ホルムズ封鎖の影響が最初に見えたのは燃料ではなく、原料のナフサでした。その先には数万社の製造業がつながっています。
なぜナフサだけ備えがなかったのか。記事で経緯をたどりました。
1982年にナフサの備蓄義務を外したとき、議論の中心は価格と競争力。「中東から届かなくなったら」という想定は、どこにも見当たりませんでした。
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【44年前のナフサ戦争、政府が決着見直し】logi-today.com/974509
原油は254日分。ナフサは推計20日分。
その差は、44年前の「ナフサ戦争」の決着から始まった。
1982年、日本は競争力を優先し、ナフサ備蓄義務を外した。