特定避けでなければ「シチサンメガネ」の兼山先生のことですかね。
正直、先生の読み切りや後に小学館で書いたフラワーマンと比べると一番面白い、先の展開が気になる漫画だったので、編集主導と聞いて色々と腑に落ちた面があります。
編集が原案を出した点は、当時M-1の流行に乗るため、他誌に遅れを取らないため、マガジンも漫才漫画を出すという、はじめから原案ありきの人選だったのでしょう。連載のために書くと決めたのは先生ご自身で、恨むのはお門違いな気がします。
見返すなら他所で結果を出すしかなかった。悲しいですが。
はたらく細胞の件だけど。
講談社でプロ漫画家になった友達がしょっちゅう愚痴こぼしてたな。
編集が原案をだして、その通りでないと没になる。自分はコマワリと作画担当でしかない。
編集は「自分が頭よくて才能あるから、その通りすればヒット間違いない」と言われた結果、二巻でうちきり。