2026年03月

2026年03月30日

SD45を仕上げる

SD45 GP9 を仕上げたら、急に他のカツミ製ディーゼル電気機関車で塗れるものを仕上げたくなった。もっとも完成に近いものはこれで、組んでから25年程放置してあった。この機関車は今までの16気筒を上回る20気筒エンジンを搭載した3600馬力の強力機であった。エンジン・フッドが長いので、何か入れるべきだと考えた。このエンジン・フッドも歩み板から分離する。
 連結器をどうするか、悩んだことを覚えている。金属製動力車であるから絶縁する必要があるが、そのスペイスがほとんどない。Kadee を付けるならかなりの工作が必要だ。 

 この機関車は慣性増大装置搭載の第一号である。伊藤 剛氏にお見せして褒めて戴いたのが懐かしい。全速力で走らせている時電源を切っても、そのまま走って行った。しかし、駆動軸上の慣性が大きいのは感心しないということで、お互いに「どうしましょうかねぇ。」で止まっていたのだ。  
 自宅地下室のレイアウトでモータの電源を切って、もう一台の動力車 GP7 に牽かせて全速力で走らせた。慣性の効果は大きい。GP7の方が小さいので、動輪はスリップし、慣性で走っているときに逆転すると再度スリップした。面白い結果だったが、動輪の回転が見えないので訴求力は無かった。

 その後例の4-8-4で実現し、動輪の動きがよく見える蒸気機関車での装着の意義を噛みしめた。これは剛氏の存命中に実現すべきだったと深く後悔している。

 技術者の方たちはそのあるべき姿が頭の中に既にあるわけで、それを実現したものを眼で見ると大変感動される。合葉氏の熱狂ぶりは今でも目に焼き付いている。剛氏の存命中にお見せ出来ていれば、どのように喜ばれただろうか。 

2026年03月28日

GP9を仕上げる

GP9's (2) 塗装してあった GP9 の残り1輌の仕上げを始めた。これらは2輌一組で運用されることになっている。
 ヤードの入換用で、1.9%の勾配を登って来させる。1輌では苦しく、2輌でなければ重い貨車を60輌引き上げて列車を編成することは出来ない。赤い帯は、手摺を付ける前に貼れば仕事が単純になることに気付いた。前回は細かく切って貼ったので手間が掛かったのだ。 

 最初の1輌はアメリカに持って行ったのでかなり急いで中身を仕上げた。その後塗装したが1輌は放置されていたので、ディカールを貼っている。番号は UP202 と UP203 で半永久連結とする。DCCの番号は 202 である。これらの機関車も塗分けが面倒である。はみ出しも多い。祖父江氏の車体を歩み板で分離する手法は賢明な構成である。  

GP9's (1) UP202は無線操縦装置が積んであって内部に隙間がないが、今回のは中がモータ1台あるだけでほとんど空洞である。ここに大きな電池を積む。充電は側線に付けた接点で行う。入替作業が終わればそこで待機するようにする。

 当初はヤードをすべて電化(線路からの電源による運転)する予定であった。しかし何かの間違いで脱線し部品が落ちて短絡すると、その場所の特定、修復が極めて困難であることが分かったのだ。貨車ヤードは天井までが130 mm程度しかなく、奥行きがかなり深いので中がほとんど見えない。すべての貨車を出さねば見通せないのだ。全部出せば良いのだろうが、200輌の貨車を外に出して留置する場所もない。

 一番確実な方法は電池を積み、カプラの解放装置も搭載した入換機を無線操縦することである。A氏のおかげで懸案事項が解決したので、実際に運用することが出来る。 ヤード部の一部の配線は撤去した。機廻り線1本だけはDCCが通電している。

2026年03月26日

C855の走行

Alco C855AB  (3-2) C855 を神戸の集会に持って行った。1輌が 4 kgもあるのを2輌だ。重い機関車である。大きな箱に入れ緩衝材を挟み、現地では手押し台車で運んだ。半固定編成だから、先頭部とA-B間は Kadee ではなく、Kadee のカプラ・ポケットに入る固定のカプラを付けた。連結するときは、上から嵌める。これは Kadee とは連結しにくい。 機関車のカプラは全て絶縁してあるから、どのような向きに連結してもショートは起こり得ない。


Alco C855AB  (1) 8軸が全軸駆動されていて大きな牽引力を持つ。博物館のレイアウトでは1輌で120輌の貨車を楽々引っ張ったが、この会場の線路は半径が 1800 mmと小さいので台車間のジョイントには少々無理が掛かっている。線路の継ぎ目のわずかな折れ勾配で、かなりひどい音がする。博物館の 2800 mmRでは無音走行ができたが、小半径では難しいことが分かった。

Alco C855AB  (2) 祖父江ジョイントにグリスが切れていたのも大きな原因だろう。塗装するため余分なグリスを拭き取り、溶剤で洗い流したままであったのは大失敗であった。

Alco C855's (2)Alco C855AB 博物館で再度グリスを入れて120輌を牽いて運転したところ、極めて静かに走って安心した。線路の保線が完全であると音は出ない。急曲線で線路が上下に折れているとそこで騒音が発生することが分かったので、いずれ台車間の接続は六角ジョイントに改装する。そうすればかなりの悪条件でも問題は起こらないはずだ。


 この実物はUPの本線での試運転で火災を起こし、そのまま修理不能でお蔵入りになった。殆ど新車の状態で側線に長く置かれていたらしい。設計者が来て修理しようとしたが不可能な状態だったという。また、Tom Harvey はこの機関車は見たことがないと言っていた。

 この事故で、Alco は信頼を失い、新規の注文を受けられなくなった。C630という機関車は発注を受けていたが、それ以降はない。
 その後は GE と EMDとの競争になったが、結局のところ EMD の 独擅場になった。Alcoはこの事故以降、ほとんど鳴かず飛ばずの状態になってしまったのだ。Big Boy を作った世界最先端の会社であったのに、その後の凋落は悲しい。  

2026年03月24日

Piggy Back trailers

Piggy back trailer 神戸の会合にいくつか持って行った。これらは木製である。作るのは簡単だったが、木目を消すのは大変である。何回もパテを塗っては研がねばならず、その手間が尋常ではなかった。
 もうやりたくない。たまたま材料の木材があったので使ったが、大失敗であった。金属製にすべきだった。

81c8ee649ca0095c7e69cb72f67295ea 表面が単純な平面なので、ブラスの板を切ってハンダ付けすれば簡単にできる。丸みを付けたければ、角棒を内側に貼って削るだけのことだ。そうすれば、労力は1/10以下になっただろう。次回はそうする。 この写真はどなたかの作品だが、1950年代を再現している。写真の出所が不明であることをお詫びする。
 
solder alloying 後部のドアの部分はブラス板と線材である。これを作るのは極めて簡単で、材料を並べてごく適当に少量のハンダで付ける。それに塩化亜鉛水溶液を十分に塗って、下からガス火で軽く焙るだけである。固まったハンダが融けて隙間に入り、全く余分が無くなる。ハンダは表面に広がり、薄く残るが何の問題もない。削らずにそのまま塗っても見えはしない。ズレているのはコテで修正した。その時もハンダを足す必要は全くない。

 銀色の部分は、母材との合金を作って沁み込んでいるから厚みは見えない。昔から(1970年くらいから)TMSの誘導により、ハンダを削ることが当然のようになされてきたと感じる。削って見えなくなると安心するらしいが、それは母材を削って凹ませているのである。ハンダは母材に沁み込んで合金化している。削ってはいけないのだが、山崎氏にはそれが分からなかった。塗装した後で見ると、削った跡が明らかに見えてしまう。
 筆者は完成した車体表面にハンダの色が付いているのは全く気にしないのだが、それを見て「貴方はハンダの使い方が多過ぎる。見えないように付けるべきだ。」と講釈を垂れる人が多かった。そういう人に「そうではないのですよ」と説明しても理解を示さず、逆に「アイツは人の言うことを聞かない奴だ。」と御立腹の人も居たようだ。

 かなり前だが、電気スタンドのハンダ付けの話を書いた。その記事は大変評判がよく、複数の人から欧米で買い物をする時そういうものを探して買ったという話を聞かせてもらった。また最近は作品の接続部からハンダがにじんでいるのを見せてくれる人も多い。ようやく正しいハンダ付けの方法が市民権を得たようだ。

 この際、大きな声で言っておこう。ハンダの色がついていても気にする必要はありませんよ。 

2026年03月22日

rivet の表現

UP fuel tanker 神戸で開かれた例会に、このタンク車を持って行った。これはUPの図面集から寸法を拾いスクラッチから作ったもので、既製品にはないサイズだ。UPのタンク車として、筆者には最初のスケールモデルである。12500ガロン(47.5 ㎥)の容量を持つ。台車は正しい National台車である。これは焼結ナイロンの3Dプリント製だ。
 車体サイズが微妙に大きな既製品はすでに6輌あり、それらを売却してこのスケールモデルを大量に作ったらどうかという誘いもあったが、時間的にもう難しそうだ。アメリカの友人の中には筆者の仕上げたものを欲しがる人もいる。走行性能と塗装が気に入っているのだそうだ。これはまだ艶を消していない。

 実はこの写真はしばらく前に撮ったものだった。現在はリヴェットがあり、ドーム周辺には滑り止めが付けてある。 

rivets and unti-skid 友人達に見せて「どうやって付けたのか、分かる?」と問うとリヴェットに関しては正解者が多かったが、滑り止めにはかなり驚いていた。
 これらはディカールである。現在はMicro Markという会社が売っている。以前は Archer という会社が扱っていたが廃業してしまった。その Archer の経営者から直接買ったものだ。
 メイルでやり取りしてカリフォルニアの模型ショウで買った。奥さんは、「うちのお客さんの中で一番遠いお客さんです。」と喜んでいた。その後2種買ったが、廃業の案内を受け取ったのは残念だった。

 リヴェットは他にも使った例がある。わずかでも凹凸が付いていると気分が良いものだ。模型のリヴェットは少々誇張されている。しかもその方が評価されやすいようだ。実物はそれほど飛び出しているわけではない。
 しかし1930年代までのものの中にはリヴェットが円錐形のものもあり、それを売り物にした模型もあった。 

2026年03月20日

2-dome tanker の再建計画  

 F氏から再度連絡があり、ディカールを作るから再度挑戦しないかという誘いを受けた。現在当博物館ではプラスティック製貨車を排除してブラス製車輌のみに転換しつつあるので、その誘いに乗りたくなってきた。現在のそのタンク車は見るからに形が良くないので捨てたいのだ。

 確かに現在の Tydol-Veedol は褒められるような状態ではない。タンク体をブラスで作り直し、タンクエンドは 3D で行ける。台枠はブラスで新製、ドームは現在のものを一つは使える。それはブラス製だからだ。もう一つの小さいものはパイプを切って作ればよい。タンク体に当たるフランジ部分は板から作る。

Tydol Veedol tank body 問題はリヴェットだ。全部を打ち出してもよいが、失敗しそうだ。また、t 0.3のような薄いものを使わないとうまく押し出せないが、薄い板は使いたくないというのも大きな理由だ。
 リヴェットは片方にだけある。もちろんエンド部分にはあるが、隔壁の増設改造は片方だけだ。 これらのリヴェットは2列で千鳥になっている。打ち出してしまうと、3本ローラには掛けられない。2本がゴムで出来ている3本ローラが必要だ。手で曲げるのは自信がない。

 こうなるとディカールを貼るしかなさそうだ。そのようなディカールはある。 

2026年03月18日

3Dプリントの耐性

Champion Oils 1-dome これは正しい single domeタンク車である。ディカールがもう一つあったのでこのライオネルのタンク車に手を入れて完成させた。艶を消す予定である。
 ドームのトップは3Dプリントで作り、あちこちに手を入れた。台車心皿の高さを調整して実物の通りにした。ライオネルはフランジが高い車輪を使っているので、その辺りでごまかさざるを得なかったわけだ。
 修正後はオモチャ臭はなくなった。元の設計が素晴らしいからだ。しかし困ったことにハンドレイルの終端はなんと中央部のドーム下にあり、そこに大きな孔があった。これはごまかしようがないので、光硬化パテでその孔を塞いだ。

 塗装前にシンナで洗って古い塗料を剥がし、細かいサンドペーパで磨いて光らせた。実はシンナで洗うとき、プラスティック製のタンクエンドを外すのをうっかり忘れたのだ。光硬化パテや、3Dプリントで作ったドームの蓋などもつけたまま洗ってしまった。途中で気が付いたが、溶けていなかったので助かった。

 おそらくプラスティックの材料はフェノール樹脂(ベークライト)であった。この種の熱硬化性樹脂は三次元網目構造を持ち、溶剤によって溶けたりはしない。 
 パテや3Dプリントが溶けなかったのは、考えてみれば当然である。光硬化樹脂も三次元網目構造を持つのだ。それらは一次元高分子の側鎖を光によって結合させて、網目構造を作る。

 いわゆる射出成型に使われる熱可塑性樹脂(ポリスチレン、ABSなど)は一次元高分子(ひも状高分子)が絡まっているだけで、加熱や溶媒によってばらばらになり易い。3次元高分子はその中に溶媒が入って行きにくいし、共有結合によって結ばれているので形を保つのだ。しかし、末端の境界面では未反応の構成単位の分子が飛び出しているので、多少膨潤したり粘ったりする筈だが、今回は全く感じなかった。これはやや意外であった。

Texaco 14 ということは光硬化の 3Dプリント で作った物はラッカシンナで洗っても良いということである。ただし、成型後日光に十分に当てて、完全に重合を進ませた後の話である。整形直後のべとついている状態では溶ける部分があるはずだ
 この貨車も3Dプリントのタンクエンドを付けている。 

 3Dプリントの成型品を潤滑油漬けにして長期間放置し、その経過を知りたいと思う。焼結ナイロンだけは実験済みである。大丈夫だったが、他の場合はどうなのだろう。割れたという情報は得ているが、客観性は確保されていない。 
 こういう実験結果こそ、雑誌に載せるべきことなのである。


2026年03月16日

続 Alco C855 の塗装

 どんなに注意してマスキングをしても、塗料の漏れというものは発生する。その部分をナイフで削り、薄い塗料を塗って修正する。その作業に2時間も掛かった。

 マスキングは極めて困難な状況であった。エンジンフッドの脇には長い歩み板(cat walk)がある。そこは灰色に塗るのだが、エンジンフッドを完全にマスクするのは難しい。その表面にはいくつかの突出物がある。それを承知で細いテープを何回も貼るのだが、失敗することもあるのだ。

 その点、KTM製のディーゼル機関車は良く出来ている。その部分で切り離されて完全に縁が切れるのである。それやったのは祖父江氏だ。50年前、初めて会った時に GP35 を見せて話をした。筆者が、「他社の機関車はここが分かれないのですが、KTM製は分かれるのですね。」と言うと、「塗装の時に困るだろうと思ったんだよ。」と、こともなげに言ったのだ。

diesel hood split idea これには驚いた。一般ユーザにとっての不便な点を見事に突いていた。その一言でこの人は単なる職人ではないと気付いた。模型人なのである。
 その切り口部分はうまく嵌め込まれて全体を板バネで圧着し、エンジンフッドを強く握っても隙間は空かない。恐れ入りましたという感じであった。
 この手法はその後のKTM製品に受け継がれているが、他社にはほとんどない。
 
 運転室内を塗り、ガラスを嵌めた。 

2026年03月14日

Alco C855 の塗装

Alco C855's 近々ある神戸の集会に何を持って行くか聞かれた。最近手掛けたものの中で完成が間近いものは数品目あったが、大きなものから片付けたかった。

 C855の部品をあちこち引張って、外れそうな部品がないか確かめる。案の定、意外な部品(煙突など)が外れた。磨いてハンダ付けをやり直す。板がイモ付けになっているところには角線を当ててハンダ付けをする。とても丈夫になると同時に、将来のひび割れを防ぐ。大変な手間だがやる価値がある。
 水洗して乾かし、エアコンの吹き出し口に置いて乾かす。

 塗装の準備で2日ほど掛かった。透明塗料は剥がすべきである。40年前の韓国製塗料は劣化しやすい。思わぬところがぱらりと剥がれると嫌なので、シンナに浸けた大きな刷毛でこする。面白いほど簡単に落ちる。シンナを小分けして50 mlずつ3回使って剥がし終えた。すぐにミッチャクロンを塗って下塗り完了である。

 大きな機関車なので、塗料がたくさん要る。細い筆で細かいところを先に塗ってから全体に吹き掛ける。陰になるところ、入隅の部分には念を入れて塗る。多少のムラは上に掛ける塗料のシンナで溶けて無くなる。
 この種の準備はエナメル塗料ならではのことであって、塗料がかなり節約できた。当初の見積もりの7割程度である。凹凸の大きなワークには大変有効な方法である。

 黄色を先に塗った。マスキングには5時間を要した。

2026年03月12日

模型クラブの例会に参加できなかった

ATSF AutorackUP tank carChanpion oil tank carGE Lamp



 所属クラブの例会があるので最近作を梱包し、車で出かけた。赤い貨車のディカールはDr.Yに作って戴いたものだ。お見せして感謝を伝えたかったのだが、思わぬことで参加できなかった。
 市内の中心部に近付くと異様な雰囲気だ。東西の道は全て封鎖されていた。目的地は名古屋城の近くだがそこに行く方法がない。得られた情報を基に考えたが、到達は不可能であった。

 その日はマラソンが開催されたのだ。田舎に住んでいるのでそんなことは知らなかった。電車で行けばよかったのだが、仕方が無い。クラブ参加は諦めざるを得なかった。

 その日は遠方より来客があり、市の外れの駅を指定して拾った。うっかり名古屋城の近くで会うことにしていたが、急遽場所を変更して地下鉄で来てもらった。会うのは25年ぶりで懐かしい話をたくさん聞けた。
 博物館では貨車の摩擦の少ない動きを堪能したようだ。登り坂で供給していた電流を止めると列車が下って行く様子も確認した。また、旅客列車が登り坂はあえぎながら進み、下りでは170 km/h 以上で滑り降りる様子には感動したようだ。

 耐久性ということに興味があるようで、そういう話は嬉しい。機関車が既に 2000 km 以上走っているということを伝えると興奮していた。また慣性増大装置搭載の機関車の動きにはかなり驚いたようだ。

 Oゲージの車輌が重いのには驚いた。HOと比べると丈夫に作らないと壊れるという話をした。質量が大きいだけでなく、「大きさの効果」が現れるという説明には納得できるという。
 子供は転んでもあまりけがをしないのに、大人は大けがをすることがある、という例えはとても良いと言う。彼は整形外科医なのでピンと来たようだ。

2026年03月10日

2-dome の構成 

 F氏から非対称タンク車についての問合わせがあり、過去記事を紹介した。Tydol, Veedol の話だ。それについていくつかの記事を調査されたようで、興味深い話をお知らせ戴いた。

「Tydol」と「Veedol」は、かつての Tidewater Oil Company の主要ブランドです。これらに関連する 2-dome のタンク車には、当時の物流における重要な実用的理由がありました。

 異なる製品の同時輸送  2つのドーム(タンク上の突起部分)があるタンク車は、内部が2つの独立したタンクに分かれていることを示しています。これにより、1つの車輌でガソリン(Tydol)と潤滑油(Veedol)など、異なる種類やグレードの石油製品を同時に運ぶことが可能でした。

 熱膨張の管理  タンク上部のドームは、温度変化によって液体が膨張した際の「逃げ場」として機能します。2つのタンクにそれぞれドームを設けることで、両方の液体に対して安全な膨張スペイスを確保していました。

 配送効率の向上 バルク(大量)輸送において、需要の異なる複数の製品を一度に小分けにして配送できるため、特に小規模な給油所や顧客への配送効率が飛躍的に高まりました。

Tydol Veedol これらの 2-dome などの複室タンク車は、単独室のタンク車を改造することによって作られたものが多い。片方のエンドを外し、内部に新たに隔壁を作ったので、その部分にはリヴェット列がある。
 ドーム部分の大きさが異なるのが普通であったようだ。小さいタンクのドームは小さくてよく、細くて低いものが多かった。筆者の作ったタンク車では、ほとんど同じ大きさだったので正しくないことになる。当時の写真を見るとかなり小さいものが載っている。Champ のディカールの解説にはその部分説明がないので、リヴェットを削らずそのまま完成させてしまったのは残念である。もうこのディカールは入手不能で、作り直すわけにはいかない。 


2026年03月08日

handrail knob

 タンク車の組立でハンドレイル・ナブをかなりの数付けた。60年前の日本製の部品である。中には孔のない不良品もあったが、数輌の貨車を完成させることができた。残りの数を数えるとあと数輌分で、無駄使いは出来ない。 

Lobaugh handrail knob 部品箱を丁寧に探すと、Lobaughの部品も見つかった。これは日本製とは異なり、孔ではなく溝が切ってある。針金を入れてハンダを盛るわけだ。こういう時は63%を使うと必ず失敗する。盛ることが出来ないからだ。
 孔のないものはこの方法で溝を切って使った。残り少ないので有効に使用した。孔をあけようと思うとジグを作らねばならず、簡単な方法を試してみた。ハンダは硬い銀ハンダを用いた。うまく表面張力で丸くなった。
 同社製だが孔のあるタイプもある。写真下に示す。孔をあけた後、バリ取りがしてない。

 根元にはネジが切ってある。1-72というネジである。蒸気機関車のボイラにタップを立ててねじ込む。ボイラが分厚いLobaughならではの方法だ。
 ネジが根元まで切れていないので、最後の方は無理やりにネジ込むことになる。日本製にはこういう設計はないようだ。 

2026年03月06日

ハシゴの構造

ladder2 タンク車の側面のハシゴにはいろいろな方式がある。既製品は正確に作られたハシゴを立てて、その横棒の一つがハンドレイルであるというものが多い。よく出来ているものもあるが、タンク・ボディとの距離がうまく合わないものがあり、手摺が完全にはタンクと平行になっていないものもあって、不細工である

 実物の構造を観察すると、
① ハシゴは曲がっていて、タンク・ボディに沿う形になっているタイプ(上の写真)
② ハシゴは自立し、ハンドレイルが通す部分が上端になっているタイプ(下の写真)
の二つに大きく分かれる。

 ①では調整が面倒であるし、仕上がりが良いとは言えないこともあるが、うまく行くとその仕上がりは素晴らしい。上の緑のタンク車の例は、かなりの時間を掛けて調整している。

Ladder1 ②のタイプではドームの周りのプラットフォームにハシゴが届かないので、プラットフォームの裏側から握りを兼ねたステップ(grabiron)を飛び出させている。

 今回は②を作った。非常に簡単に出来て、実感も増す。高さを合わせるのは簡単で、手摺を通してぶら下げ、床にハンダ付けするだけである。床には小さな角孔を開けてあり、ハシゴの高さ調節は簡単である。手摺が一直線になり気持ちが良い。


2026年03月04日

3-dome tank cars

 ドームが3つあるタンク車は何を運んでいるか、がよく分からなかった。量的には大したことはなく、3種のものを運んでいるならそれは何なのか。もう30年以上も前のことだが、その一つの解答を得たことがある。

 それは機関車のエンジンオイルだという。前後両側のタンクには新油を入れるのだそうだ。中央のタンクには廃油を入れるらしい。
 なるほどという感じであった。廃油は新油よりは少ないだろう。配送時に前後の新油を少しずつ出せばバランスも良いはずだ。廃油は少なくてもバランスには関係ない。

 現物を見た訳ではないが、納得する。その友人は1950年代にその現物を見たことがあると言った。ドームには ”clean lube oil", "dirty lube oil" と書いてあったそうだ。
 現在では潤滑油はトラックで配送されるからこの種の貨車はあり得ないだろうが、面白い話だ。

 先回の緑のタンク車は燃料油を運んでいる。写真の車輌は空想の産物で、実物は 1-dome であるが、3-domeにした。この会社は Virginia州にあった会社だ。ヴィリジアンの鮮烈な色が印象に残っている。

2026年03月02日

タンク車群を完成させる

 懸案であった塗装が完成した。タンク車は構成としては単純なのだが、床下機器とか安全弁、手摺などがかなり面倒である。手摺を付けるための方法をいろいろと考えていた。
 ハンドレイル・ナブをいくつか見付けたので、それを使うことにして一挙に完成させた。60年前の部品なのだが、針金を通す孔がないものが数%あった。またその孔を貫通させたときのバリが大きく残っていて、削る手間が大変だ。当時、もっと快削性のある材料がなかったのだろうか。

 手摺を付ける時には高さが重要だ。定盤上にブロックを噛ませて車体を置き、ハイトゲージでケガキを入れる。ハンドレイル・ナブに線材を通しておいてハンダ付けする。最終的にすべてをハンダ付けすると、とても丈夫だ。 
 
3-dome tanker 手持ちのディカールと塗料を確認し、何の社名をどのタイプに貼るかを決め、工程表を作る。塗装はいくつかの仕事をまとめてやるので、この工程表作りは重要である。
 一度に10以上のアイテムを仕上げるので、塗料を順番に並べ、溶剤、攪拌棒、ろ過に必要な資材を棚に置く。

 今回は放置してあったトレーラも同時に塗ることにしたので数が増えた。それは木製なので下地処理が面倒だ。おそらく何回も削っては塗ることになるだろう。 

 写真はディカールの確認をしている段階で、車輪等はまだ仕上げがしてない状態であるのは御許し願いたい。GEのカヴァード・ホッパのディカールはF氏に戴いたもので、現在では非常に入手が難しいものだ。

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