3章 おっさんは多分けど……モテる。③
「この子が何かをしてしまったのかもしれないが、まだ高校生なんだ。許してやってくれないか? それと、大人として、怒るより先に怪我が無いかを心配してあげるべきではないのか?」
言って、兼重は小夜の裾についていた土埃も手で払ってあげつつ、怪我が無いことを確認してホッとした。
「なんだお前は? この女の子の……その……お兄ちゃんか何かか?」
兼重と小夜は似ても似つかない容姿ではあるのだが、危険な香りがする雰囲気はないのに歳の差が明確にあることから兄妹と間違われてしまっているようだった。
兼重は誤解を解かずに話を進めることにした。説明していたら話が無駄に長引くだけであるし、そもそも小夜が今にも泣き出しそうであったので、とにかく解決が優先されるからだ。
「お兄ちゃんだ」
急に兄と妹にさせられたことで小夜が「え?」と目を丸くした。だが、兼重がとにかく話を早急に進めたがっているのを雰囲気で察したらしく、すぐに合わせてくれた。
「ご、ごめんね……お、おに、お兄ちゃん」
明らかに『お兄ちゃん』と言い慣れていない小夜だったが、もともと泣き出しそうであったので兄の登場に安心した妹っぽくなってはいた。
「なるほど……それで、どう責任取るんだ? 『お兄ちゃん』」
「まずこの子が何をしてしまったか、それを教えて欲しい」
「この子が角材に躓いたんだ。そしたら、角材が動くだろ? 動いて他の角材に当たって傷がついた。テコの原理ってあるだろう? ちょっとで傷つくワケないっていうのは素人の発想だ。ガッと逝くんだよ」
「見せてくれ」
「これだよ、これ」
見ると、確かに僅かに傷がついていた。ただ、見た感じ職人が何人か必要な現場であり、傷ついた場所も現場合わせでいずれ削る先端部分だと兼重は気づいた。大工仕事も数年ほど経験があるのでわかった。
「これは現場合わせする箇所のハズだ。俺がやる。ついでにもう一個やる。それで手打ちでどうだ?」
「は?」
「俺がタダで代わりに仕事をすると言ってる。道具だけ貸してくれ」
「道具はあるにはあるが……できんの? 俺その、組み立て要因っていうか、親方とか先輩しかそういうのできないから判断が……皆ちょっと今買い物に出てて……」
「俺はできる。大丈夫だ俺は失敗せん。というか……こういう丁稚の時に覚えるようなことをできないヤツが人のことを素人がどうこう言える立場ではない」
「そんなに言うならやってみろよ!」
そういう話になったので、兼重は小夜を心昼のところに行くように指示を出して、それから作業を開始した。三十分ほどで終わって、気づいたら、親方と先輩が戻ってきていたようで兼重の仕事を見つめて出来栄えに感心していた。
「早くて精確だな。最近の連中はプラモデルみたいな家しかやったことないのが多いってのに……まだ三十路くらいに見えるんだがな……何年やった?」
「中学を出て最初にやった仕事が宮大工の丁稚で、そこから四年やりました」
「四年で辞めたの? まぁ、あれを覚えろこれを覚えろって言われたろうし、休む暇もねぇだろうからな……遊びたい盛りの歳では辛い仕事だったか?」
「辛かったワケではなくて、俺が丁稚した時代は……今しがた仰られたような組み立てるだけのプラモデルみたいな建造物が定着していた時期なワケでして、業界にいれば職人とか必要な現場が減らされた局面だったのはご承知の通りかと思いますが、それで、端的に言うと親方が借金で首回らなくなって解散になりました。今は職人不足みたいですが、当時はこれから要らなくなるっていう認識と流れでしたよね」
兼重にとっては昔のことであるので、ただの思い出話だが、中卒で働き始めて最初の職場がそういう結果に終わるのは、誰が聞いても普通に可哀想ではあるのだ。作業員も皆が神妙な面持ちで俯いていた。
「妹の前でカッコつけたいだけのお兄ちゃんかと思ったが……中卒で働きに出て……もしかして妹の学費とかの為に?」
兄妹と思われている勘違いが継続中であるが、そのままの方が溜飲を確実に下げて貰えそうな気がしたので兼重は力強く頷いた。
「そうだ。学校に通わせてやりたいし、お洒落だってさせてやりたいんだ」
全員が一斉に目頭を押さえた。溢れる涙が止まらなくなったようで、すすり泣く声の合唱が響き渡った。
なんだかスゥーっと去ることができそうな雰囲気であったので、兼重は「俺はそれじゃ」と端的に告げて踵を返した。特に引き留められることもなく、兼重が発ってそれからすぐに、親方と最初に絡んできた作業員との喧嘩の声が背後から聞こえてきた。
――あんな令和の昭和かれすすきみたいな良い男に、何を絡んでるんだお前は!
――ごめんなさい! ごめんなさい!
――歳ばかりくって……ああいう風な男を目指すんだよ、お前も!
――目指しますから、目指しますから、道具の刃先をこっちに向けないでください!
嘘を吐いて強引に収めてしまった、という点について、兼重も多少なりとも罪悪感は感じていた。ただ、長引かせるわけにもいかないのであって、仕方ない、と割り切っていた。
「待たせてしまったな」
兼重は一言そう詫びた。心昼は気にしていない様子だった。一方で小夜は申し訳なさそうに押し黙ったまま俯いてもじもじとしていた。
「おぢ遅かったじゃん」
「人気者になってしまってな」
「あの人たちなんですすり泣きしてんの? 何を言ったの?」
「お涙頂戴をしたら泣かれた」
「おぢって意外と柔軟な人?」
「人間は賽の目みたいなものだ。1の感情が出る時もあれば、6の気持ちが湧く時だってある」
「要するにその時の気分次第ってこと? 深そうで深くない言葉」
「好きなように解釈するといい。個人の自由だ。それじゃあ目的の店まで……ん? どうした小夜」
兼重は、いつの間にか小夜に服の裾を掴まれていることに気づいた。
「あぶないから……つかんでるの。おじさんにくっついてると多分だいじょぶだから」
大人の男から怒鳴られるのは、年頃の女の子にはかなりの恐怖体験だったようだ。すぐに忘れるのも難しいらしく小夜の指先は奮えていた。
「……だめ?」
幼稚園児のような甘え方をされて、兼重もやれやれと頭を掻いた。
「好きにするといい。これから楽しい食事だ。美味しいものを食べて嫌なことは忘れられるといいな」
「うん」
「まぁなんだ、俺もああいう仕事をしていたから分かるんだが、死亡事故なんかもあるような危険な職場ではあるんだ。……決して小夜をやっつけようと思って怒鳴ったわけではないと思う」
「……おじさんは怒鳴らないもん」
「確かに俺は怒鳴らないが、そういう話ではなくてだな」
「おじさんは優しいもん」
「俺が優しいかどうかは、それも人によって感じ方も違うだろうしな……でも、そう言って貰えて嬉しいよ。ありがとうな」
「うん」
どうしてそう不注意なんだ、と兼重は言ったりしないのは、沢山のことを経験して人間は成長する生き物だと思っているからだ。時には、今回の小夜のように怖いを思いをして学ぶ時だってあるハズなのだ。
失敗する権利、というものが人にはあるとも兼重は思っているし、それは不用意に奪ってはいけない大切な権利だとも感じている。
小夜は今回、現場仕事の人たちが感情を態度に出しやすいというのを知ることができたろうし、それに兼重のような切り抜け方もある、というのを見て覚えたハズだ。
今すぐではなくて場合によっては十年後とかになるかもしれないが、その時に、思い出して役に立つ時があるかも知れないのだ。
「それで……目的の店までどのくらいで着きそうなんだ?」
「もうちょっとかな? 二~三分くらい? 色々とおぢも疲れたでしょ。『ちゅかれたちゅかれた~』って言っていいよ?」
「俺にそれを言わせて楽しいか?」
「言ったら『よしよし』って頭を撫でてあげようと思ったのに……まぁいいけど……あ、見えてきた。あそこ」
<3章 おっさんは多分けど……モテる。④>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます