法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

一般論として、身体を接触されない権利はあるが、許可なく身体に接触する権利はない

 他人に接触されるストレスと、他人に接触できないストレスは、同等の被害としてはあつかえない。
 事前の許可を必要としない例外は、たとえば高所から落ちそうな他人の身体をつかむとか、赤信号なのに走りだそうとする子供を抱きかかえるとか、相手の心身の安全を確保する時くらいだ。


 この一般論は、演技をおこなう俳優であっても、現実の家族であっても、原則としては変わらない。
 念のため、身体を接触する演技を想定した作品に起用するにあたって、あらかじめ個別の許可の不要性を確認する場合などはあるだろう。起用される権利がない以上は、個別の許可が必要な俳優を起用しない撮影側の権利もある。
 しかしそれもふくめて身体の接触に当事者の調整が必要という原則に変わりはない。
 むしろ危険撮影を前提としたアクション俳優や、性的な身体接触を描写するポルノ俳優ほど、事故をおこさないためにも細かい制限を慎重に調整しておくべきだろう。たとえば、あまり良い印象をもてないAV女優の月島さくら氏も、さすがにポルノ撮影の当事者として原則的な指摘をおこなっていた。


AVってさ、何をするか、何をしてはいけないか、事前に詰めるのね
台本に書いてない事は勝手にできない。
昔はできたけど。

そんな世界にいると、普通のドラマってそうじゃないんだね?
制約あるほうが責められるのっておかしくない?
やっていい事ダメなことは事前に詰めとくべきじゃない?

って驚きの気持ちでいっぱい。

 同じように、家族の日常として想定される身体接触の範囲について認識の齟齬があったとして、そこで必要なのは齟齬の把握と可能な範囲の調整と合意であって、範囲を広く考えていた側にあわせて接触を許可させることではあるまい。


 そもそも、あらかじめ脚本や演出で指示されなければ身体を接触する演技を受けいれられないという俳優と、脚本や演出の指示がなくても許可をとらず身体を接触する演技をしたがる俳優とで、どちらが使いやすい俳優だろうか。
 そして前者は身体接触の必要性を一方的に主張された後も撮影を望み、主張が受けいれられなかった後者は何度も降板を主張するようになったとして、どちらが俳優を続けやすいといえるだろうか。