3章 おっさんは多分けど……モテる。①
一週間ほどが経過した。その間に特別なことは何も起きなかった。クラスの雰囲気は最初に固まった頃のままを維持していた。
若干ぎこちない、と言える部分があるとすれば、少し大人しくなった朝里に関係する事くらいだ。
兼重は、暇を見つけてクラスメイトたちに朝里の状態を説明するようになった。頃合いを見計らって本人も謝る気があるようだから、それまではあまり気にしないであげて欲しい、と。
そんな兼重のことを朝里はチラチラと見ていたようで、段々と絆されてきたらしく、送られてくる連絡にそれは現れていた。
――おっさん、がんばりすぎ。ウチの自業自得な面もあるのに……そこまでされても、何もしてあげられないよ、ウチは。
――俺は自分がしたいと思うことをやっている。朝里が早く皆と仲良くなれたらいいなと思うから、そうなるように動いてる。朝里の為に動けた自分に、そんな自分に俺は満足している。なにかして欲しいとか、お礼が欲しいとかは考えていないんだ。
――……。
さて、兼重の説明を受けたクラスメイトたちの反応についてだが、これは男女で分かれた。
男子は拒絶されたことも忘れて、仲良くなれるチャンスが産まれたのなら、以前に暴言をぶつけられたことについては、もうどうでもいいそうだ。視線が朝里の大きな胸に一点集中だった。
対して女子は、思考回路が統一されている男子とは異なり、各々で異なる感情を抱いているようだった。分かりやすい例が心昼と小夜の二人だった。心昼が「わかった」と優しく受け止めてくれた一方で、小夜は「どうせ友だちになんてならないし、だから、言われなくても元から気になんかしないもん」としかめっ面だった。
女子は男子よりも性格の違い出やすいようだ。まぁいずれにしても、心昼と小夜が嫌な思いをした事実は変わらず、その原因となったのが自分のお願いであったことを兼重も忘れてはいなかった。
(何かしらの補填は必要だろうな)
そう考える兼重は、放課後になってから、少し時間をくれと言って二人を呼んで引き留めた。
「おぢ急にどしたの?」
「なんで心昼ちゃんと一緒……」
「そんな言い方ある? 小夜はあたしのこと苦手?」
「苦手っていうか、だって、おじさんのこと虐めるし……この前も思い切りボールぶつけてたし」
「あれはおぢの責任だから」
「何かされたの?」
「されたというか、傷ついたというか……てか小夜ってあたしの後に朝里に話しかけてたし、多分けどおぢに呼ばれた理由が同じな気する」
「あっ、そういえば私に話しかける前に心昼ちゃんも話しかけてた……ね? 私はおじさんから頼まれて」
「あー……やっぱり同じだ」
「え、えぇ~~~~」
二人とも、自分だけ頼まれていたと思っていたらしく驚いたようだ。そういえば教えていなかったなと兼重は苦笑しつつ、早速二人にどういう風な補填をしたら嬉しいか聞こうとして――急に心昼から襟を引っ張られた。
態勢を崩した兼重は若干前のめりになった。次の瞬間には心昼の吐息が耳先に当たって、背筋がぞわぞわした。
「おぢが自分で解決したのは気にしてない。自分で解決できるとしても、まずはあたしを頼ってくれる……それはあたしのプライド傷つけないでくれた優しさって思うから……でも、他の女にも頼んでたみたいなのは嫌。浮気だめ」
一瞬――差し込む光がキラりと反射する速さに似た瞬く間――兼重はドキっとした。年下で女子高生、そんな心昼に『異性』を感じたのだ。
(俺は何を考えて……)
兼重は内心で動揺した。それは抱いてはいけない感情だったからだ。あってはならないのだ。
心昼は頼られることに慣れていると自称していた。つまり、そうである自分にプライドを持つがゆえに他の人も頼られるのは癪に障る――それだけのことなのだ。
きっとそうなのだ。
それ以上の意味はない、と結論づけることで、兼重はすぐさまに冷静さを取り戻すことに成功した。
「だ、だめ! おじさんを苛めないで!」
慌てて小夜が割って入ってきた。途端に心昼が兼重の襟からパッと手を放した。
「苛めてないって」
「喧嘩売ってるみたいにしか見えなかった!」
「そんなことないよ。おぢも男だから、女の子から耳元で吐息混じりに囁かれて嬉しがってると思うけど」
「おじさん……そんな変態じゃないもんね?」
兼重は答えに窮した。今まさに心昼に異性を感じてしまった瞬間がある以上、否定しきれない可能性があるからだ。
もちろん自分のことを兼重は変態だと思ってはいないし、大人はこうした答え辛い問いに対する素晴らしい解答方法を持っているのであって、兼重はそれを思い出した。
答えない、という答えである。
「まぁなんだ、お前たちも元気だな」
「で、答えは?」
「おじさんどっちなの?」
「ん? うーん……俺も大人だから、そういうのに付き合わず答えない時もある。そんなことより心昼と小夜を呼んだのには理由がある」
「〝大人〟って人の質問に答えられない人間を指す言葉だった? へぇ~知らなかった」
「それは私も心昼ちゃんに同感」
二人が質問に答えて貰えないことに対して苛立ってしまう、というのは兼重も十分に理解できている。だが『答えない』と決めたのだ。大人の決断と意思は重く絶対に答えるつもりはないのである。
なので、徹底して触れずに強引に話を進めた。
十代の若者は、ご機嫌ナナメになっても、ニンジンをぶら下げられると今さきほどの会話の内容すら忘れて掌を返すのだ。
「二人には迷惑をかけた。朝里の件だ。なんとかして欲しい、と俺が軽い気持ちで頼んだせいで傷つけてしまった」
心昼と小夜はすぐに次の展開を察したらしく、嬉しそうに頬を緩めた。大人がこういう切り出し方をする時、それはどういう内容の話であるのか? 若者は聡く敏感に気づくようである。
「俺は誠意を見せないといけないのだ。何か欲しいものとか、そういうのはないか?」
「ふふっ」
「別にそういうの欲しくて手伝ったわけじゃないけどぉ……でも、おじさんがどうしてもって言うなら貰わないと駄目だもんね」
「小夜は別に要らないって思ってるんだ? じゃあ無理して貰う必要はないでしょ。小夜の分もあたしが貰うってことで」
「え? 駄目! 私も貰うから!」
何を言われるか既に理解していたことを隠そうともしない心昼と小夜に、兼重は気分を悪くすることもなく、むしろ好感を抱いた。遠慮されるよりも、喜んで受け取って貰える方が、提案した甲斐があるからだ。
もっとも、高級品を無駄に買い与えるのも問題ではあるし、片方に差をつけるのもよくはない……というわけで、
「二人で相談して決めてくれ。ただし極端に高いのとかは駄目だ。親御さんにバレたりしたら『そんなものをどこで手に入れたのか』ってなるだろうしな」
心昼と小夜はなんだか微妙に残念そうに眉をハの字にしていたが、それでも落とし所としては妥当ではあると感じたらしく、二人で相談を始めた。
兼重も狙ったわけではないのだが、元々はソリが合わなさそうな二人が、多少なりとも仲良くやる為のキッカケになったようだ。
「小夜の意見は?」
「おじさん差はつけないって言ったから、同じものを二つか、二人で分けれるものを一つかだよね?」
「それはそう」
「個人的に私が一瞬欲しいなって思ったのは化粧品なんだけど……共用できるものでもないもんね……」
「使用頻度とか多分そういうので揉める。消耗品は」
「わかるー。気にしないように、って思ってても気になるもんね。自分は全然使えてないのにとかね」
早く決めてくれないだろうか、と兼重が思うのはきっと男だからである。女の子の会話は長引くものであって、それは単に会話自体を楽しんでいるからで、そこを男は理解し辛いというだけだ。
最終的に、後ほど相談の結果を心昼が兼重に連絡することで一旦は落ち着いた。
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