第300話 それぞれの現在地

 ―近藤視点―


 監禁状態の生活も終わり、俺はやっと集団生活へと移行した。与えられた部屋は、狭いには変わりないが、個室だった。


 弁護士の野郎が脅すからどんなところかと思っていたが、結構普通だな。つまらない勉強をさせられて、時間になったら清掃、そして、一日の終わりに日記を書く。


 なんだよ、脅かすなよ。そう思っていたのもつかの間。

 定例の夕食前の掃除時間。ひとりの男が俺に近づいてきてこう言った。


「よう、新入り。俺たちに挨拶もしないとか、随分と行儀がいいやつだな。おもしれぇな。お前、外で何人再起不能にしたんだよ。イキっているんだから、さぞかし強えんだろうな。楽しみにしておくぞ」

 職員に聞かれないように小声で、なおかつどすの利いた声だった。驚いて相手の様子を確認すると、目が完全に笑っていた。動物としての本能だけで動いているような、獲物を見つけた肉食獣のような冷たい笑顔だった。


 嘘だ。外では俺が王様だったのに……ここでは食べられる側の草食動物なのか。

 その時、青野英治の顔が思い浮かんだ。


 どこかで立花と話していた記憶がよみがえる。


「ところで、どうして彼を目の敵にするの?」

 立花は聞いた。俺はぽつりと漏らすように答えた。


「ムカつくんだよ。陰キャな癖に、生意気だから」

 言っていたことが逆転していたことに気づいて、俺は恐怖でその場に崩れ落ちた。


 ※


 おじさんのカレーを食べた後、俺たちはダブルデートの打ち合わせをする。お互いの気持ちをなぜか当事者ではなくて、俺と愛さんが知ってしまっている不思議な状態だが、これはチャンスだろう。正直、何かする必要もなくイベントを作れば、二人は勝手に結ばれるまである。


「私たちのデートなら映画が定番ですけど」

 愛さんがそうつぶやく。


「でも、そうすると二人が仲良くなるイベントみたいなものがなぁ」


「じゃあ、テーマパークとか遊園地とか? 定番ですよね。でも、それじゃあ、私たちだけが盛り上がっちゃうかも」

 個人的に彼女とテーマパークにはいきたいと思ったが、それだとサトシの魅力を生かせないように思えた。たぶん、俺たちは勝手に盛り上がってしまうだろうし。映画を舞台にした遊園地なら、たぶん俺たちは永遠に盛り上がれると思う。サトシは合わせてくれると思うけど林さんはどうだろう。


「一緒に遊園地とか行きたいな」

 話はそれて、俺たちの話になってしまった。

 彼女は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、やっぱり映画の舞台が再現されているあそことか? 時代劇の聖地である映画村とかもいいですよね」

 

「最高。距離的にも関西旅行とかいいかもね」


「夢が広がってしまいますね」

 不思議だった。つい最近まで俺たちは絶望に染まっていたはずなのに、今ではこんなにも嬉しそうに未来の話ができるようになっていた。たぶん、明日のことなんて想像することもできないくらい追い詰められていたはずだったのに。


 あの日の出会いで、俺たちは俺たち同士で助け合っていたんだと思う。


 運命なんて言葉、安易に使いたくないけど、俺たちの出会いをそれ以外の言葉に置き換えることができないとすら思う。


「じゃあ、俺たちの将来行きたいところは置いておいて」


「そうですね。盛り上がっちゃいました」

 少しだけ恥ずかしそうに、それでも幸せそうな笑顔を愛おしいと思った。

 思わず唇を近づける。

 彼女は目を閉じて、それを受け入れてくれた。


 そして、愛さんはふふっと笑う。


「変だった?」と心配して聞くと……


「違いますよ。幸せだなって思っただけ」

 そして、今度は彼女がキスを返してくれた。


 ※


 ―宇垣愛視点―


 やっぱり彼は優しいなと思う。今井さんをどうやったらさらに魅力的な人間に見せることができるか必死に考えていた。結局、彼のこういう姿勢がどんな絶望の中でも手を差し伸べてくれるんだと思う。


 こんなに尊敬できる人に、今後、私は出会えないかもしれない。

 彼と出会ってからずっと不安だった。私なんかでいいのかなって。


 私の本質は、ズルくて狡猾だ。そんな私が彼と一緒にいることを許してもらえるのだろうかって。ずっと不安だった。でも、あの夜から、私のそんな不安はどこかに消えてしまった。彼と一緒なら、自分が愛されていないかもしれないなんて不安を覚えることすらなくなってしまった。


 なぜだろう。未来なんて不確かだってわかっているのに、彼と一緒にいることが当たり前のように思えてしまう。


 さっきのキスだって、驚いたはずなのに、心の充足感がそれをはるかに上回った。

 だから、私も返してしまった。


 本当に自分が自分ではなくなってしまったみたいだ。でも、なぜかそれが心地よい。


「私はとても幸せですよ」

 聞かれたわけでもないのに、言葉が口からあふれてきて、私たちの間で消えていく。


 この一瞬がとても儚くて大切なものということを私たちは理解していた。今度はお互いに何も言わず、唇を合わせた。


―――

(作者)

読者の皆様のおかげでついに300話達成しました!本当にありがとうございます。


現在、書籍版4巻とコミカライズ版2巻が好評発売中です!

よろしければご購入ください。


私事になりますが、3カ月連続4巻刊行のスケジュールも無事に終わり、さすがに消耗が激しいのでちょっと早いですが2週間ほど夏休みを頂ければと思います。お休み中は、完全に休むわけではなく、活動報告とエックスのほうにSSを不定期で投稿するつもりなので、よろしくお願いいたします!

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