3章 おっさんは多分けど……モテる。④
特別に高い店ではない、という心昼の言う通りに値段は手ごろではあった。お洒落な店の中では良心的はある価格帯で、高校生ならば確かに月イチくらいなら通えるかもという感じだった。
それ自体は問題が何もなかった。兼重が困ることになったのは、店ではなくて心昼と小夜の行動だった。
「おじさん口開けて……あーん」
「いや……」
現場から離れたお陰もあるのか、小夜は少し元気を取り戻していた。ただ、元から兼重にフレンドリーであった気持ちをさらに強めてしまったようで、『食べさせてあげたい』とよく分からないムーブを取ってきた。
「あーん!」
「そんなことをしなくていい」
「駄目! 口あけて!」
女子高生から食べさせて貰うなんて大人としての面子が丸つぶれだ。だが、あまり粘って抵抗もできないのだ。揉めると周囲の視線を集めてしまうからだ。小夜に折れる気がないのを悟った兼重は、仕方なく口を開いて「あーん」を受け入れた。
「これでいいのか?」
「うん」
そして、変な動きを始めたのは心昼もそうだ。兼重はてっきり対面に二人が並んで座るのだと思っていたのだが、心昼はなぜか隣に座ったのだ。
どういう意図があるのかわからないが、カリカリ、カリカリと猫のように心昼は兼重の手の甲をネイルで引っ掻いてきた。
「痛いんだが」
「だいじょーぶ……跡はつかないように優しく引っ掻いてるから」
「今どういう感情だ?」
「大人の男の手だなって感情」
「それが俺の手を引っ掻く理由なのか?」
「理由は別」
「教えてくれないか?」
「教える必要はないかな……」
「どうしてだ?」
「無理に聞き出そうとするのはよくない。あたしの答える答えないを決める個人の権利を侵害してる」
ああ言えばこう言う、とはまさにこのことだ。兼重は困惑しかなかった。ただ、理由が不明なまま突発的に触れてくるとなると、次に何をされるかわからなくて怖くなるのも必然なのであって、兼重は会計を済ませてすぐ帰るべきだと思った。
「なんだかんだ時間も経ったな。遅くならないうちに帰るべきだな」
「まだ午後の四時だけど?」
「おじさん……私たちと一緒が嫌になったの?」
「嫌になったわけではなく、俺もあまり休日に外に出る方ではないから少し疲れた。こうやって遊びにでかけるのも青春だと思うし楽しみたいが、体力に限界がある」
帰る決断は揺るがないという雰囲気を兼重が滲ませると、これ以上は引っ張れないと心昼も小夜も察したらしく二人とも溜め息を吐いた。
「おぢに体力がないんじゃ仕方ないか」
「残念……」
兼重は二人を途中まで送ることにした。まずは自宅まで電車を使う必要があるらしい小夜を駅まで送って、それから次に、歩ける距離に家があるそうな心昼を近くの安全な大通りまで送った。
そうして二人と分かれた兼重はすっかり疲れてしまって溜め息を吐いた。その時だ。分かれたばかりの心昼から連絡がきた。
――ネイル一つなくしちゃった。おぢが持ってたりしない? ネイル剥がれる状況で思い当たるのはおぢの手を引っ掻いた時とかくらいだし。
兼重は自分の手を見た。ネイルはくっついてはいなかった。それから次になんとなくポケットを探って……硬直した。心昼のネイルが入っていた。
「いつ入ったんだ?」
どのタイミングでポケットに紛れ込んだのだろうか? わからない。とにかく一旦兼重は心昼に報告した。
――なんかポケットに入ってたな。
――返してくれる?
――明日の月曜日に学校で返すのでいいか?
――別に家まできてもいいよ? まだそんなに遠くに行ってないでしょ? 安心していいよ。親が今いないんだよね。
心昼は面倒くさがっているようだ。親が不在であることに触れたのは、以前に兼重が伝えた世間の目のことを覚えていたから、なのだろう。世の中を気にする必要はないと言ってくれているのだ。
しかしながら、女子高生の家にアラサーの男が行くのは、目撃されるされないの話ではなく危険である。道徳や倫理の問題。少し前に心昼には『異性』を感じてしまった瞬間があったからこそ、兼重は余計にそれを感じた。
――明日学校で返す。近所の人に何か言われるかも知れないし、そうなったら大変なのは心昼だ。
――変なことするワケじゃないんだから大丈夫。それとも……そういうコトする気?
――しないが駄目だ。
――……。
――明日学校で、な。
――……わかった。
心昼はあっさりと引いてくれた。ただ、会話は続けたいようで次々にメッセージを送ってきた。
――おぢって、なんかSNSとかやってなさそな性格。女を求めて頻繁にやってる男もいるのにね。
――俺はやらないな。
――あたしもSNSはあんまりやらないよ。一緒だね。情報とかトレンド見る為にアカウントだけはあるけど……。
――情報を集めるのには便利そうだな。
――好きなお店の新作の感想とかを確認して買う買わないの判断に使ったりとかね。そうだ、あたしの共同で使っていいよ。ほいこれ。登録してる電話番号はあたしのスマホのだからおぢも知ってるし……パスは××××〇〇ね。
――別にそんなことしなくても……。
――そういう反応されると嫌な気分になる。あたしの言うこと少しは聞いて。使ってね。
兼重の今までの応対は、あくまで常識的な大人としてのそれに過ぎず、決して我儘なわけではないハズだ。だが、断定した強い口調で指摘されると、自分の感覚が間違っているような気がしてくるのだから不思議なものである。
兼重は、自分が心昼に対して幼稚な反発をしている時があるかもしれない、と思わされてしまった。
――『悪いことしたと思ってる』からのお返しに条件をつけたり、お気に入りのネイルすぐ返して欲しいって頼んでも自分都合で明日に延ばしたり、あたしが善意で使ってねって言ったSNSのアカウントも嫌だって言い始める。おぢは、嫌だ嫌だしか言わないね。
――それは……そう言われると……そうした側面も俺にはあるのか。
――人の善意は受け取るのが大人な気するよ。年下のあたしより子どもでいいの?
――わかった……必要な時があればアカウントを使う。俺は大人だ。子どもではないからな。
――ふふっ。
兼重は自分が何か意識を上手いこと誘導されているような気がしたが、あまり深く考えすぎるのもよくはないと流すのであった。
<次回 4章 十代半ばの子は暴走してナンボですからね。に続く>
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