3章 おっさんは多分けど……モテる。②
心昼から結果連絡が届いたのは土曜日の夜だ。兼重は進めていた勉強を一旦中断し、返事を返す為に内容を確認した。
――ご飯奢って貰うでいいかなって話でまとまった。明日ね。
二人とも適当に同じくらいの価格の物品を選ぶだろう、と考えていた兼重は焦った。お出かけは予想外であったのだ。
男子も含めた大人数であれば、ある種の保護者的な役割もあるように見えるから支障はないのだが……男が自分一人で、他は同級生の女子だけとなると、世間様からの視線が非常に気になるものである。
兼重はなんとか路線変更できないか粘ってみた。
――物じゃ駄目か?
――好きなのでいいって言ったのは自分でしょ。
――それはそうだが……。
――急にゴモゴモって何その態度。なんか理由あるの?
引き延ばせば延ばすほど機嫌を悪くされる、と悟った兼重はいっそのこと下手に隠すより説明して気を使ってくれる可能性に賭けることにした。
――俺が心昼や小夜のような年齢の子とお出かけするのは、それは、どういう風に世間に見えるかというのが気になる。
――……。
――男子も混じっているのなら、ある意味で保護者としての役割が俺にあるようにも感じるし、他の人もそのように見てくれるのを俺も理解できるので構わないのだが。
――そんなこと気にするの?
――?
――悪いと思ってるからっていう話だったでしょ? それなのに真っ先に自分の社会的な保身を優先……本心で悪いと思ってるんじゃなくて、適当に機嫌を取ればいいってされてるように感じる。
心昼の感情、気持ち、そういう類のものが大いに入っている指摘ではあったが、一方で兼重の胸に突き刺さるような正論の側面も多分に含んでいた。
優先順位の一番は、心昼や小夜が満足してくれるかどうか、溜飲を下げてくれるか否かであるべきなのはそうなのだ。
それが誠意というものである。
それに、軽んじられているのが面白くない、という心昼のお気持ち表明は裏返せば兼重の『悪いと思っている』という言葉を疑わずに信じていた、ということだ。
今さらになってそれに気づいた兼重は、自分の浅はかさに自己嫌悪しつつ、慌てて軌道修正を図った。
――すまない、俺は自分を優先し過ぎてしまっていたな。
――気づいた?
――ああ気づけた。好きなところに連れて行ってやる。ただし、高いところは駄目だ。
――元からそんな高いトコ行こうなんて思ってないし。新しくオープンしたお店で、気に入れば高校生でも月イチくらいで通えるかも……的な感じの。お試しで行くの一回分タダになれば良いかなって。
どうにか心昼が納得してくれた。兼重はホッと胸を撫で下ろす一方で、しかし、お出かけ用の服を自分が持っていないことに気づいた。普段買い物に行く時も、ジャージやロンTのような部屋着のままなのだ。
世の中にはファッションモンスターなる大人もいるようだが、そうなりたいと兼重は思ったことがないのである。
兼重はしばし唸って考える。そして、時間的にどうしようもない現実からは逃れられないのだと諦めることにした。普段の私生活通りに部屋着で行くと決めて、中断していた勉強を再開したのだった。
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翌日――時間通りに待ち合わせ場所に着いた兼重だが、合流するや否や心昼と小夜の二人から詰められる事態になっていた。
信じられない、という視線を二人から向けられた。
「おぢさぁ……女の子と一緒におでかけするって言うのに、何それは」
「普段の生活が見えるとゆうか……」
「駄目か?」
「あたしらは、一応ね、一応だけど外出用の服でここにいるんだ。何を言いたいのかっていうとね、おぢはあたし達に価値がないって言いたいのかなって」
「人間は等しく価値がある生き物だと俺は思っているし、大事な同級生だ。心昼も小夜もとても価値がある存在だ」
「もう少しハッキリ言った方が伝わるかな? あたし達にカッコイイ姿を見せたいって気持ちになって欲しかったし、それを行動に移して欲しかった。自分がそうしたくなるくらい君は魅力的なんだよ、って言葉にされなくても感じれるのがお出かけの時の服装とかなワケ。理解できた?」
心昼の言いたいことは、女性としての価値を感じれるような行動の一環として、兼重にお洒落をして欲しかった――自分たちの女性としてのプライドを考えて欲しいと、そういう趣旨のようだ。
小夜も心昼と同意見らしく、しきりに頷いている。
今までに兼重が転々としてきた職場の中には、女性比率が多めな場所もあったのだが、そこの女性陣も似たようなこと言っていたことがある。
ただ、それは大人の女性の感性なのであって、心昼と小夜が大人と子どもの境目にいる年齢、というのを兼重は改めて感じた。
「なるほど……」
「ようやく理解できた?」
「しっかりとな。ただ、一つだけ言わせて欲しいんだが、連絡がきた昨夜に俺がその部分に気づけていたとしても、時間が足りないし結局は今と同じ服でくることになった」
「まさか、おでかけ用の服がない?」
「職場と家の往復だけ、買い物は日用品と食事のみ、要するにお洒落をしようと思わない日々だったんだ」
「今は高校生で同級生なんだから気にして」
「私は心昼ちゃんと違って、おじさんの服を悪いとは言わないけど……でもおでかけでそれは……」
高校生になった以上は、年齢的には大人であるとしても、私服も気にする必要があるそうだ。
しかし、そうは言われても兼重も服選びなどわからないのだ。いっそのこと心昼と小夜に聞いたとしても、「自分で考えるべき」とか言われそうな気もするのであって……。
(夕真にでも聞いてみるか)
気軽に聞けそうな人物を兼重は思い浮かべた。夕真は年齢的に今の女子高生と感性が違いそうではあるが、しかし、自分一人で考えるよりは絶対にマシであるというのが兼重の見解であった。
ともあれ、夕真への相談は後日の話である。今日はどうにもならないのであって、上手に手短に乗り切る他にないのだ。
「俺が二人に恥ずかしい思いをさせたのはわかった。悪かった。ご飯を奢ったらすぐに帰ることにする」
「別にそこまで落ち込む必要ないけど? それで、おぢ、今日のあたしらの評価は?」
「男の人から見たらどんな感じかなって聞きたいねー」
一難去ってまた一難である。今度は二人の服装を褒めなければいけないようだ。話の流れ的に、これを避ければ二度目の失礼となって二人の機嫌をさらに損ねるリスクがある。兼重は真剣に考えることにした。
最初は心昼――まだ四月ということもあってか、アウターはいつものスタジャンだが、それ以外は全て気合が入っているような感じである。
カートゥーンのプリントがされている深紫のインナーは、肌触りが良さそうな生地で何かのブランド品のようにも見える。全体の配色も意識しているのかショートパンツは白無地で、靴は黒の編み上げブーツだ。
細かな装飾品も沢山ある。耳にはイヤーカフがあるし、ネイルはエメラルドの下地にラメラメがキラキラだ。
髪の毛からはなぜか桜の匂いもした。
「その……俺が良いと思ったところは、心昼が褒めて欲しいポイントと違う可能性もあるから、決して気分を害しては欲しくないのだが」
「害さないから早く」
「上級者」
兼重が率直に言うと、心昼が困惑と苦笑の入り混じったような表情になった。
「いや……上級者ではないけど……」
「スタジャンだけいつものだが、それ以外は何か配色とか気にしてそうだなというか。一番上が深紫で一番下が黒……その間に全然違う白色が入ってるから、全部の色がハッキリする。だから上級者」
「上級者っていうのは、『そもそもそれは服なの?』みたいなのを着こなすタイプの人を指す気が……するし、おぢは多分けど純粋に褒めてくれてるんだと思うし、嬉しいんだけど……嬉しくない」
「なぜか桜の匂いもほんのりするな。そんなシャンプーが売っていると聞いたことがないんだが?」
「シャンプーじゃなくてヘミアスト。香水みたいなキツい匂いあたし苦手で、少しふわっと香るぐらいのが好きなの」
「ヘ、ヘア……ミスト……」
「そういうのがあんの」
女の子は色々と身だしなみに気を使う子も多いらしく、それは、心昼の次に褒める必要がある小夜もそういう雰囲気があった。
ただ、小夜は心昼ほどではなく、少しだけお洒落に敏感な高校生かな程度ではあった。
「心昼ちゃんの次は私だねー。一応とか言いながらガチってそうな雰囲気ある心昼ちゃんと違って私はちょっとがんばりましたって感じ」
上はシンプルなカットソー、下はサルエルパンツ。足元は可愛い季節色スニーカー。染めたわけでもないようなのだが、髪の毛の色が一部違っているように見えるのは、恐らくエクステだ。
「凄くその……お洒落だけど話しかけやすい感じだな」
「それ目指してるもん。他の感想は?」
「他?」
「心昼ちゃんと同じくらいの量を指摘してくれないと差が産まれちゃうなー」
小夜のその言葉に、兼重は以前の職場で遭遇した嫌な出来事を思い出した。仕事を手伝ってくれた女性の同僚に、感謝の気持ちの品を渡した時のことだ。それを見た他の女性社員が大量に寄ってきて、『自分たちも普段から兼重くんに気を使ってあげてるのに』と冷たい目で見られたのだ。
最終的に、大して関わりのない人達にも日々の感謝という名目で色々と贈ることになった。
兼重はそれと同じ過ちを繰り返すつもりがなかった。
「差が出るのはよくないな。そうだな……髪の毛も印象が学校と違うな?」
「エクステ! これ安かったの」
「その他だと、スニーカーも可愛い色だな。遠目から見て全体的に柔らかくて、見ている方の気持ちも温かくなる色使いだな。夏だと厳しいかも知れないが……」
「夏になったら夏コーデに変えるよー」
「そうか、俺は男だから一年中同じでな……女の子は違うのかもな」
男性であっても、一年を通してほぼ同じ私服で居続ける、というのはそれはそれで極端な面倒くさがりであるハズだが、兼重は人の服を気にすることもあまりなかったので自覚が無かった。
この発言の直後、心昼と小夜は苦笑と共に溜め息を吐いていた。駄目かもしれないこのアラサーはと思っていそうな態度だった。
もちろん兼重は二人のそうした様子を特に気にせず、食事を奢って、あとは遅くならないうちに帰りたいとして店への案内を二人に頼んだ。
(それにしても……オープン直後の店に行く……そういう行動を最後に俺が取ったのは何年前だったか……思い出せないな)
アラサーになってくると、新しいお店を探したり出会う数よりも、行きつけのお店の閉店に遭遇する数の方が増えてくるのだ。そして、これまで生きてきた年月に気づいて、同じだけまた過ぎた時の自分の年齢を思い描いて気が滅入るのだ。
だから、兼重は、やっと手に入れたこの高校生活を、それを押し花のように、くっきりと記憶の輪郭に残るくらい大事にしようと思えている。
時間の大切を知る大人だからこそ、大切にしたいのだ……等といった趣のポエムを兼重はつい考えて等しまっているがゆえに、数瞬後に小夜が不注意で起こしてしまうトラブルに気づいてあげられなかったのだ。
心昼が欠伸をして瞼を閉じて、兼重も今日は天気が良いなとふと空を見上げた直後、
――あっ……。
――ちゃんと足元と前を見て歩かないとさぁ⁉ 何をやってくれてんの⁉ 若い女だからって、可愛い顔してるからって、やっていいこと悪いことあるんだぞ?
――その、あの……。
――どうすんのこれ、小さな傷って思うかも知れないけどね、駄目になったらこの建物は期日通りに完成しないかも知れないんだ。施主に俺たちが謝らないといけないの? 責任っていう言葉を知ってるかな?
「ん……? なんか小夜が絡まれてない?」
心昼に言われて兼重も気づいた。小夜が新築住宅の建設現場にある角材に躓いてしまって傷がついたとかで怒られているようだった。
「おぢ、どうすんの?」
心昼は兼重の瞳をじっと見つめてきた。心昼の瞳は、何かを試しているような、あるいは品定めをしているような、そういう雰囲気があった。
心昼がどういう決断を自分に求めているのかは兼重には当然わからないのだが、ただ、そんなことを悩むより先に行動は決まっている。
自分は大人だし、男なのだから、助ける以外にはないのだ。
「助けに行ってくる。少し待っていてくれ」
「了解。あたしは見えるとこで待ってるから」
心昼はひらひらと手を振ると、近くに適当な段差を見つけて待機場所にしていた。ぽちぽちとスマホをいじりだしているのは、兼重ならどうにかするハズという信頼の証なのか、それとも時間がかかると思われているだけなのか……。
まぁどちらであっても兼重は構わないのであって、怒声をあげている作業員と小夜の間に割って入った。
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