八年暮らしたマンションの更新通知が届いた。驚いた。家賃が四万円も上がっていた。値上がりはある程度覚悟していた。しかし、その額は想像を超えていた。
不動産会社を通じて大家に理由を尋ねると、「地価」「固定資産税」「管理費」の上昇が背景にあるという。交渉の末、値上げ幅は二万五千円まで下がった。それでも更新するかどうか、まだ決めかねている。
その夜、私は下町の飲み屋で、もう一人の「四万円」と出会った。還暦を過ぎた現場帰りの日雇い労働者だった。注文はお砂糖入りのミルク。いつもそうなのだという。土曜の夜も更けた頃、店のママが小声で言った。
「この人、いま大変なのよ……」
話を聞くと、住んでいるワンルームの更新で家賃が四万円上がるという。現在の家賃は六万円。同じ区にあるホステスや日雇い労働者など、単身の低所得者が多く暮らすマンションだという。
思わず息をのんだ。私も同じ日に「四万円」という数字を突きつけられたばかりだったからだ。
しかし、同じ四万円でも意味はまったく違う。私にとっては生活設計を見直すほどの負担ではあっても、まだ交渉や引っ越しという選択肢は残されている。一方、彼にとって四万円は、住む場所を失うかもしれない、生存を左右する金額に違いなかった。
東京ではいま、土地の値段が上がり続けている。それは資産価値が上がるという景気の話ではない。街を支えてきた人たちが、更新通知一枚で、その街から追い出されるという話である。
高齢者、障害者、シングルマザー、外国人労働者。そして、小さな店を営む人たち。家賃の上昇は、最も弱い立場の人から順番に、この街に居続ける権利を奪っていく。
私は『穴場の絶滅』を書きながら、何度も「なぜ穴場は消えたのか」を考えてきた。SNSやインバウンド、情報化だけでは説明できないものがある。
土地価格の高騰は、街の風景だけではなく、その街で暮らす人を入れ替えてしまう。人が変われば、店が変わる。店が変われば、街の文化も変わる。
穴場が消えているのではない。
穴場を支えてきた人たちが、東京から静かに姿を消し始めているのだと、東京の街を歩きながら思い知らされている。