頼れる情報源「ラヂオプレス」【礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング】

2022年01月17日

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北朝鮮ニュースを24時間体制でキャッチ

 仏文学者がフランスと文学をこよなく愛するのとは異なり、北朝鮮研究者には研究対象との距離感が求められる。北朝鮮メディアの観察は、かの国の論理を読み解くために欠かせないが、プロパガンダに足を引っ張られないことが重要である。

 研究者のみならず、各省庁の分析官も記者も朝鮮中央テレビや『労働新聞』のウオッチに余念がないが、それを個人レベルで継続的にこなしていくのは限界がある。そこで活用されるのが、北朝鮮当局による発信内容を翻訳した「北朝鮮ニュース」や、その動きを緻密に分析した『北朝鮮政策動向』などのアンチョコ(参考資料)だ。

 これらを作成しているのは、一般財団法人ラヂオプレス(東京・新宿)。海外の公開情報をモニタリングのうえ分析し、各省庁やメディアに配信する通信社である。

 同社では十数名のエキスパートが24時間体制で北朝鮮の放送を聴取して和訳しており、最高指導者の発言や幹部の肩書など、わずかな変化も見逃さない。北朝鮮で何らかの動きがあれば、新聞記事の冒頭にはラヂオプレスの略称である「RP」というアルファベットが躍る。

 1941年に外務省ラヂオ室として発足し、46年に外務省所管の財団法人となったRPは、北朝鮮のほか、旧ソ連や中国、ベトナムなどについて数十年間にわたって膨大なデータベースを構築してきた。その作業は職人芸の極みであり、まさに「日本の宝」と言っていい存在である。

 1988年から毎年刊行されている『朝鮮民主主義人民共和国組織別人名簿』では、朝鮮労働党や国家機関はもちろんのこと企業や大学など、北朝鮮メディアに登場した夥(おびただ)しい数の人物のデータが網羅的に整理されている。韓国統一部(韓国の「部」は日本の「省」に該当)も同様のデータを蓄積しているが、正確さにおいてラヂオプレスに軍配が上がる。

プロパガンダから「真実」をあぶり出せ

  その緻密さを支えるのが早番、遅番、夜勤の3交代で北朝鮮メディアをウオッチして翻訳、鋭い分析を加える職員たちである。たとえ北朝鮮問題に関心があったとしても、朝鮮中央テレビや平壌放送を長時間モニタリングするのは骨の折れることであり、脱帽するほかない。筆者とて、四半世紀にわたってほぼ毎日『労働新聞』を読んできたつもりだが、それが面白いと感じられたのは大学院生の頃だけ。北朝鮮情勢と向き合うことが仕事となってしまった今は義務感で読んでいるため嫌気がさすのも日常茶飯事だ。

 ラヂオプレスは、『北朝鮮の現況』という分厚い資料集を不定期公刊していたことがある。北朝鮮に関する主要なクロノロジー(年表)や統計が掲載された第一級の資料であり、この道のプロは頻繁に参照していたものだ。手元にこれがあれば、北朝鮮でいつ軍事パレードが開催されたのか、最高指導者がこれまでどのような演説を行ってきたのかなどを正確に知ることができる。しかし、出版事情の厳しさを反映しているのか2004年を最後に刊行されていないのは、残念と言うほかない。

 「オシント(OSINT)」という言葉がある。合法的に入手できる公開情報を調べることで外国の実情を探るオープン・ソース・インテリジェンス(open-source intelligence)の略語だ。ジェームズ・ボンドのように足で情報を稼ぐ「ヒューミント」や、外国の通信を傍受する「シギント」などと並び、インテリジェンスの重要な手法とされている。

 相手の思考を理解し、その出方を予測するには、何をおいても情報の収集と分析という地道な作業が不可欠である。わが国の歴代政権は北朝鮮問題を重要課題に掲げ続けてきたが、であるならば「縁の下の力持ち」とも言うべきオシント機関をもっと重視してもよいのではないだろうか。

【筆者紹介】
礒﨑 敦仁(いそざき・あつひと)
慶應義塾大学教授(北朝鮮政治)
1975年生まれ。慶應義塾大学商学部中退。韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員(北朝鮮担当)、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、米国・ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。著書に「北朝鮮と観光」、共著に「新版北朝鮮入門」など。

(2021年1月17日掲載)

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