世論調査をめぐって拡散された誤情報への見解
ここ数日、世論調査をめぐる誤情報に関する問い合わせが多いので、見解をまとめることにします。
事の発端は6月29日、支持率を調べている会社に電話をしたところショートメッセージが送られてきて回答できてしまったという旨の投稿がSNSで行われたことにありました。投稿には会社の電話番号が記載されており、多くの人が自らの手で試行することになったのです。
その結果、「世論調査の電話番号に自分から掛ければ、誰でも参加出来る。世論調査の仕組みとしては間違ってるのでは?」(西村博之氏・出典)といった発言が広がり、さらには「現在の世論調査はいくらでも操作が可能という現実」(町山智浩氏・出典)という飛躍した話や、「もう一度言います。高市高支持率は大部分、コンピュータやネット操作によるフェイクです」(澤田愛子氏・出典)といった陰謀論までが拡散されました。
これについて段階を追って見解を述べます。
当該調査の方法に関して
まず、話題となったのは、株式会社グリーン・シップ(以下GS社)の実施する調査です。これについてGS社は次のような説明をしています。
「当社から電話をかけていない方や同一電話番号の重複回答に関しては、集計前に削除しております」(GS調査センター・出典)
詳しくは、自ら電話をかけたものは回答者として扱われずに集計から除外され、ランダムに選ばれた正式な回答者が何度も答えた場合には最初の回答のみが集計の対象とされるとのことです。
これによるのであるならば、処理は当該調査のやりかた、つまりオートコール(自動音声応答通話)を用いて回答への協力を打診し、SMSを経由して回答させるという手法の限りにおいて、適切に行われているということができるでしょう。
自ら電話をかけた人が(無効と処理される)回答ができたのは、あくまでシステムの事情によるのです。この事情そのものについてはわかりませんが、あるいは後で除外すれば事足りるだろうとして設計されており、一度そのように作られた仕組みをコストを払って変える必要もなかったなどの理由は想像されるかもしれません。いずれにせよそれは、調査で得られるデータの品質には影響がないわけです。
当該調査への誤解に関して
ここで、今回の騒動の中で自ら電話をかけた人は必ずしも無効とされることを知らなかったので、誤解が生じたのにはやむを得ない面があるのかもしれません。
しかしながら誤解が生じたとしても、立ち止まって考えずに直ちに不正に結びつけてしまう心理には陥穽があります。
自分から電話をかけて回答できたり、複数回の回答ができたとしても、その段階ではそれが有効な回答として扱われているかはわからないはずです。それをただちに有効だとみなす考えには短絡があるわけです。
調査は意味がある結果を得るために実施するものです。GS社は調査で得た内閣支持率や政党支持率の詳報を月額5万円から顧客に販売しているのであり、それをサービスとして成り立たせるために正確なデータを得ようとするのは当然です。
そもそも本気で不正をするのなら、わざわざ無駄なコストをかけてまで不正を露見させるような方法をとるわけがありません。あえて気付いてくれと言わんばかりの仕組みで不正が行われていると考えるのは、陰謀論にみられる特徴です。世論調査一般に関する知識がなかったとしても、このことには関係がありません。思考の飛躍や視野の狭さに注意すべきでしょう。
一般の世論調査に関して
さて、引用を除くこの記事の本文では、GS社の調査について「世論調査」とは表記していません。これは、世論調査にはいくつかの要件があり、オートコール(自動音声応答通話)はそれを満たしているとはみなされにくいことによっています。これはやや見解が分かれる点でもありますが、たとえば日経は、オートコールは「世論調査ではないと明確に断言」(出典)しています。
ぼくの方としても、オートコールは大量の回答を安く集めるのが有効な国政選挙の情勢調査などで意味を持つとして評価する一方、それは世論調査の満たすべき無作為性に限界のある方法といえるため、原則として世論調査とは呼ばないという立場をとっています。
今回の誤解がたとえ誤解でなかったのだとしても、それを手法の違う世論調査一般に拡大するのには飛躍があるのです。
日本の新聞社、通信社、テレビ局は、毎月11の異なる世論調査を全国で実施しています。いわば日本の世論は11の異なる「測定器」で監視されているわけです。
例えば温度であれば一般のアルコール温度計や水銀温度計、新型コロナで広く知られた放射温度計、金属の膨張を利用したバイメタル式温度計、温度差で生じる微電流を用いる熱電対温度計などがありますが、そうしたものが11種類もあるわけです。仮にその一つが故障したとして、温度はわからなくなるのでしょうか。そのようなわけはありません。他が機能するからです。
加えて政党がやる調査や研究室がやる調査もあり、海外にある調査機関も日本の支持率を調査します。そのなかに逸脱した傾向を出すものがあれば、その異常は検出されるのです。
一般の世論調査の傾向に関して
日本の新聞社、通信社、テレビ局が毎月実施する11の世論調査から、内閣支持率を表示してみましょう。すると、ある世論調査は高く、ある世論調査は低く、適当に色分けをすると「虹」のようなものが浮かび上がることがわかります。
縦軸の下限が40%、上限が85%であることに留意してください。
これは高市内閣の発足から現在までという8か月余りの短い期間のグラフですが、安倍内閣のような過去の長期政権について描けば綺麗な虹ができるのです(なお、虹の帯が少し交差しているのは、各社の調査の日程にずれがあることや、実施される世論調査のそれぞれについて±3ポイントほどの最大想定誤差があるといった事情によっています。このことにより長い目で複数の調査を検討したり、平均したりしなければ正確なトレンドがわかりにくいという難しさもあります)。
図1のような虹ができるのは、いつも高めの数字が出るところがあったり、いつも低めの数字が出るところがあることによっています。このように各社で数字が異なる最大の理由は、各社で定義が違うものを同じ「支持率」という名前で呼んでいるからです。
そのうちのどれが正しいのだと言う人は、数字の向こうにある世論に目を向けてください。世論はそもそも人々の気持ちです。政治についてどう思うのかといったら、内閣についても政党についても、言葉とか、言葉にならない想いとかが一人一人にあるわけです。それを無理やりある断面で切り取って回答に集約するのですから、その集約の仕方が違えば出てくる数字が違うのは自然ではないでしょうか。
たとえば上の図1からは、JNNの内閣支持率が高めに出ることが読み取れます。これはJNNが電話で「非常に支持できる」「ある程度支持できる」「あまり支持できない」「全く支持できない」の4択で聞き、「非常に支持できる」「ある程度支持できる」の合計を内閣支持率とし、「あまり支持できない」「全く支持できない」の合計を不支持率とすることによっています。単に支持するかしないかを聞くと態度を表明しない人が多くなりがちですが、こうした4択にするとどれかを選ぶ人が増えるのです。
また、反対に時事通信は低めに出る傾向がありますが、これは全国の調査員が訪問して面接で聞いているからです。面接の場で、態度の表明に慎重になる人が多くなることは想像できるでしょう。
ここで各社の定義をそろえるべきだというのは一理あるのですが、本当はそれほど簡単なものではありません。各社の昔からのデータの連続性が失われるデメリットも非常に大きいです。例えば時事が面接で調査をやり続けているというのは共通の財産です。
世論調査の結果として得られた数字は、人々や社会のあり方を決めつけるための終着点ではなく、そこから考えていくための出発点として与えられた一つ一つの手掛かりです。そのような意識で結果に臨むならば、むしろ様々な調査があるからこそ、様々な角度から照らした時の世論の姿が見えてくるのだといえるでしょう。
そして、JNNがいつも高めに出たり、時事がいつも低めに出たりするのは、それぞれの毎回の調査がきちんと同じ手続きで行われていることを意味します。図1においては、いずれも高かった内閣支持率がこの8か月あまりで次第に低くなってきたトレンドが明らかで、そのことに意味があるわけです。
当該調査の傾向に関して
すでに図1で見た各社の世論調査にGS社の内閣支持率を重ねてみましょう。GS社の調査に注目するため、各社の世論調査はグレーにかえています。
縦軸の下限が40%、上限が85%であることに留意してください。
このようにすると、GS社の調査もまた内閣支持率の下落をとらえていることがわかります。
細かいことに触れるなら、GS社では高市内閣の発足直後の支持率はかなり高めであったところ、最近はかなり低めの数字が出がちで、各社世論調査の「虹」を横断するようになっている点は気になります。これは一般の各社世論調査とは異なる特徴で、オートコールであることも含めて、手法の独自性によって帯びる傾向なのかもしれません(この変化を大きくとらえる傾向は、別に欠点として言及するのではなく、把握したうえで扱えば長所ともなりうる事柄です。ただぼくの方としては、現段階では各社世論調査の平均をとる際などに混ぜない方がよいと考えます)。
図2からは、「当社から電話をかけていない方や同一電話番号の重複回答に関しては、集計前に削除しております」というGS社の説明した処理が、適切になされているであろうこともうかがえます。もしも自分から回答しにいった人の分が集計に含まれていたならば、誤差範囲として許容されない数字の「ジャンプ」がしばしば起こるので、グラフはこのようにはなりません。
P.S.
世論調査をめぐる陰謀論は、結局は調査の結果が実感に合わない、自分の考える社会像と合わないということを起点としてくりかえし沸き起こってくるものです。それは、誰しも特殊な環境におかれて生きていくしかなく、社会にゆきとどく直接の視野を持てないということに根源があります。
ですからそれは理解できる部分を持っています。しかしそうであるからといって認められるわけではありません。それを広めるのは物を知らず、物を考えず、知りも考えもしない事柄を語ろうとする人たちです。世論調査を疑うと言っている人も、そんな丸腰で何を疑えると思っているのか不思議です。先の衆院選であれだけ自民が勝ったということを早くも忘れ、誤情報に翻弄されて世論調査を否定するならば、また次の国政選挙で手痛い現実を思い知らされることになるでしょう。
本来、情報戦でやることは大きく2つあって、それは相手を攪乱することと、味方に正しい情報を伝えていくことです。権力を持つ者はその両方ができますが、そうでない者の手にはその両方がありません。
ぼくは十年前に、誰もが手に入る後者の基準を作ろうとしました。それは世論調査を武器とすることでした。本当にやるべきなのは、現実の社会に向き合ってそれを動かしていくことです。その際に社会にゆきとどく直接の視野は持てなくても、世論調査を用いれば間接的にそれを得ることができます。
ですから世論調査は敵視するものではなく、むしろ助けとなるものです。それはもともと敗戦後、GHQが日本を民主化していくなかで、民主主義を支えるための指標として導入された歴史をもっています。
「わが国の民主主義が敗戦の落とし子なら、世論調査もまた敗戦の落とし子である」
これは今から80年ほど前に、初期の世論調査に関わった人の印象的な言葉です。
ぼくたち一人一人は狭い人間関係の中に生きており、見たり、聞いたり、感じることは断片でしかありません。対して社会は広く、多様で、様々な問題をもっています。都市には都市に、地方には地方に生きる人がいます。世代や職業が異なれば抱えている問題も異なります。そうした社会の姿を知り、これからの未来を考えていくために、そして未来を変えていくために、世論調査は活用されるべきであるはずです。
2026.07.04 三春充希



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