1.第三者の面前での叱責
令和2年厚生労働省告示第5号『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』は、
「他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと」
をパワーハラスメントの一例(精神的な攻撃)として掲げています。
それでは、大学教授が講師の研究を第三者の面前で酷評することは、法的にどのように扱われるのでしょうか?
学校教育法上、教授、准教授、講師は、
「教授は、専攻分野について、教育上、研究上又は実務上の特に優れた知識、能力及び実績を有する者であつて、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する。」
「准教授は、専攻分野について、教育上、研究上又は実務上の優れた知識、能力及び実績を有する者であつて、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する。」
「講師は、教授又は准教授に準ずる職務に従事する。」
と位置付けられています(学校教育法92条参照)。
教授、准教授、講師が「指導」するのは飽くまでも「学生」です。教授だからといって当然に准教授を指導する立場にあるわけではありませんし、准教授だからといって当然に講師を指導する立場にあるわけでもありません。基本的に研究者は対等で、准教授であるからといって教授の研究を批判してはいけないわけではありませんし、講師だからといって准教授の研究を批判してはいけないわけでもありません(少なくとも法学分野は比較的自由で、学者が自分の指導教官の学説を批判的に考察するということも珍しくないように思います)。
それならば、教授の側にも、准教授や講師の発表を自由に論評、評価することができるという考え方も成り立ちそうにも思われます。
近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。ここ数日紹介している、山口地判令8.1.28労働判例ジャーナル171-38 損害賠償等請求事件です。
2.損害賠償等請求事件
本件で被告になったのは、
■を設置、運営する法人(被告法人)、
被告法人の■講座(本件講座)に所属する教授(被告■)、
の二名です。
本件講座は、
被告■、講師2名、助教1名、技術補佐員1名、事務補佐員1名、
他の講座から派遣された准教授1名、講師1名、助教1名、
学生、
によって構成されていました。
原告になったのは、本件講座に所属する講師の方です。被告■から違法なハラスメントを受けたほか、被告法人がハラスメントに対して必要な調査を怠り適切な措置を講じなかったとして、慰謝料等の支払を求める訴えを提起したのが本件です。
原告の方はハラスメントを構成する事実として多岐に渡る行為を主張しましたが、その中の一つに、発表の内容を第三者の面前で酷評されたことがありました。
これについて、裁判所は、次のとおり述べて、不法行為の成立を認めました。
(裁判所の判断)
「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被告■は、令和2年8月21日に実施されたプログレスミーティングにおいて、発表を終えた原告に対し、
〔1〕この実験は他の細胞で既に報告されているので無駄だ、
〔2〕レベルが講師のレベルに達していない、
〔3〕大学院生レベルの研究だ、
〔4〕15年間、論文がないのはどうしてか、
〔5〕今年中にプロモーションして出て行くように
などと発言した事実が認められる。」
「被告■の当該各発言は、いずれも、原告の発表内容が講師として要求される水準にないと考えた被告■が、その改善を求めたものとみることができる。もっとも、その発言内容は、頭ごなしに■たる原告の立場を全面的に否定する表現を含むものであるうえ、上記・・・〔5〕の発言は、改善を求めるものにとどまらず、原告が本件講座にとって不要な存在であり、本件講座との関係を切り離すことまでを意図した発言とみられるのであって、当該発言が第三者の面前で行われていることからすれば、たとえそれが指導の意味を持つものであったとしても、これは職場内の優位性を背景として、業務の適正な範囲を超えて、精神的、身体的苦痛を与える言動であるといえ、原告の人格的利益を違法に侵害するものというべきである。」
「被告■は、原告の発表内容からして、厳しく指導せざるを得ないものと考え、当該発言をしたとみる余地もあるが,仮にそうであったとしても、本件講座員がいる面前で発言すべき必要はないのであるから、いずれにしても、適正な業務の範囲を超えた言動であるとの判断を左右しない。」
「よって、・・・上記・・・の事実は、不法行為を構成する。 」
3.頭ごなしに否定、関係性の切断
以上のとおり、裁判所は、大学教授の発言に違法性を認めました。
このような判断がされたのは、
講座制という組織構造、
具体的な指摘や理由を伴う批判ではなく、頭ごなしの否定であったこと、
関係性を切り離すような発言がされていること(指導の放棄)、
がポイントになっているのではないかと思います。
学問的批判は自由ではありますが、礼節を弁えないで良わけではありませんし、第三者の前で侮辱することまで許されるわけではありません。
裁判所の判断は、アカデミックハラスメントに関する一例として実務上参考になります。