弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

使用者には、ハラスメント被害者と行為者とを職場環境の点において分離する措置を講じるべく検討し、それを実現する義務があるとされた例

1.ハラスメント事案で配置転換(配転・配置換え)を行うべき注意義務

 令和2年厚生労働省告示第5号『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』は、

パワーハラスメント(パワハラ)が認められた場合に事業主がとるべき事後措置について、次のような例を掲げています。

・被害者に対する配慮のための措置の例

「事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪、被害者の労働条件上の不利益の回復、管理監督者又は事業場内産業保健スタッフ等による被害者のメンタルヘルス不調への相談対応等の措置を講ずること。」

・行為者(加害者)に対する措置の例

「就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書における職場におけるパワーハラスメントに関する規定等に基づき、行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずること。あわせて、事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪等の措置を講ずること。」

 似たような定めはセクシュアルハラスメント(セクハラ)との関係でも存在し(平成18年厚生労働省告示第615号『事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』【令和2年6月1日適用】参照)、配置転換はハラスメントが生じた場合の事後措置の典型例として位置付けられています。

 それでは、ハラスメントの被害者に、分離を求めることの権利性を認めることはできないのでしょうか?

 以前、セクハラとの関係で、

「管理職に対する一般的な注意喚起では原告の被害を防ぐことができないことが判明した平成30年7月4日の段階において、被害者に対する再度の被害を防ぎ、被害者である原告の支障、不利益を避けるため、被告Fに対する直接注意をできる限り速やかに行い、かつ、直接注意を行った後は、被告Fか原告のいずれかを元の職場から離す必要があったと考えられる。」

と分離措置義務を認めた裁判例を紹介しました(東京地判令5.12.25労働判例ジャーナル148-32 三菱UFJ信託銀行ほか1社事件)

職場にはセクハラ加害者に対して直接注意を行った後、被害者か加害者かを元の職場から離す必要があったとされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 近時公刊された判例集に、パワハラとの関係でも分離措置義務の存在を認めた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、山口地判令8.1.28労働判例ジャーナル171-38 損害賠償等請求事件です。

2.損害賠償等請求事件

 本件で被告になったのは、

■を設置、運営する法人(被告法人)、

被告法人の■講座(本件講座)に所属する教授(被告■)、

の二名です。

 原告になったのは、本件講座に所属する講師の方です。被告■から違法なハラスメントを受けたほか、被告法人がハラスメントに対して必要な調査を怠り適切な措置を講じなかったとして、慰謝料等の支払を求める訴えを提起したのが本件です。

 被告法人に対する慰謝料等の請求の根拠として、原告は安全配慮義務違反を指摘しました。具体的には、

「本件調査委員会は、本件各行為に係る事実関係の調査に際し、加害者とされる被告■から事実関係の聴取を行っていない一方で、その他関係者から事実関係を聴取し、不必要に原告の名誉やプライバシーを侵害した。また、本件委員会が作成した本件勧告には、原告が主張する行為がハラスメントに該当しないと判断された理由が記載されていない。これらによれば、本件調査委員会による調査、本件委員会による判断は適切に行われていない。さらに、被告法人は、原告が本件勧告に従い、原告の配置換えを希望していたのに、異動の手続に際し、法律上不要である被告■の同意に固執するなどして、上記措置を講じるなどの原告の就労環境の整備を何ら行っていない。

「よって、被告法人が、原告が被告■からハラスメントを継続して受けない環境を整えるという安全配慮義務に違反したことは明らかであ(る)」

と主張しました。

 本日、注目したいのは、傍線部の主張に対する判断です。

 裁判所は、次のとおり述べて、被告法人の分離措置義務違反を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告法人に対し、極めて限定された空間である本件講座の内部において、複数年にわたり、職位として上位に位置し、本件講座を主宰する被告■による本件各不法行為や、不法行為とまではいえない不適切な行為を受け、これに起因してうつ病を発症した旨の診断を受けた・・・と訴えているところ、このような状況に鑑みれば、被告法人において、原告が、被告■と接触し得る環境において職務をすることにより、精神的、肉体的に苦痛を感じる状況にあったと認識し得たといえる。そして、少なくとも本件勧告においても、人材の有効活用及びトラブルの再発防止の観点から、原告の配置換え(原告が本件講座の構成から外れて他の講座に移るという意味)、もしくはそれに類する対応が望ましい旨が指摘されており、被告法人は、原告の配置換えをはじめとする、原告と被告■とを職場環境の点において分離する措置(以下『分離措置』という。)を講じるべく検討し、それを実現する義務を負っていたものと解するのが相当である。

「この点、原告の配置換えを実現するためには、人員配置や教授会との関係等における種々の調整を要し、その性質からして被告法人が主体となって差配し得る部分には一定の限界があることが窺われ、こうした実現の上での障害は現在においても除去されていないと認められる・・・。」

「しかし、被告法人は、原告が、被告■との関係性において、その職場環境を害され、精神的、肉体的苦痛を被っていることを認識し、また、本件勧告を受けたにもかかわらず、何ら主体的に対策を講じた形跡はなく、あまつさえ、P1は、原告が、被告■と接触しないことを目的として研究室とは隔離された別室での職務を開始した後には、原告に対して原告の当該行為は普通ではない旨伝え、それに否定的な態度をとっている・・・。その後に、被告法人は、原告が別室で勤務することを容認している・・・ものの、これは原告が当該勤務を開始してから約一年を経過した後であり、遅きに失した措置であったことは明白である。

「以上によれば、被告法人が、配置換え義務に含まれると解される上記の分離措置を検討し、それを講じる義務を怠り、これによって、原告が適切な職場環境で職務を行う利益が侵害されたものと認められる。

3.調査委員会はハラスメント認定をしていない/タイミングの問題の指摘

 本件で興味深く思ったことの一つに、調査委員会がハラスメントの認定をしていないことがあります。裁判所は、被告■の行為の幾つかに違法性を認めています。しかし、提訴前の被告法人での調査段階において、被告法人の調査委員会は、次のような判断をしていました。

(裁判所で認定された事実)

「本件委員会は、本件調査委員会が、原告が提出した資料の精査や関係者からの事実関係の聴取等を実施した(ただし、被告■に対する事実関係の聴取は実施されていない。)結果を踏まえ,令和4年9月22日、概要以下の内容を含む勧告(以下『本件勧告』という。)をした・・・。

a 原告が申し立てた行為についてはアカデミックハラスメントに該当しないと判断したため、被告■に対し、事実関係の聴取を実施していない。 

b 原告から提出された資料の精査に加え、原告及び参考人から事実関係の聴取等の調査をしたが、原告が主張する行為は、研究指導の範囲内であると考えられること等から、いずれもハラスメントに該当しないが、一部の被告■の発言(原告は他の者に比べて3分の1の仕事量、講師レベルではない、研究者ではない)は、それが事実かどうかにかかわらず適切なものではない。

c 人材の有効活用及びトラブルの再発防止の観点から、原告の配置換え、もしくはそれに類する対応をするのが望ましい。

 このような法人の判断を前提としたうえ、適時のタイミングで措置をとるべきことを指摘していることを考えると、裁判所は、法人内部でハラスメントが認定されることを分離措置義務を認定する要件とは理解していないように見えます。

 裁判所の判断は、ハラスメントの被害者が、行為者との迅速な分離を求めて行くにあたり、実務上参考になります。