2章 若者と大人のモノサシの違いは、もしかすると目盛りの数かもしれないね。多分。②

翌日の昼休み。


 兼重は男子たちからの期待の籠った眼差しを感じつつも、すぐには自身で動かず、昨夜に連絡を取った心昼と小夜に任せることにし、その動きを見守っていた。

 男子が兼重を見つめ、その兼重はちらちらと心昼と小夜の様子を窺っている……明らかにおかしな光景である。


 小夜より先に兼重の視線に気づいた心昼が、やれやれと溜め息を吐きながら朝里に話しかけに行ってくれた。

 申し訳ない、という気持ちで兼重の胸はいっぱいではあるが、ただ、成功確率が高そうな手段を取るのが正解なのだ。

 兼重は自分自身をそう納得させることで、年下の女の子に頼る、という大人の男として情けない行動を取っている現実から目を逸らしたのだった。


 ――誰?


 ――心昼。


 ――自分のこと自分の名前で呼ぶタイプ?


 ――違うけど……『誰』って聞かれたから自分の名前を教えただけじゃん。


 ――何の用?


 ――その、もっとクラスに馴染もうって思わない? 怖がりだったりする? 緊張してんの?



 口撃する瞬間を見計らっていそうな朝里に対して、心昼は反射で怒るようなこともなく、落ちついて応対をしていた。


(これは上手く行くのではないか……?)


 兼重はそんな希望を思わず抱くが、物事はそう簡単に都合よく進まないのが世の常である。様子見は終えた、とでも言わんばかりに、朝里が徐々に語句も語気も強めて心昼を口撃し始めた。



 ――うちのこと可哀想とか思ってんの? 勝手に人を決めつけてレッテル貼って悦に浸る性格? SMとか好き? 毎晩男を素っ裸にしてムチで叩いてんでしょ?


 ――そ、そんな変態趣味をあたし持ってないし、興味もないけど?


 ――てかさ、ガムとかアメとか口ん中に入れてるでしょ今。


 ――まぁ好きだから。


 ――口を動かす練習?


 ――へ? 口を動かす練習? なんで?


 ――大人のキスの練習で、いつもアメとかガム口ん中に入れてんでしょって聞いてんだけど?


 ――……。


 ――急に黙ってどうしたの?


 ――キ……キスなんて、したことない……な、何を笑って……!


 ――いやぁ、そんな悪くない面と体してんのに男を知らないって、随分と男の好みにうるさそうだな~って。気に入らない男に絶対に近づかないタイプでしょ?


 ――気に入る男にだけ近づくのは、普通。


 ――好き嫌いで決めてんの? 園児? 中身がガキなら年上とか好きでしょ? そういえば、このクラスにおっさんいるよね。初日に話しかけてたよね? ああいうのが趣味?


 ――…………。


 ――……ん? 図星だった? つまんな。



 一体どんな会話が繰り広げられているのか、少し遠巻きに眺めている兼重にはまったく分からないことであった。だが、心昼が失敗したということだけは雰囲気で察した。



 心昼が駄目だったのならば次は小夜の番である。兼重がちらちら視線を送ると小夜は頃合いを見計らって朝里に声をかけれてくれた……が結果は散々。



 ――や! 朝里ちゃんだよね?


 ――クール系のフリした純情女の次は、男に媚売りメスブタ?


 ――メス……なに? 誰のこと? よくわかんないけど、そんな酷い言葉を使ったら駄目だよ? 女の子なんだから、もっと可愛い言葉を使おうよ。私もいつも自分が可愛くなれるように言葉とか気をつけてるし。


 ――お前だよ、お・ま・え。


 ――……。


 ――いつも男に媚売ってる姿を振りまいてる。『私は可愛くて~だから見て見てー』とか思ってるでしょ? 他の女と仲良くしてるのも、自分の引き立て役の駒が欲しいだけ。


 ――……は?


 ――顔見るだけで分かる。メスブタ。


 ――なにそれ⁉ はぁ~~~~話しかけて損した。頼まれたから皆と仲良くできるようにしてあげようと思ったのに‼


 ――誰に頼まれたの? 男? ほら男に媚を売り売りしてんじゃん。マッチ箱の中に媚でも入れて外で売ってきなよ。媚売りの少女。フードを脱ぐとあら不思議メスブタの顔。


 ――性格わっっっる! 汚いブタのメスはそっちの方じゃん! その大きな胸につまってんの脂肪でしょ⁉ 脂肪たっぷりの豚肉じゃん‼



 豚は綺麗好きだろうし、どちらかというと筋肉の方が多い気がする、というのは一旦横に置くとして。どちらも大声を出すものだから、心昼の時と違って今度は兼重の耳にも会話の内容が届いた。


 誰が聞いてもそれは喧嘩にしか聞こえなかった。そして、諍いは言葉だけではなく両者ともに行動にまで及ぶことになった。


 小夜が近くにあった誰かの鞄を朝里に投げつけた。朝里も近くにあった誰かのスマホを小夜の顔面にぶつけた。近くにいた女子が慌てて止めに入る事態に発展した。


 突如として始まった衝突に、周囲は一気に静まり返っていた。静寂を切り裂いて響いていたのは、二人が勢いで投げたスマホと鞄の所有者の男子の悲痛な叫びだった。



 ――入学祝いで親に買って貰った新しいスマホォオオオ! 鞄もお婆ちゃんとお爺ちゃんに何回も頼んで買って貰ったブランド物ぉおおおお!



 こうなるとは兼重も想像していなかった。さすがに色々と深刻な事態であることを理解すると共に、兼重は心昼と小夜の二人に対して申し訳なさを感じ始めた。後で謝る必要があるとも思った。


 それはそれとして……二人が駄目だったということは、兼重が自分で動く必要があるということでもある。


 同姓相手にも随分キツい朝里を、どうすれば柔らかくできるのか? そもそも朝里はなぜここまで人を拒絶するのか?


 兼重の心中に自然と湧いた気持ちは『できることなら笑顔が日常になるようにしてあげたい』だった。

 それは、良くも悪くも、大人としてのある種の若者に対する責任感でもあった。

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