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文系・テック・ブログについて①

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よし。やっと、サイト名の由来を書けるようになりました。バタバタしてたので。すいませーん。

由来、由来

僕は、過去いくつかウェブサイトを作ったことがあるけど、毎回、制作意図を、明確に持ってました。し、サイト名にも意味があった。

僕はその意図を完遂するためにこそ、ウェブサイトを作る。適当に作ったりは、あんまり、しない。僕は「完成させる」ためにウェブサイトを作る人間なのだ。

別に、他人がそうあるべきだとは言わないが。

余談だけど、だから、僕の場合、やる仕事にも意図があって、目的があって、それを完遂すること、つまりは「その仕事を終わらせること」を目指してばかりな人間ではある。これは他人には、しばしば迷惑である。それは知っている。が、これは年々明らかになったところでは、つまりはけっこう病理的なことなので、どうしようもない。

サイトの意図、四題噺

話は戻る。つうかこのブログ、話を戻してばっかりじゃね。こいつ馬鹿だろ。まあともかく、僕は明確な目的や意図を持ってウェブサイトを作るんだっちゅーの。乳帰る。

ただね、僕は、どういう意図でそのサイトを作ったのかは、それが完成してから説明することが多い。つまり、更新を終えるタイミングで言うことが多かったです。

でもね、それも何かやな感じだなと思ったのね。それこそ年々、そうじゃないやり方をしようなあと思うようになった。それもあって、このブログの場合は、今まさに、やり始めたところで、言うわけです。そうすること自体に、理由があるのだが、話がややこしくなる前に、とにかく言っていきます。ちょうど、コメント欄で、サイト名の由来が気になるって、書いてくれた方がいたしね。

が、この話すごーい長いんで、まず、4つに分けます。

  1. 現状認識について
  2. 文系-テクノロジーについて
  3. テクノロジー-ブログについて
  4. 技術を使うこと自体、表現だということについて

ということで、まずはひとつめ。前提の話なので、たぶん一番長い。

1. 現状認識について

僕は仕事柄、カルチャー界隈を見聞きすることが多いです。けっこういっぱい新しい作品を見てる。もちろん日本の作品もさ。

で、そういう僕が近年しばしば思うのは、「あー、日本のカルチャーは、何か、過去の遺産とか成功を、次世代に継承することが、あまりうまく、できなかったんだなあ」ってことです。

いやまじでまじでー。

たとえば今日、日本文化の国際的なプレゼンスは、30年前より下がっているように思えるのよ。つまり僕が20代の頃は、うちの国のカルチャーに、国際的な注目は、けっこう集まっていたのよ。この先、そこそこ広がっていくぞって気がしてた。

今そんなふうに思う20代、あんまりいなそうじゃないすか?

韓国、いったっすよね

ざっくり感あるけどさ、でもま実際、今は、あの頃に思ってた広がっていくだろうという予想ほど、広がっては、いない。で、むしろ、あの頃、日本人にとってはちょっと不思議なものに見えた、韓国のカルチャーのほうが、世界に広がっている。よ。ね。

ヨン様とかポンチャックとか、わりと笑ってたじゃん?ていうか、江南スタイルの時代になってすら、世界中が笑ってたじゃん?だーけど。ってこと。

とかっていうと「いやいや、日本のこと大好きな人、世界にいっぱいいるよ!」みたく言う人もいるんだけど、そういう個別っぽい話じゃないすよ。程度の話をしてんの。そして、予期したものとの差の話してんの。

まあ、それは事実じゃん。

ほんといまだにさ、フィクションで、渋谷をストリート感のある若者の街、象徴的な場所として出してくる作品あるけど、うわあ老人が作ってる!としか思わないよ。そういうのやりたいなら新大久保にしろよ。むしろ若者に興味ないの丸わかりじゃん。みんなもそう思うといいよ。さっむいのう。

みんなやる気……だと思うけど

まあ、それでも、今後、日本も、広がっていけばいいな、とは思うじゃん。

けど、こういう分野で仕事をしている僕はさ、そういう分野の、えらい人に会うことも多いんです。で、そういう機会があると、また、しばしば思うのは、「あ、たぶんこれは、このままふつうにいくと、あんまり、よくなっていったりも、しないな」ということなんです。

もちろん、そういう人たちに、悪意があるって話じゃないすよ。むしろみんな頑張っているの。また僕だってさ、それなりに、なんとかしようとして仕事をしている。ほぼ全部の仕事に、そういう気持ちが乗っていると、言ってもいい。

ただでも、何だか僕は、どうも、みんなと、もうすこし、認識が違うような気がするんです。

何も根付いてないすよね

つまりな、死ぬーとかゆっても、お前の思ってる死ぬー、まじで俺の思ってる死ぬーと、一緒かよ。俺はまじで死ぬーと、思ってんねんぞ、とゆうこと。よ。

たとえば、教育が思うように機能していない。これは、みんな思うことではあるわな。

でもね、僕が思ってるのと、みんなの認識、本当に一緒かなあ?とか思うわけ。

たとえば、歴史を語り継ぐことは重要です。しかし、それはせいぜい、ノスタルジーにばかり回収されてんじゃねえの、と、僕などは思う。なんか年長者が気持ちよさそうにしてばっかりじゃないの。と。切実さあんのか。と。

つうかまあ、根底から言わせていただくと、そもそも作品を語るということ自体の伝統を失っているわけだが。

結果、一般教養的なものとしては根付かない。スタックがない。

そのゆえもあるんでしょうかね。技術論がどうなっているかというと、社会的には即効性のないハイブロウな語りか、「これひとつやるだけで売れる方法」のお手軽な語りか、どっちかに二極化している。

将来的にはさあ

でさあ、こういう状況だと、カルチャー領域でひとが当たり前に育ち、ひとかどの表現を生業にできるようになる命運は、本人とその周辺に(のみ)託されることになる。

そうすると、予算はうまくいってそうな、実績がありそうな、目立つところ……の、人。か、そこの若い衆。に丸投げされて、もちろん、必ずしも成果は上がらない。そりゃそうだ。人を育てる方法が確立してないんだから。優れた技術が広くそのあたりに定着していくとは限らない。

結果、いまだに、強いパワーを持った(しばしば老齢の)表現者が、ようやく抱えられる程度のチームを率いて、そいつの頑張りでなんとかやってる。それを見て、(しばしば老齢の)ファンが「〇〇先生!やっぱすげえ!」とかなんとか言ってる。ってわけですよ。

みたいなやり方だけで、どうにかやってる。

個別の話じゃなくてね

そんなさ、参入の仕方も、やり方も、わからないし、儲かるかどうかもわからないし、何なら「儲けたいとか言うな!」とか言われたりするし、もちろん、その手段を使って社会にどのようなインパクトを与えうるかも、知れない界隈ですよ。そんな界隈にさあ、ぜひ参加したいとは、若者はそのうち、思わなくなるんじゃないすか。ていうか、もう、思い始めているよね。

まだスポーツとかやるほうがいんじゃね。世界に届くよ。届いてるし、評価もされるし、夢あるし。カネにもなるし。そう思うんじゃないすか。

とかっていうと、近年はまじ「いやいや、カルチャーのこと大好きな若者、日本にいっぱいいるよ!」みたく言い始める人が、いんだけどさ。だからSNSとか、終わってるわけだけど。建設的に話とかできないよね。

まあともかく、少なくとも、自分もやってみたいと、たくさんの多くの人が、思う感じではないんじゃないすか。

じゃあどうするか…というので

かといって、日本をあげてリクルーティングしようという態度にも見えないし。国際的に評価される文化を作りたーい売り出したーい褒められたーいという気持ちをみんな持ってる感じなんだけど、それを育てようという感じには見えない。

ちぐはぐだよね。やってることが。

そこで、僕は、まず「文化テクノロジー」のことを、強く意識することになったんです。

つづく。

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