保身に走ったんだ
恋をしていた。けれどそれはいつの間にか純度を増していた。
明るくて能天気で太陽みたいな人間。それが幼馴染の新藤ゆずだった。
柔らかな栗毛に少しだけ色素の薄い瞳。黙っていればそれなりに綺麗なものの、声を上げて走り回るようなそんな子。
そんな子に恋をして数年。隣にいるのが当たり前になっていた。
背丈はいつの間にか越していて、大きかったはずの彼女の背中が小さくてか弱いものに見えるようになったのはいつからだろう。その背に寄りかからなくなったのはいつからだろう。折れそうになるくらい華奢な腕を掴むのを躊躇うようになったのは。守りたいと思ったのは。それが新たな当たり前になったのは。
清水誠一。果たしてこの名の通り、清廉潔白で一筋のものになれたのか、自分ではよく分からない。
強くなろうと思った。小さなその背に寄りかからなくてもいいように。今度は自分が守ってあげられるように。食らいつくように剣道を始めて強くなって、それでも気が付かない事があった。守れない物もあった。
「何してんだ俺」
しゃがみ込んで顔を覆う。短い自分の髪が、手にチクチクと刺さった。
彼女が泣いた。
出逢ってから初めて、彼女の涙を見た。
明るくて能天気で笑顔が似合う、太陽みたいな人。
でも気が付いていたはずだ。悲しくても辛くても、一人でそれを勝手に乗り越えて笑っていただけだという事を。誰よりも近くにいて気が付いていたはずだ。
死んだ兄に重ねられるのが嫌だという事を。
『外見で判断するような人だったんだね』
千草百合奈が無彩病だったという事実は気が付かなかった。数刻前、あの現場を見るまでは。
地面に倒れ込んだ千草を、どうして優先してしまったのだろう。どうしてゆずの気持ちに気が付かなかったのだろう。どうして、自分の心の通りに動かなかったのだろう。
千草の事は嫌いではなかった。ほどほどの人間。それ以上でもそれ以下でもない。彼女がどんなに振り向かせようとして来ても、自分の気持ちは変わる事がなかったから。
でも、泣いた。ゆずが泣いた。
声を上げて怒る事がないゆずが怒った。誰かの頬を叩いた。
それだけでもう、おかしいと気が付けたのに。
千草に一言、悪いとだけ口にして全速力で幼馴染を追いかける。彼女はどこにもいなかった。
「早すぎだろあいつ」
恵まれた身体能力を持っていて、それを普段は使っていなかった事を思い出す。幼い頃は駆けっこでも勝てなかった。今ではそんな事もないけれど、一度行き先を見失ってしまってはもう、追いつく事も出来なかった。
「謝らなきゃ」
何に?千草を優先した事?それとも無彩病と聞いて地面に倒れ込んだ千草を、少しでも可哀想だと思ってしまった事?彼女を通して、彼女の兄の影を見ようとした事?
「違う」
立ち上がって走り出す。そのどれでもあって、どれでも無かった。
ああ、自分も千草のようにもっと自分自身だけを見て泥臭く足掻けば良かったものを。清廉潔白がなんだ。違う。傷つくのを恐れて前に進まなかっただけだ。彼女を守るといっておきながら、守っていたのは自分だったんだ。
「その前に、俺は好きって伝えてない」