閑話:大人の男の匂いが……好き……。②
そんなことはともあれ。
兼重が使わずにいる紫シャンプーに心昼は随分と惹かれているようで、物欲しそうに今から使う分を除いた残り二つの新品をつんつんしていた。
「……いいなぁ」
「欲しいならやる」
「え⁉」
「俺は使わないからな。……そんなに良いシャンプーなのか?」
「良いシャンプーというか、色落ち防止とか黄ばみ防止」
「色落ち……?」
「髪の毛染める時って、綺麗に色を入れようと思うとブリーチ二回とかするでしょ?」
「知らん」
「するの!」
髪の毛が色がどうこうは兼重にはよくわからないことだ。染めたことが一回もないからだ。心昼は髪をハイライト入りで綺麗に染めているだけあって、色々と知っているようだが……。
「とにかく心昼に全部やる。二言はない」
「やった」
「シャワー済んだら鞄に入れろ」
「鞄にギリ入らないと思う。あたしは鞄の中に結構色々入れてるから、多分けど入らない」
「そうなのか?」
「そうだよ。ふふっ。うーん……こうなってくると、選択肢は二つかな」
「二つの選択肢の内訳は?」
「おぢが代わりに持ってあたしの家まで一緒にくるか、あたしが使いたい時におぢの家にくるかの二択。まぁでもあたしの家にくるのは無理なの知ってるから後者一択」
「は……?」
「これ以外ない……というか……他の選択肢は物理的に無理」
「そんなことはない。宅急便とかで送ればいい。費用は俺が出そう」
「おぢにお金使わせるの悪いし、そんな梱包するみたいな手間は労力の無駄。あたしがおぢの家にくればいいだけ」
困ったことになってきた。女子高生を物で釣って部屋に招いているように見えるのは世間から見れば事案だからだ。
世間から後ろ指を指され、もはや日本国では生きていけなくなる。
そもそも、兼重は高校生として青春を送りたくて、勉強もしたくて入学したのであって、女子高校生狙いではないのである。
「おぢ……いいじゃん別に。あたしのこと嫌いなの?」
「嫌いではないし、優しく良い子だと思っている。……心昼によく聞いて欲しいことなんだが」
「ん?」
「そういう甘えたような言い方をされた時、一般的な大人の男がどういう行動に出るかもう理解できる歳だな?」
「お、おぉん……?」
兼重が言葉に持たせた含みを、心昼は『異性』を意識させるものだと思ったらしく、それは顔色に表れていた。
これは間違いなく兼重が悪かった。言い方というものがあるのだ。
「どうしたんだ? 一旦ベッドに横になるといい。そこにある」
兼重はさらに心昼を勘違いを悪化させる言葉を放った。それは傍から見れば直球で男女の関係を求めているようにしか聞こえない言い方であって、さしもの心昼も冷静ではいられなくなったようで、珍しく動揺に負けて物凄い勢いで後ずさっていた。
「はぁぁあああああああ⁉」
どうしてそんなに驚かれるのか? 兼重は困惑しかなかった。
「どうして驚いているんだ?」
「そんなの、いや……えぇ? 男ってそんな直球で誘うもんなの?」
「誘う?」
兼重はそこでようやく、自分の発言が変な受け取られ方をしていることに気づいた。そして、兼重のそうした応答を見た心昼の方も、自分の解釈と兼重の発言の本来の意図が違う可能性に気づいたようだった。
心昼は深く長い息を一度吐いて、それからスゥーっと兼重に近づいてきた。
「今の一連の台詞……どういう意味だったの?」
「それを聞く、ということは何か勘違いしたんだな?」
「答え合わせしないとわからないけど、多分そうかもしれないっては思い始めてる」
「どこらへんからだ?」
「んーとね……『そういう風な言い方をされると、大人の男がどういう行動に出るかもう理解できる歳だな?』の辺りから」
「それは、我儘を言われると怒ってしまう大人の男もいるのだから気をつけるべきだ、という意味だな」
「な、なるほど?」
「一つ食い違いが解消できたな。他に何かあるか?」
「……ベッドに横になれっていうのは?」
「もしかしたら風邪を引いたり体調を悪くしているのかも知れないから、そうなら無理せずシャワーを浴びた後に少し仮眠取ればいいという意味だが?」
「……」
「おかしいところあるか?」
「……ないけど」
「じゃあ問題ないな」
「おかしいところはないけど、でも問題はある。言い方がね……女に対していつもこうなの?」
兼重は頷いた。今まで実際にそのようにしてきたし、恥ずべきところは何もないと思っているからだ。
「なんというか、その……おぢは言い方を普段から気を付けた方がいいね。前からちょくちょく思ってたけど、なんかその、急に意識させにくるというか」
「俺は言葉足らずな時がある。だが、要点は外していないし、つまり、受け取る方の問題である気もするがな」
「受け取る方に問題はないと思うよ。おぢが悪いよ。受け取らせ方が悪い。勘違いさせにきてるもん」
「その……俺の言葉をどんな風に受け取っていたんだ?」
「それ言わせる?」
「教えてくれないか?」
「女の子を辱めるの好き?」
「好きではないが……嫌な予感がするな。気になる。頼む教えてくれ」
兼重がしつこく頼むと、心昼はわしゃわしゃと自らの頭を掻きむしりつつも、答えてくれた。
「まず『大人の男がどういう行動に出るかもう理解できる歳だな?』だけど、『今から押し倒して、えっち、するけど当然覚悟はできてるよな?』って言われてるような、そういう風に聞こえた」
「は?」
兼重が反射で出した声は裏返っていた。まさかそんな風に受け取られる言葉だと露にも思っていなかったのだ。
そして、更なる追撃が兼重を襲うのだった。
「次の『ベッドに横になれよ』は、押し倒されるのが嫌なら自分から先に心の準備して受け入れるようにしろみたいな、そういう風に聞こえた」
「……」
年下――それも女子高生に対して、一歩間違えればとんでもない顛末を迎えることになる発言を自分はしていたのか、と兼重の血の気が引いた。
「『実力行使であたしを自分の女にする覚悟を決めちゃったのか⁉』とか思って焦っちゃった」
「……」
「固まってるの笑える。そう聞こえる言い方だったって自覚がなかった?」
「……」
「それはそれとして……一個はギリ鞄に入りそうだから入れるけど、残りはあたしが後日また取りにくるのでどう? 頻繁におぢの家にくるわけじゃないし、おぢもあたしの家にくるわけじゃないし」
「……」
「いつまで固まってんの? おーい」
心昼を肩をつんつんされて兼重はハッとしつつ、心昼の提案が前述の二択に比べればマシに思えたのもあって反射で何度も首肯した。
「そうだな、わかった。それならいいだろう」
「ね」
心昼は嬉しそうに笑っていた。以前にも心昼が柔らかで自然な笑顔を見せてくれたことがあったが、その時にも兼重は思ったのだが可愛い子である。
自分が同じ歳であれば、あるいは異性として好きになったかもしれない……兼重はそんなことを思ってしまっていた。
「じゃあ色々と決まったし、今からシャワー借りるけど入ってこないでねー」
「入らん」
「年下には興味がない?」
「興味があるとかないとかそういうことではない。人として、そういうことをしてはいけないという話だ」
「彼女とか出来て一緒に入ろって言われたらどうすんの?」
「一緒に入ろうと言われた時か……その時は入るだろうな」
「顔赤くして逃げるタイプじゃなくて、本当に入ってくる人……ってコトでいい?」
「言葉には責任がつきまとうのであってだな、相手がどう受け取るか、というのは分からないことだからな。心昼も心には留めておくべきだ」
心昼は面白がっているが、それは年頃だから仕方のないことだ、と兼重は思うようにした。
「おぢについては気をつけるよ。うん」
「俺以外にもそうしてくれ」
「その言い方なんかもにょる……シャワー終わったら、からかおうかな?」
「大人をからかうと取り返しがつかない事態になる時がある」
「それは、『大人を怒らせると、根に持たれて予想外なところで足を引っ張られたり邪魔をされる』って解釈でイイ?」
「そうだ」
「……ワンチャン大人の男の腕力で、その、あたしの処女をガバッと奪いにくるみたいな、そういう意味かと思ったけど、それは勘違いなんだろうし、そういう受け取り方をしてはいけないでイイ?」
「どうしてそれ系の発想に行きつくのか謎で仕方がないが、まぁなんだ、貞操は大事にしておくべきだぞ」
「はいはい。普段から大事にしてますよ。ちゅーもしたことないからね」
「はいは一回」
「はい。男の子と手を繋いだこともありません。本当に。……これで満足?」
「小出しに自分の異性との今までの距離感を教えてくるのは、それはどういう意図だ?」
「どういう意図だろうね? わからない? ってか、さすがにもうシャワーする」
心昼は兼重との会話をぶった切ると、そそくさと浴室へ向かった。
<閑話:大人の男の匂いが……好き……。③ に続く>
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