬人化した童子が実は観音の化身っていう✨仏教版ファンタジー展開!
山道を歩く旅の場面、財宝を運ぶ人々、町の風景…リアルな風俗描写も楽しい👘🏯🐎
絵巻なのに、まるで映画を見ているかのような演出力🎥✨
「粉河に粉を流したような川が…」というエピソードが詩的で美しい💭
Ⅰ ニッポンの国宝―美の歴史をたどる 4 優雅なる日本の書
70 手鑑「藻塩草」
「奈良~室町まで、時代をまたがった名筆家の書の切り抜きコレクション!」
🌸どんな作品?
いろんな時代(奈良~室町)を代表する書の“断簡”を242葉も集めた、豪華な筆跡コレクション!
名前は『藻塩草(もしおぐさ)』。江戸時代の古筆家たちの鑑定用台帳として、代々伝えられたよ✨
「古筆ってなに?どう見るの?」って人でも、これ見ればざっくり時代ごとの書風がわかるかも!
🌸なんでそんなにすごいの?
切り取られた一枚一枚は、もともと写経や和歌集、手紙などから取られたもの!
特に平安〜鎌倉の“かな”は芸術的で、書道の最高峰って言われてるの✨
筆跡の種類、紙の質感、配置の美しさなど、「書の美の歴史」がぎゅっと詰まってるんだよ〜💕
🌸注目の断簡を紹介!
📜室町切:西本願寺本『三十六人家集』の人麿集下の断簡。もう1葉しか現存しない超レア!
📜岡寺切:同じく『三十六人家集』の源順集の断簡。平安後期の優雅な筆致が楽しめる✨
→どちらも「12世紀初頭の“かな”の優品」として、書道ファン垂涎!
74 古今和歌集 巻第十九残巻(高野切第三種)伝 紀貫之筆
豊臣秀吉「高野山の僧侶の木食応其、めっちゃ気に入ったからええもんあげるわ! 日本最古の勅撰和歌集・古今和歌集の最古の写しや! 茶会用の掛軸に使うとええで!」
現存最古の『古今和歌集』写本
伝・紀貫之筆とされていたが、現在は三名の名筆によるものとされている。「高野切」の名の由来
豊臣秀吉が一部を高野山の僧・木食応其に茶掛け用に切って分け与えたことから「高野切」と呼ばれるように。
古今和歌集ってそもそもなんだったっけ問題w
というわけで、わかりやすい動画ですー!
75 雲紙本和漢朗詠集 下巻 源兼行
🌸これはどんな作品?
『和漢朗詠集』は、藤原公任が選んだ漢詩と和歌の朗詠ベスト集🎤✨
宮中イベントでの「読む芸」=朗詠に超活躍した推しテキスト!
この「雲紙本」は、
👑上下2巻の完本で現存!しかも超きれいに残ってる!
📜平安〜鎌倉の古筆たちの中でも貴重な存在!
✨この作品の推しポイント!
**雲紙(うんし)**がもうすごすぎる〜!!
→紙に金や銀で「雲」っぽい模様が漉き込まれてる✨
→斜めに流れる雲とか、左右の雲とか、レイアウト自由すぎておしゃれ爆発🌬️文字もすごい
・漢詩:楷書→行書→草書って筆がノッてく感じ!
・和歌:ふわっと広がる女手(ひらがな)、リズム感あって優美💕
・筆の角度もわざと傾けて、強弱つけた変化が神レベル🖌️
📚書いた人って誰?
昔は「藤原行成かも!?」って思われてたけど、
→紙の裏から見つかった書状から、源兼行(みなもとのかねゆき)ってわかったよ!💡
→「高野切」や「桂本万葉集」とも同じ筆ってことで話題に!
77 古今和歌集 巻第十二残巻(本阿弥切)伝 小野道風筆
🌸これはどんな作品?
『古今和歌集』の超貴重な写本✨
伝・小野道風の筆とされるけど、じつは院政期(12世紀初め)の書とみられているよ!
名前の由来は、あの本阿弥光悦が一部をコレクションしてたことから「本阿弥切」って呼ばれるようになったの🌿
📜現存する姿と特徴
もともとは20巻+序があったと思われるけど、今は零巻(完本でなく、一部が欠けた巻物)と断簡だけが現存💦
→特に「巻十二」の零巻は国宝指定✨料紙がまたすごいよ!
雲母(きら)で模様を刷った、キラキラの古渡り唐紙✨
→蝶・雲鶴・夾竹桃など、美のオンパレード!🎐
🖌書風の特徴
高さ16.7cmほどの小さな紙面に…ぎゅっと込められた強い筆力&リズム感!
高野切とは別系統で、ちょっとキリッとした美しさ💫
断簡になった今でも、書の美しさがビシビシ伝わってくるよ〜!
78 芦手絵和漢朗詠抄
「言葉は風に舞い、絵は水に映る──芦手に綴る、雅のささやき」
🌸時代:平安時代末(永暦元年/1160年)
🌸作者・書写者:世尊寺伊行(せそんじ・これゆき)
🌸所蔵:京都国立博物館
🌸作品の概要
『和漢朗詠集』を書写した巻物で、芦手絵(あしでえ)と呼ばれる絵入り装飾料紙が用いられている。
芦手絵とは、文字のまわりに自然モチーフをあしらい、詩文と絵を融合させた平安後期の優美な装飾技法。
葦、水鳥、岩、片輪車などが群青や銀泥で描かれ、王朝文化の「雅(みやび)」を体現する。
🌸特徴とポイント
芦手絵の料紙:自然をテーマにした風雅な装飾が魅力。
詩と絵の融合:『和漢朗詠集』の詩文が、視覚芸術として展開される。
貴族文化の象徴:朗詠は貴族の教養と社交のたしなみであり、その美意識が凝縮されている。
完本としての価値:芦手絵を施した料紙による『和漢朗詠集』の完本として現存するのは非常に貴重。
世尊寺家は書道の名門:伊行は「世尊寺流」の祖とされるくらいの人物!つまりこの芦手絵和漢朗詠抄は、「言葉」「書」「絵」の三拍子そろった超ロマン作品!
Ⅰ ニッポンの国宝―美の歴史をたどる 5 和と漢
82 伝源頼朝像、伝平重盛像、伝藤原光能像
源頼朝「えっ、ワシこんな顔じゃないんだけど?」
足利直義「えっ、これ兄上とセットで奉納した私の肖像画なんですけど?」
…まぁ誰かはともかく、完成度すごい絵だし、国宝だし、それでいいよね!
🏯神護寺三像(伝源頼朝像・伝平重盛像・伝藤原光能像)
絹本著色、掛幅装の三幅から成る、日本中世の肖像画の最高峰とされる傑作!
それぞれ等身大に近いサイズ感と、写実的かつ厳かな表現で知られる。
伝頼朝像は右向き、他二像は左向きに配置。全員が黒い束帯に身を包み、笏と太刀を備える武官スタイル。
作者は藤原隆信と伝えられてきたが、現在は否定されており、像主も諸説あり!😲
🧑🎨誰が描かれ、誰が描いたのか?
📖通説:
源頼朝・平重盛・藤原光能を、藤原隆信が描いたとされてきた。
その根拠は『神護寺略記』と、大英博物館本にある写しの存在など。🔎新説(米倉・黒田説):
実はこの三像は、足利直義・足利尊氏・足利義詮の姿なのでは…!?
背景には「互いの御影」という思想もあり、直義が神護寺に自らの肖像と兄・尊氏の像を奉納したとの願文も!🧵そのほかにも、絹の幅や装束の形式、面貌表現の比較などから
13世紀後半〜14世紀中期(南北朝時代)制作説が強く支持されつつあるよ!
🖼三像の特徴と違いは?
🟣伝源頼朝像(1枚目)
・輪無唐草文の黒袍、右向き
・強い眼差し、立体感ある面貌表現
・当初は「教科書の頼朝」として有名だったけど、今ではその座を追われつつある存在🔴伝平重盛像(2枚目)
・轡唐草文の黒袍、左向き
・面部に損傷あり、足元は不明
・アンドレ・マルローに評価され、ルーヴルでも展示された世界的スター✨🔵伝藤原光能像(3枚目)
・轡唐草文の黒袍、左向き
・他の2像より遅れて描かれ、作風もやや粗い
・現在では足利義詮像としての比定が有力視
🏆評価と影響
**似絵(にせえ)**というより、精神性や威厳を描き出すリアリズム肖像。
日本における肖像画の方向性を決定づけた金字塔。
名前は不確かになっても、その美術的価値や荘厳さは揺るがない。
83 浮線綾螺鈿蒔絵手箱
「外は金と螺鈿のミラクル整列! 中は折枝30種の秘密の楽園——」
神に捧げる宝箱、開ければきらめく中世のセンス💫
🟡浮線綾螺鈿蒔絵手箱(ふせんりょう らでん まきえ てばこ)
鎌倉時代の代表的な手箱で、神宝としてもふさわしい格調高き名品!
蓋と胴にかけて、ふっくらとした甲盛と胴張りのフォルムが美しく表現されている。
表面は**金粉をびっしり蒔いた沃懸地(いかけじ)**に、螺鈿(らでん)で浮線綾文を等間隔に配置✨
螺鈿の1つ1つの文様は、4種13パーツの超絶技巧で構成されているんだよ…!
🖌️蓋を開けると、そこに咲くのは…
蓋の裏には、**研出蒔絵(とぎだしまきえ)で折枝文(おりえだもん)がなんと約30種も!**😳
側面の立ち上がり部分にまで広がるこの絵画空間は、まさに蒔絵の宝石箱🌸✨
花や枝が画面いっぱいに舞い散る姿に、時代を超えて目を奪われる〜!
🏆評価とポイント
鎌倉時代の蒔絵手箱の中でも、完成度・気品ともに最上位とされる。
神に捧げる神宝としても用いられたことから、宗教的・芸術的価値の両面で重要。
手のひらで開け閉めする道具に、ここまでの美を詰め込んだ…日本工芸の真髄だよね!
88 雪中帰牧図 李迪筆
「しんしんと、空気を描く。ザクザクと、足音が聴こえる。」
❄️雪中帰牧図(せっちゅうきぼくず)/李迪 筆
南宋時代の宮廷画家・**李迪(りてき)**による、二幅対の水墨画作品。
しんしんと雪降る道を、牛飼いと牛が帰っていく情景を静かに描いている。
一幅では牛の背に揺られる牧童、もう一幅では牛を引いて歩く姿。
それぞれに異なる動きがあり、セットで見ると帰牧の一連の流れが感じられるよ✨
🐮細部の魅力ポイント
牛の毛並みまで丁寧に表された超絶技巧。体の丸みに沿って毛の流れで立体感を出す技法は圧巻。
寒さに身を縮めた牧童の小さな動作が、まるで一瞬のスナップのよう…!
背中の杖に吊された**雉(きじ)**は、狩りを終えた帰り道をさりげなく語る。
背景の木々には、墨の濃淡で積雪の重みが巧みに表現されていて、空気まで伝わってくる…❄️
🇯🇵日本での評価
室町将軍家や茶人たちにこよなく愛された名品✨
小さな画面に込められた静と動のリズムが、日本的美意識とも響き合ったと考えられてるよ!
89 宮女図 伝 銭選筆
「唐の時代は、宮中では男装がブーム! なんと、夫婦でペアルックも!」
👩🎨宮女図(きゅうじょず)/伝 銭選筆
中国・唐代の画家とされる**銭選(せんせん)**の筆と伝わる、雅やかな宮廷美人図。
赤い衣をまとい、**男装した女官(宮女)**が、静かに立ち尽くす一幅。
爪の伸びた指先を見つめる憂いのポーズが印象的で、しっとりとした空気をまとっているよ✨
🌸見どころポイント
衣の線と折れの流れがすっきり美しく整理され、足元のスリットと腰の帯がアクセント🎨
髪型や簪(かんざし)の描写にも唐代の流行が反映され、上品で洗練された趣き
顔の角度、視線、手指の角度まで緻密に計算された構図!
→ まるで**「物語の1シーン」を切り取ったような抒情性**があるね…!
🧥唐代の男装カルチャー
唐代宮廷では、男装=美の表現手段だった✨
武則天の娘の太平公主なども武官スタイルで舞を披露したという記録も!士大夫階級の妻たちは、夫と同じ衣装で外出することもあったとか…!
この作品もそうした文化的背景を体現したファッションアイコン的存在なのかも?
90 禅機図断簡(寒山拾得図)因陀羅筆
「二人だけの悟りトーク、聞き耳たてても理解不能。
でもなんか、笑えてきちゃう。」
🧘禅機図断簡(寒山拾得図)/因陀羅 筆
作者は元時代・14世紀の中国、開封(かいほう)光教禅寺の高僧因陀羅(いんだら)。
禅宗の祖師や逸話を描いた「禅機図巻」の一部とされる掛幅装の断簡。
本作では、破天荒な言動で知られた禅僧コンビ**寒山(かんざん)と拾得(じっとく)**が、不可思議な笑顔で語り合っている姿が描かれているよ😌✨
✨見どころポイント
一見ラフでそっけない墨線なのに、実は無駄のない、禅的なリズム感。
墨のにじみや余白が、ことばにならない悟りの空気を漂わせてくる…!
二人の笑みは、まるで「常識なんて、ふっ」と超えた者だけが知ってる内緒の真理を表しているよう🌀
賛(絵の横の詩)は元代の名僧**楚石梵琦(そせきぼんき)**によるもので、日本からの留学僧とも親交があった人物!
🎎茶の湯豆知識
この絵はもともと長い巻物の一部だったとされるよ〜
日本に伝わったあと、茶室に合うように短くして掛け軸に改装されたらしい☕
まさに「侘び・寂び・ふふっ」と微笑む茶人好みの禅アート!
93 与虎丘紹隆印可状(流れ圜悟)圜悟克勤筆 北宋時代(中国)
「墨の香、海を越えて茶室へ――
悟りもまた、流れ着く。」
🖋️与虎丘紹隆印可状(流れ圜悟)/圜悟克勤 筆
北宋の名僧**圜悟克勤(えんご こくごん)が、弟子の虎丘紹隆(こきゅう じょうりゅう)**に与えた印可状(修行の到達を認める証)。
禅宗がインドから中国に伝来し、宋代に枝分かれしていった流れと正統性を語る重要文書。
現存する墨蹟(禅僧の筆跡)としては最古級の貴重な資料!!✨
🌊“流れ圜悟”という伝説
この墨蹟が入った桐の筒が海を渡り、薩摩の坊ノ津海岸に漂着したという伝説あり!
それゆえに、「流れ圜悟(ながれえんご)」の名で親しまれている。
禅の教えごと、**本当に流れ着いた…!?**というロマンがたまらない〜!😳✨
🧘♂️書の味わい
一見すると破格ともいえる字のゆらぎ。けれどその中にこそ、枯淡で凛とした修行の重みが宿る。
墨のかすれ、線の強弱が、まるで呼吸そのもののリズム。
茶人たちは、この「味」にひかれ、墨蹟の最高峰として珍重してきたよ🍵
🏯名品たちの数奇な旅
大徳寺大仙院 → 堺の茶人・谷宗卓 → 伊達政宗(所望)→ 古田織部(分割)
→ 祥雲寺 → 松江藩主・松平不昧が千両と扶持米で入手!
この流れ、まるで**戦国・江戸版「美術品ダッシュ!」**🤣💨
95 与照禅者偈頌(破れ虚堂)虚堂智愚筆 南宋時代(中国)
「やけくそになって立て籠もってビリビリ破いてやったけど、綺麗に修復されて、さっぱりわかりませーん!」
🖋️与照禅者偈頌(破れ虚堂)/虚堂智愚 筆
南宋の名僧虚堂智愚(きどう ちぐ)が、日本から訪ねてきた「照禅者」に贈った偈頌(げじゅ/詩文)。
照禅者は、鎌倉・浄智寺の**無象静照(むしょうじょうしょう)**と考えられている。
虚堂は、大徳寺や妙心寺の禅の流れに繋がる人物で、日本の禅・茶文化に直結する重要人物!✨
✨この書が特別な理由
内容は禅の悟りの境地を讃えた詩で、80歳頃の筆ながら力強く冴えた筆致。
**臨済宗の正統な法脈の証(印可)**として、日本の禅僧が持ち帰った尊いもの…のはずだったんだけど……
🔥衝撃のエピソード:「破れ虚堂」
この書、なんと**使用人の立てこもり事件で切り裂かれた!!**😱
寛永14年(1637)、京都の豪商・大文字屋が所蔵していたが、
蔵に立てこもった使用人がこれをビリビリに破って自害……この事件以来、「破れ虚堂」の異名で呼ばれるように……!
🍵茶人たちの執念
大徳寺系の禅と深く関わるため、茶人たちにとっては垂涎の的!
武野紹鷗(茶の湯の祖) → 大文字屋 → 松平不昧(松江藩主)へと受け継がれた名品。
たとえ破れても、精神の価値は損なわれない。
→ それもまた、禅的な見方かもしれないね…😌✨
Ⅰ ニッポンの国宝―美の歴史をたどる 6 サムライ・アート
98 赤韋威鎧
「たとえ武士はやめても、この鎧だけは守り続ける…
平安の息吹の残る奇跡の一領」
🛡️赤韋威鎧(あかがわおどしのよろい)
平安時代に奉納用ではなく、実戦用として作られた本格派の大鎧!
そのまま民間の赤木家に約800年近く受け継がれてきた奇跡の一領✨
修理も改変も最小限。初期の大鎧の姿を伝える唯一無二の国宝級資料なんだよー!
🐎構造と素材のこだわり
小札(こざね):**三目札(みつめざね)**を使用=古典軍記にも登場する「敷目の鎧」そのもの!
胴のつくり:前立挙二段/後立挙三段/衡胴四段/草摺四間と、細かく計算された構造美。
兜:小ぶりで締まった厳星(いかぼし)兜鉢に、大きく展開するしころ(首ガード)が印象的。
装飾:染韋(そめがわ)には撫子・獅子・桜草文様が施され、美しさと威厳の両立!
🏯歴史ドラマ:赤木家の物語
信濃の武士だった赤木家は、承久の乱で鎌倉幕府に味方して備中国へ移住。
戦国時代は毛利家に仕えたが、関ヶ原後に帰農した家系にこの大鎧が伝来。
「戦が終わり、武士が農民に戻ったあとも、大切に守られ続けた」…
→ この鎧、ある意味“第二の人生”歩んでる!?✨
直接的には関係ないけど、鎧の進化を知っておくと楽しみやすいと思うので紹介
Ⅱ おおさかゆかりの国宝―大阪の歴史と文化
119 毛詩鄭箋残巻(作者記載なし)平安時代(11~12世紀)
中国最古の詩集『詩経』。その唯一の完全伝承である「毛詩」に、
鄭玄が注を加えた「鄭箋」。これは、その写本の残巻。
筆致は天平写経を思わせ、菅原道真の伝説も残るーー。
📜毛詩鄭箋残巻(もうしていせんざんかん)
**中国最古の詩集『詩経(しきょう)』**に対し、
漢代の学者・**毛享(もうきょう)**が注解を加えた版が「毛詩(もうし)」。さらにそれに、後漢の大注釈家・**鄭玄(ていげん)**が注を加えたのが「鄭箋(ていせん)」。
本作はそのうちの「風」部分の写本の残巻で、非常に古い書風をとどめているよ!
✨見どころポイント
書風には天平写経(奈良時代)のような風格があり、
**平安時代中期以前の写経態(しゃきょうたい)**を感じさせる筆致。寺伝では、なんと菅原道真(すがわらのみちざね)直筆とされている伝説も…!?😳
→ 真偽はともかく、それだけ神格化されるほどの格調ある筆跡ということ✨
📚『詩経』ってなあに?
『詩経』=孔子が編纂したとされる中国最古の詩集。
三部構成:「風(ふう)」「雅(が)」「頌(しょう)」のうち、
この残巻は「風(ふう)」に該当(庶民の歌・地方の歌が中心)。内容は恋や日常、王政への思いなども含まれていて、まさに古代中国の“こころの歌”集!
🌺ややこしいので整理!
孔子編纂の「詩経」
↓
毛享による詩経の注釈書「毛詩」
↓
毛詩を鄭玄が注釈「鄭箋」
↓
毛詩+鄭箋=「毛詩鄭箋」
あとついでに菅原道真筆?
120 延喜式 巻第十二残巻・第十四・第十六
「雅楽に裁縫、天文術まで!
平安のオフィスに残された“おしごとマニュアル”、今も閲覧可能です📜」
🏛️延喜式 巻第十二残巻・第十四・第十六
平安時代に編まれた格式(律令の運用マニュアル)で、実は“律令制のマニュ本”!
醍醐天皇の命で編纂スタート(905年)、完成は927年(延長5年)✨
内容はじつに50巻にもおよび、細かく細かく「こうしてね!」が書かれてる…!
✒️この写本のすごいところ
書かれたのは大治2年(1127年)!=平安末期の写本!
原本は現存しておらず、この金剛寺本は現存最古クラスの超重要史料!
📄この写本に含まれる巻
巻十二(中務省)残巻
→ 中務省・内記・監物・主鈴・典鑰など、宮中の中枢を担う部署の規定。巻十四(縫殿寮)
→ 皇族や官人の衣服・儀式用装束などの制作と管理を行う部署。巻十六(陰陽寮)
→ 天文・暦・占術を司る部署で、安倍晴明で有名な“陰陽師”の本拠!
📚延喜式ってどんな本?
『弘仁式』『貞観式』とならぶ「三代格式」のひとつ。
実は…**完全に残っているのは延喜式だけ!**😳
だから、古代国家の実態を探る研究者にとってはまさに**“最後の砦”**✨
126 日月四季山水図屏風
「空は砕け、季節はねじれる。
それでも、すべてが巡る——日本の“ふしぎ曼荼羅”!」
🖼️ 日月四季山水図屏風(作者不詳/室町時代)
右隻に「太陽」、左隻に「満月」🌞🌕
浜辺に松、背後に山、空に大気がうねりながら循環し、
四季の山々が空間を包みこむように連なる🌊🌲🍃❄️それぞれの構成が自然界の循環・構造・リズムを感じさせる
→ もはやこれは「日本型コスモロジー」!!✨
🌿不思議すぎる注目ポイント!
春夏秋冬が右→左ではなくバラバラに描かれてる!🌸→🌾→⛄→🌱?
空は砕け、風が渦を巻き、波がよじれ、重力が狂っている世界…!?
作者不詳。だけどとにかくパワーがスゴい!
🏯用途は?
所蔵は高野山真言宗・金剛寺(大阪府)
密教の灌頂(かんじょう)儀礼で使用された可能性がある屏風!
→ つまり、現世の地図じゃなくて、仏の世界への地図なのかも…?
こちらで超詳細解説してますー
128 白氏詩巻(後嵯峨院本) 藤原行成筆 平安時代(11世紀)
「白楽天の詩に寄せて、優雅に、穏やかに…
これは“書”という名の貴族の呼吸。」
🖋 白氏詩巻(藤原行成筆)
筆者:藤原行成(ふじわらのゆきなり)
→ 平安中期の能書家。小野道風・藤原佐理と並ぶ「三蹟」のひとり。
→ 正二位・按察使権大納言にまで出世した平安貴族でもありました。
✒ 書の特徴と評価
線質は繊細で端正、温雅。
→ 感情の奔流よりも、理智で整えられた優美な筆致。
→ 形を崩さず、均整の取れた構成で「理性の書」とも言えるスタイル。小野道風の品格、藤原佐理の勢いの融合。
→ 重々しさや奔放さを抑えつつ、両者の長所をバランスよく採用。
→ 新しい“中庸の美”を生み出した存在といえるかも!真似しやすく、後世にも愛された“手本の書”。
→ 側筆による安定した筆管の角度で、多くの人が手本とした。
📜 白氏詩巻の内容と構成
内容:唐の詩人・白居易(白楽天)の詩集『白氏文集』より八篇を選び書写。
体裁:
→ 全長8尺、行数68行の長巻。
→ 茶・薄紫・白などの染紙を交互に継いだ、美しい料紙の構成。
→ 草書まじりの行書体で、温かくふくよかな筆致。
✨ 書の完成形ともいえる一巻
ふくよかで柔らかみのある字形、無理のない線の太細の変化。
書道としての完成度だけでなく、人格の現れとしての美しさも感じさせる。
“和様書道の完成型”と称される藤原行成の最高傑作。
129 歌仙歌合 伝 藤原行成筆 平安時代(11世紀)
「紫と藍の飛雲にのせて――
三十人の歌人が響きあう、うたの夢の共演。」
📝 歌仙歌合(伝 藤原行成筆)
和歌30人分、全130首を上下に番える「謎の歌集」
→ 柿本人麻呂から平安中期の歌人まで、30人の歌仙による秀歌を収録。
→ 上下に配置し“歌合形式”で書写されるが、題も判詞もなく、原題も不明。
→ 藤原公任撰「三十人撰」の唯一の写本とされる超重要作!
📜 構成と書式の特徴
上下二段に並べた和歌を、1首3行で整然と配置。
→ 「一番」とあるが、他の番号はなし。
→ 判詞などの判定文もない。料紙は、紫と藍の“飛雲”を漉き込んだ美麗なもの。
→ 州浜形を思わせる雲は、染繊維の重なりで微妙な質感と陰影を生む。
→ 紙9枚を継いだ巻子本(縦26.2cm×横44.6cm × 9枚分)。
✒ 書風の魅力
筆勢は鋭く、字形は流麗。
→ 行間・字間は詰まっているが、息苦しさはなくむしろ勢いを感じる。
→ 高野切第一種や『深窓秘抄』との近似性あり。かなの成熟期直前の風格。伝 藤原行成筆とされる。
→ 行成の名で伝わる作品の中でも、かな書道の傑作の一つと評価される。
💡 名前と由来の小話
当初は題不明で、**「和歌集巻」や「行成歌巻」**など様々に呼ばれていた。
昭和初期、国宝指定時に「歌仙歌合」と命名され定着。
→ ただし、学術的には「三十人撰」とも呼ばれることがあるため注意が必要。
こちらのサイトで詳しく解説していますー
130 青磁鳳凰耳花生 銘 万声 中国・南宋時代(13世紀)
「耳は鳳凰、響きは万声――
澄んだ青に宿る、南宋の静けさと茶人の夢。」
🌿 青磁鳳凰耳花生 銘 万声(ばんせい)
南宋・龍泉窯製の名品、茶人が憧れた「砧青磁(きぬたせいじ)」の花生!
→ 丸みを帯びた端正な姿に、鳳凰形の耳が華を添える造形美。
→ 淡い青緑色の釉薬に、ところどころ白っぽく透ける胎土が絶妙なアクセント✨
→ 後西天皇が「千声万声」の詩にちなんで命名した、音の響きを想わせる銘「万声」がロマンを深める…!
🔍 特徴と見どころ
龍泉窯の極み
→ 南宋時代の龍泉窯で焼かれた、厚く美しい釉薬と灰色がかった胎土によるやわらかな青緑色が特徴。釉薬の妙
→ 焼成中に生じる微細な気泡が釉薬中に密集し、半透明の奥行きある色調を生む。
→ 肩や口縁、耳部分では釉薬の厚みによる濃淡が単色の中に美しいリズムを刻む。鳳凰耳の造形
→ 左右にあしらわれた鳳凰形の耳は、ただの装飾を超え、造形美の頂点。
🏺 歴史と来歴
江戸時代以降は毘沙門堂(京都)に伝来
→ もとは徳川家光→東福門院を経て、毘沙門堂へ。
→ 同型の作品はいくつかあるが、本作のみが国宝指定されている。「万声」の銘
→ 「擣月千声又万声(つくづきせんせいまたばんせい)」という詩句に由来。
→ 陽明文庫蔵「千声」(重要文化財)と対になる名称で、後西天皇が命名。
藤田美術館で、こちらと同じ形状の青磁の復元のお話をしてて、とてもおもしろいのでオススメですー!
日本の美を未来へ―紡ぐプロジェクト
132 国清寺求法目録(智証大師円珍関係文書典籍のうち)円珍加筆 中国・唐時代(857年)
「密教と天台、知のすべてを背負って帰る旅人――
その記録が、日本仏教の未来をひらいた」
🏯 国清寺求法目録(こくせいじ ぐほうもくろく)
天台宗僧・円珍が唐で得た法宝の集大成!
→ 日本から唐に渡った円珍が、六年間の求法(仏教修学)を終えたあと、天台山・国清寺で編纂。
→ 長安・国清寺・禅林寺などで収集した経典・注釈書・密教法具などを網羅する、全341本772巻のリスト。
→ 唐の仏教と密教受容のリアルを伝える超一級史料!
📚 内容と特徴
分類された文献リスト
→ 密教聖教・図像・法具・天台関係の碑文や法文・各地で集めた章疏などを整理。記載内容の一例
→ 『大日経』や『金剛頂経』などの密教経典
→ 『法華文句』『止観』など天台宗の基本文献
→ 天台山国清寺での実地学習の記録も。
✍ 書写と構成
写経生による端正な楷書体
→ 本文は整った楷書で写され、リスト形式で非常に見やすい構成。
→ 巻末の署名「円珍録」だけが本人の自筆!藤原良房に奉呈されたバージョンも存在
→ この目録は、日本帰国後に朝廷へ献上され、円珍の成果を広く知らしめた。
🎓 歴史的意義
円珍の求法行を可視化する貴重な記録
→ 密教と天台教学の“輸入ルート”を具体的に知ることができる。
→ 遣唐使以後の日本仏教の発展に大きな影響を与えた文献。
135 黒漆平文大刀拵 奈良~平安時代(8~9世紀)
「全長2.7mの神の剣、
静けさの中に“神話の断ち切る力”が宿る——」
⚔️ 黒漆平文大刀拵(こくしつひょうもんたちごしらえ)
鹿島神宮の神宝「韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)」、全長2.7mの神剣!
→ 平安時代頃に作られたとされる、日本最古・最大級の直刀。
→ 祭神タケミカヅチの神剣として、内陣に秘められてきた。
→ 『常陸国風土記』に「鹿島の砂鉄で剣を鍛えた」とあるロマンも…✨
🔍 特徴と見どころ
全長2.71mのスケール!
→ 刀身223.4cm、柄・拵を合わせると全長は2.7m超!
→ 身幅も広く、ずっしりとした「大太刀」スタイル。黒漆地に平文で獅子奔る!
→ 拵(こしらえ)は黒漆の地に、草原を駆ける獅子の姿を平文で表現。
→ 金銅製の金具には瑞雲文・宝相華唐草文の透彫が施され、神剣らしい荘厳さ。刃文は腰刃風、小のたれごころに浅く乱れ、刃先は掃きかけ。
→ 茎(なかご)は無銘で、槌目も残る造形。
🧙♂️ 神話と「布都御魂」の伝承
「ふつのみたま」は“断ち切る霊力”の象徴剣。
→ タケミカヅチが葦原中国平定に使用、神武東征では熊野の危機を救う神剣として活躍。石上神宮と鹿島神宮の二柱
→ 石上神宮には神武が奉納した「初代・布都御魂」
→ 鹿島神宮には、タケミカヅチに属する「二代目・布都御魂」とされる本剣が伝来。
布都御魂剣は12:36から
七支刀や七星剣の紹介もあり

