4章 十代半ばの子は暴走してナンボですからね。④
「今日は色々と迷惑をかけたな」
「全然大丈夫ー」
「休みだったろう? 社会人の休みは貴重だ」
「今日は楽しい休日になったからOK」
「俺は疲れたんだがな……」
「やっぱり若い子と体力の違いを感じる?」
「今日は後半戦が特にな。朝里な」
「朝里さんの件は私も謝らないといけない。ごめんね。本当は守秘義務とか破ってでも先に教えるべきだった。でも、言えないっていうルールの枷以外にも、兼くんが楽しみたいって言ってた青春の邪魔もしたくなくて……色々考えてたの」
夕真は、もじもじっとしながら指を突き合わせていた。その仕草は、兼重の記憶にある中学生の頃の夕真のそれだった。
懐かしさを感じた。
「どうした? さっきまで弱音なんて吐く気配もない立派な教師だったのに」
「言ったじゃん。『生徒の前では』って。今ここに私と兼くん以外に誰かいますかぁ~?」
「なるほど」
「昔みたいに、もじもじってしちゃう私は嫌い?」
「嫌いだったら中学の時に助けなかった。俺は聖人ではないからな。放置だったかもな」
「嫌いじゃないみたいで、よかった。うん。というか、朝里さんの胸を揉んだどうこうって、それは朝里さんが妄想しちゃってたみたいな話が真実でいいの?」
なぜその話題を急に掘り返すのか――兼重は一瞬冷や汗を掻いたが、けれどもそれを顔には出さずに乗り切ることにした。
「混乱して大人の男の俺を突き倒して馬乗りになるくらいだ。本人もごちゃごちゃになってたんだろうな」
「おっぱい大きい子だし、兼くんも男の子かもって思うと、偶然にでも無意識に手が動いちゃったとかあるんじゃない?」
「しつこいぞ。大体にしておっぱいが大きいとか小さいとか、そんな区別もつかん。年頃の男の子は気にするみたいだがな」
「多分だけど朝里さんはI前後だね」
「聞いてない……というかなんで分かるんだ?」
「私のお母さんは大きいでしょう? 私よりも大きいんだからね。兼くんが覚えてるかどうかわからないけど……ともかく、大きいから特殊な大きなサイズだけ取り扱ってるブランドの着けてるのね? 朝里さんの胸元からちらっと下着が見えたんだけど同じのだった。……Iはある」
「要らん情報だ。中学の時の同級生の母親の胸なんていちいち見てないし、年下の女の子の胸の大きさを目測で知ろうとするような変態でもないからな」
「ごめんね、ちょっと反応を確認してみたかったの。……最初にも言った気がするんだけど、年下の女の子と男女の関係どうこうは……駄目だからね?」
夕真は、実父譲りの緑色のガラス玉のような瞳の持ち主だ。普段はそれはそれは可愛い目なのだ。
しかし、今まさに大きく見開かれたその瞳は恐怖を兼重に抱かせた。初めて見る夕真の一面にびくっと肩を震わせてしまった。
兼重は本能で察した。すぐに話題を変えるべきだと。
「その……話は変わるんだが」
「どうしたの?」
「軽く匂いをつけられるものを持ってないか?」
「え? 香水みたいやつ?」
「そうだ。貸して欲しいんだ」
「何に使うの?」
「俺が直すと言った朝里のぬいぐるみキーホルダーなんだが、本人の手元に戻った時に少しでも良い匂いがした方が良いからな。駄目か?」
「私も生徒のメンタルケアに繋がることを否定はしないし良い考えだと思う。あんまりキツくないのが良いよね……ちょっと家に来て。貸すっていうかあげる。色々あるからどれが良いか一緒に考えようよ」
「わかった」
兼重が夕真の提案をあっさりと受け入れたのは、それが必要であるからもそうだし、そもそも未だに実家暮らしであるようだからというのもある。中学時代にお邪魔したこともあって抵抗感が薄いのだ。
――お帰り……あら夕真、後ろにいるその男の人は? 彼氏? 初めましての挨拶きちんとした方がいい感じ?
――彼氏はまだ違うよっていうか、お母さん覚えてない? 話したことあるハズだよ?
――嘘吐かないで頂戴。夕真に会わせて貰った男なんて、お母さんの記憶の中だともう十五年くらい前の中学時代の兼重くんだけ――ん? まさか?
――あははっ今気づいたの?
――うそぉ……カッコいい大人の男になってる。全然分からなかった。あ、でもよく見ると少し面影ある。
夕真の母親から『本当に懐かしいわね』と世間話を振られたりもした。兼重は差し障りのない受け答えで流しつつ夕真の部屋で一緒に香水を選んだ。
色々とあるようで、ただ、若い子なら柔らかい匂いの方が良いと思うと夕真がミルクの匂いがするものを奨めてくれたのでそれにした。
気づけば夜の十時になっていた。夕真は親と一緒に暮らしている、というのを考慮するとお邪魔し続けるにはもう遅い時間である。
兼重は帰ることにした。まだ色々と昔話も含めてしたいのか夕真は少しだけ名残惜しそうだったが、引き留め続けるのが難しいのも理解はしているようで、玄関先まで何も言わずについてきてくれた。
「いつでも連絡頂戴ね? 見ての通りで私は実家暮らしだから一人暮らしの兼くんより作れる時間が多いんだ。すぐ返信できるの」
「その時はそうする」
あくまで夕真なりの厚意と気遣いからの言葉だろう、と思った兼重は、その提案を真に受けて頻繁に連絡しようとは思わなかった。
兼重がそう考えたのは、社会人の時にも頻繁に似たような言葉に遭遇した経験があったからだ。取引先から「何かあれば応対致しますので」と言われて、それを信じて毎回連絡しても大抵は面倒くさがられたし、何なら上司からも「相手の迷惑を考えろ」と怒られるのだ。
夕真は社交辞令を言ってくれている、と思ってしまっている兼重は、なんだか少しだけ寂しさも感じていた。
余談になるが……兼重のことを家の中に招き入れている、それもそれなりの夜更けまで談笑をして、それを親に隠すわけでもないという前提を踏まえるのなら、夕真は本心から言っていると捉える方が正解ではあるが、ただ、それは傍で全体を見れる人たちだけが抱くことのできる解釈でもある。
当事者が全体を見るのは難しくある。大人になって以降も、物事が過ぎ去って後になってから「そういう意味だったの?」と驚いてしまう経験をする人も多いハズであって、理解は可能なハズだ。
さてそして。兼重は自宅に帰ってすぐに、朝里から連絡がきていることに気づいた。
――今日はありがとうございました。その、皆ともっとなかよくなれるように……なる為にがんばってみるです。
若者が前を向けるようになるのは素晴らしいことだ。兼重は「がんばるといい」と短く返しつつ、胸を揉んだ揉まないに対して「もう少し落ち着いたら話をしよう」と自分が言っていたことを思い出した。
ので、兼重は触れることにした。後回しにはできないのだ。朝里が『なかったことにされてしまうのかな』と気にしたりしないで済むように、早めに話題に出した方が良いのだ。
――ところで、その『もう少し落ち着いたら話をしよう』と俺が言ったことは覚えているか?
――……覚えてるです。おっぱい揉んだの認める……でいいんですよね?
どう答えたものか兼重は頭を抱えた。経緯はどうあれ、揉んではいるので、その事実をなかったことにはできないのである。
――揉んだという表現よりも、揉まされた、という方が正しいだろうな。俺の手を掴んで誘導したのは朝里の方だ。
――そ、そうでした……っけ?
――事実は認めなくてはいけないな。俺に認めさせたのだから、朝里も認めなくてはいけないぞ。
――それは……はい。ウチもなんであんなことしたのか……その、強いていうなら勢いっていうか。その、できれば、他の人には言わないでほしくて。
――わかった。そうだな、それがいいな。
朝里がそうして欲しい、と言うのであれば兼重はそうするのみである。兼重自身も秘密にしたいことではあるのであって、お互いの感情や気持ちが同じ方向を向いた、ということだ。
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