料理犬のおもてなし
今日は何を作ろうか。わたしはいたってふつうの犬であるが、毎日三度の食事を採るために、材料を用意して料理することを日課にしている。今日はカレーライスがいいな、と感覚で捌くと、ニンジン、じゃがいも、玉ねぎ、カレーのルーを鍋に丁寧に配置する。材料は昔から大量にあったが、理由としては、わたしのお祖母さんが農家であるため、野菜を分けてくれたことが頻繁にあったからであろう。いいや、こんな田舎のわたしでも、かみさまのせいである可能性を思って、頻繁にあったから”であろう”などと、少し変調に語ることもあった。それは、お祖母さんのせいではなくかみのせいであるという考え方でもあれば、すべてはかみのせいという考え方につながるものであった。お祖母さんは双子で、姉はかみを信じ、妹はかみを信じないが、ほとけさまは信じていた。姉は、利子といい、妹は、宗子という名前である。料理犬のわたしは、どんな思想であれ、二人のお祖母さんにひじょうに恩に着ていた。かみを信じるからいい人だ、という考え方が危険であると、飼い主さんがいっていたのを覚えていた。ほとけさまを信じるからいい人だ、という考え方も危険であると、夙に咀嚼していた。


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