5章 重い感情を向けても大丈夫、受け止めてくれるハズと思われがちなのが兼重。①
――七月入ったらすぐに期末テストだって。中間テストこの前やったばっかなのに、時間経つの早すぎる~。
――全然勉強してないよ私。
――絶望的な顔してる人が多いね……皆やってなかったのね、勉強。おじさん見習えばいいのに。授業終わった後とか、皆の話に参加する前にタブレットで教科書を見直したりして凄い立派。
――おっさん、そんなことしてたん? スケベな動画でも音消して見てんのかなって思ってた。おっさんだって男なんだから、心の中にはオスの本能はあるハズだしな。
――そんなことないよ……心昼ちゃん言ってやって! おじさんはえっちなことなんて全然考えてない人だよって論破して!
――おぢがスケベかどうか? うーん……どうかなぁ……まぁ少しくらいはそういう本能あって欲しい気はする。過剰におぢを枠に嵌めてしまうと、本人の行動とか意識とかに必要のない制限が産まれる可能性あるし、それはよくない。うん。
――心昼ちゃん……そんな先生みたいな正論より男子と戦って欲しい……。
――先生みたいなことも正論も言ってないけどね。おぢに変なリミッターあるのはよくないコト。
期末テスト、という単語を耳にして、一学期もあっという間であったなと兼重は妙に感慨深くなった。
勉強自体は真面目に継続していたし、兼重は余裕を少し感じてもいる。中間テストよりも手応えがあるハズだと自信を持っていた。
ただ、年齢的に記憶力が若者と同等ではないような気もしていたので、全ての教科で満点を取れるかと言えばそれが無理なのもそうだ。
もっとも兼重の通う学校は進学校ではないし、素晴らしい成績を収めようという気持ちがあるわけではないので、そこらへんは兼重も緩く捉えている。
――赤点だけはやだぁ……心昼ちゃぁぁぁん。
――新垣、頼む教えてくれ。
――……教えるのは構わないけど、ただ、あたしは先生目指してるわけでもないし、上手には教えてあげられないよ?
――藁にもすがる思いなのぉ……お願ぁい。
兼重は、一部のクラスメイトたちによって立ち上げられた、赤点回避の為の勉強会なるものの存在は認識していたが、参加する気はなかった。
それよりも兼重が気になったのは、先生役をなぜ皆が心昼に頼んでいるのか、だった。その理由を教えてくれたのは、後ろの席にいたVtuberにハマッている男子の吉岡だった。
「おじたそ、おじたそ」
「たそ?」
「敬称を‶さん〟ではなく‶たそ〟にしてるだけですな。理由はなんとなく。そこは気にせず。……おじたそ、その顔を見るに、心昼氏がなぜ勉学で慕われているのか驚かれているようですな。まぁ小生も驚いてるのですが、噂を聞くに、この前の中間で学年一位、入試の時も一位の成績だったらしいですぞ」
兼重は驚きつつも、不思議と納得もできてしまった。心昼は正論ぽく聞こえて納得感を人に持たせる言い方を即席で出せる子だ。見た目や口調の印象とは裏腹に、賢そうな片鱗は確かにあったからだ。
良い意味でギャップがある子だな、と兼重が心昼に感心していると、朝里がやってきた。
「兼重さん……」
「どうした?」
「えと、その、ウチ頭が悪くて、この前の中間テストで赤点あったですから勉強会に行きたいです」
「勉強苦手なのか?」
「中学は不登校でずっと家にいた時期も長かったので……」
朝里は過去の諸々の騒動で色々と当然に学業にも支障もあったようで、専念できた時期も短かったそうだ。
もちろん事情がある以上は仕方のないことであるし、中学の勉強から始めた兼重も人のことをどうこう言える立場にないのである。
「中学の勉強も必要だったのは、俺も一緒だ」
「一緒……へへ……」
似たような人間がいる、となると安心して嬉しくなるのが人間だ。朝里も笑顔を見せてくれた。
だが、
「まぁ朝里なら少し勉強を頑張るだけで大丈夫ではないか? 遅れを取り戻すべく、今までにそれなりに自主学習はしていたよな?」
兼重が何の気なしに発した一言に朝里が目を泳がせた。明らかな動揺だった。
「……」
「朝里?」
「し、してない、です……」
「してないとは?」
「べんきょう……気持ちとか落ち着いてからも全然やってないです……」
朝里は兼重とは違って、個人の事情で遅れていた分の勉強を入学後に取り返そうとしていなかったそうだ。
朝里が抱える問題は今はもう小夜との仲くらいなものであって、勉強する心の余裕も多少あるハズなのにやっていない――それが意味するところは一つしかないのだ。
「そもそもの性格が勉強嫌いだな?」
「……です。ちなみにこの前の中間テストも全教科赤点だったです」
「全部が赤点だったのか?」
「あい。時間はあったですけど、勉強やりたくなかったです」
朝里はあっさりと認めた。そもそも勉強が嫌いだ、と。それは少しばかり兼重も反応に困る吐露だった。
「兼重さんも一緒に勉強会……」
「俺も?」
「はい」
「いや、俺はなんとかなる。テストに不安があるわけではない。大丈夫だ」
「えと、兼重さんのテスト対策の進捗を心配してるんじゃなくて、一緒にいてくれると安心するとゆうか」
「……そういうことか」
朝里はクラスと馴染めるようにはなってきたし、兼重が見守っていなくても、上手くやれている雰囲気が今はある。
とはいえ、朝里は男子を苦手としているのを今でも隠していなかったし、混交の場になりそうな場合は兼重に傍にいて欲しいという気持ちがあるようだ。
ただ、今は同性限定であっても人間関係が順調であるならば、少しずつでも男子ともある程度は話ができるようになるのも時間の問題と兼重は思うのだ。
となれば、過保護にし過ぎてもよくはない気はするのであって、つまり断るのも一つの選択肢である。
しかし、年下からお願いをされると弱いのが大人である。兼重は特にそうだ。例えば、男子から期待を寄せられた時にも、必要以上に応えたりしてきた。
「いいぞ」
「!」
さて、兼重は朝里周りの環境が改善されていることに安堵する傍らで、少しずつにだが小夜を気にするようになっている。
朝里は先月の体育イベントの際に、一瞬だが、朝里と仲良くやれそうな姿を少し見せていた。
何かしらのキッカケ一つで変わる可能性があるのだ。
勉強会はもしかすると、小夜の後押しになる変化をもたらしてくれるのかもしれない、という風に兼重は少し思った。そうした発想に至ったのは、心昼から『おぢが小夜に何か言ってみたらいい』と言われたことを兼重が忘れていなかったからでもある。
朝里も一度声をかけて貰って以降、ちらちらと小夜を見ており、当然に仲良くしたくはあるようなのだ。
ゆえに、小夜も勉強会に誘ってみよう、と兼重は考えた。
「小夜……少しいいか?」
「おじさん? な、なに……?」
話しかけられると思っていなかったのか、小夜はびくっと肩を震わせて、それからすぐに慌てて前髪を揃えたりと身だしなみを整え始めた。
「え、えーっと……」
「心昼が勉強会の先生をやるそうだ。どうやら頭が良いようだ。Vtuberが好きな男の子が教えてくれた」
「心昼ちゃんが頭良いのは察してた子も多いから別に驚くことじゃ……というか、V、Vtuber好きな男の子? あっ、おじさんの後ろの席の吉岡……いつもなんか屁理屈言ってる印象の……」
「屁理屈……言ってはいるのか……でも根は優しそうだ」
「優しいの? でも、絶対に彼女できないタイプかな~って私は思うかな。適当に頷いて欲しいだけの時に屁理屈とか言われたら最悪……」
「合う合わないは人それぞれだし、それが良いとなる子もいるハズだ。それはそれとして、勉強会に参加するか?」
「おじさんは参加するの?」
「まぁ折角だしな」
「じゃあ私も――あ、いや……やっぱり行かない」
「なにか行けない理由があるのか?」
「朝里ちゃんもくるんでしょ? だから行かない」
朝里のあの字も出さなかったのに、小夜は敏感に気づいて拒絶を露わにした。
酷いことを言われたのが許せない、というのが小夜が朝里を避ける強い動機のように兼重は捉えていたし、最初は実際にそれのみだったような気もするのだが……。
今はなにか別の感情も混ざっているように思えた。
もちろん兼重にその詳細などわかるわけもなかった。仕方がないので、夜になって心昼に相談することにした。
――個人的に思ったことだが、小夜は暴言ぶつけられたのが未だに許せない感情の他に……その後に何か嫌う理由が追加されているような気がする。普通の嫌いとか苦手を超えている気がする。
――おぢが誘っても拒絶なのはチョット驚き……うーん……まぁでも小夜にも立ち位置みたいなのとかあったし……あの子の気持ちもわからないでもない。
――立ち位置?
――それは聞かないで。小夜の名誉もあるとこだから、あたしからは言えない。あたしも機会あったら小夜は気にかける。……おやすみ。愛してるよ、おぢ。
兼重としては詳細を聞きたかったのだが、心昼は教えてくれる気がないようだ。最後に冗談ぽい文面であるのは、恐らくは、何か言われてもこういう風にして煙に巻くからという表明だ。
それにしても最後の文章は他にも書き方があるだろうに、と兼重は思った。世のおじさんを勘違いさせるような書き方はよろしくないからだ。
<いよいよ明日が発売日!! まだまだこのあと衝撃的な展開もあり……!
いったん連載はここまでで、残りは書籍版にてチェック!>
28歳からやり直す、おっさん高校生活。まさかモテてしまうとは。 陸奥こはる/ファンタジア文庫 @fantasia
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