禁じられてることを言え。
北海道在住の女性M様から「お会いしたい」とご連絡をいただいた。記事を拝見してお会いしたいと思ってはいたが、聞きたいことがあるわけでもなく、斬ってもらうとか斬ってもらわないとかもなく、背中を押してもらいたいとか押してもらわないとかもなく、なんとなく会いたいと思った。私は「得ることばかりですね」と言った。M様は「私にはそういうところがあります」と言った。
M様は言った。好きでもない仕事を生活のためにしていて、自分がやりたいこともわからず、自分の感情を感じることが苦手だから効率や損得で生きて来た。私は「自分の気持ちを雑に扱って来たから、目の前の人も雑に扱うのだと思う」と言った。誤解を恐れずに言うと、M様はケチで下品でガサツに見えた。感情を感じるのが苦手なんじゃなくて、単に面倒臭いだけだと思った。生きること全般を面倒臭がっていて、怠惰になり、好きな人から嫌われたくないから予防線を張りまくり、それによって嫌われているのだろうなと思った。
これまでは「生きることを面倒臭がらないで良い面を見て行こうよ」と励ますこともあったが、最近はやめた。死にたい人は死ねばいいと思う。多分、人口淘汰だと思う。太り方に精神性が出る。諦めた人は老けている。生きてたくないんだろうなと思う。無理して生きることもないよと思う。欲求不満の塊には、何かを言えば言われたと憎まれるし、何も言わなければ何も言ってもらえなかったと憎まれるし、何をしても憎まれる。関わる限り憎まれるから、関わらないしか方法はない。
それでも本気で変えたいと思うなら、本気で関わって来いよと思う。自分は何も出さないで、相手にだけ出させようとするのをやめなよと思う。欲しいものがあるなら自分から取りに行けと思う。あなたの本音は「全部欲しい」なんだろう。それを、物分かりのいい人間のフリをして、頭を納得させているけれど、体は全然納得していない。せっかくの美人を台無しにして、ヘドロみたいな人間になり、呪うことでしか他者と関われない妖怪になる。悲しいことだ。実に哀れなことである。
生きづらさがあるなんて嘘で、日本は生きやすすぎるのだと思う。だから、中途半端な人間が自己嫌悪なんて中途半端なところにあぐらをかいて、中途半端なまま生きていられるのだと思う。生きるか死ぬかでやっている移民たちが日本で好き勝手に暴れるのは、当たり前のことである。それを「許せない」とか言いながら、国や社会に何かを変えてもらおうと願うのは、甘えた人間のやることだ。こんなことは言っちゃいけない、こんなことは思っちゃいけない、こんなことは考えちゃいけないと思っていることの中に、突破口がある。眉間に深く刻まれた皺が、お前の不満を象徴している。本気で変えたいと思うなら、言っちゃいけないことこそ言え。やっちゃいけないことこそやれ。自分を縛っているのは、完全に自分である。
来ていただいて、ありがとうございました。
自分が人から得ようとするばかりの人間だということ、心当たりがありすぎて、恥ずかしい気持ちです。
日頃から効率や損得ばかり考える癖があります。
それが良いことのような気がしていましたが、目の前の相手をきちんと見るということを、全然していないのだと改めて思い知りました。
率直に思ったことを言っていただけてよかったです。
世の中の正解より目の前の人のことを見られるように意識していきます。
今日はお時間作っていただいてありがとうございました。
追伸
坂爪さんの率直な言葉に傷ついたことに、興奮している自分がいます。
意味がよくわかりませんが…
なんにせよ、このままの生き方は心から望んでいる訳では無いので今日の気づきを活かして自分も人も楽しめる人生になれるようにと思います。
おおまかな予定
7月8日(水)北海道札幌市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
7月18日(土)LIVE@下北沢RHAPSODY
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


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