2章 若者と大人のモノサシの違いは、もしかすると目盛りの数かもしれないね。多分。①
クラスの男子限定グループチャットが賑わっていることに兼重が気づいたのは、取り留めのない会話を終えた後に夕真を家まで送り届けて、それから自宅に着いてすぐのことだった。
時刻は夜の十時。
ベッドに倒れ込みながらスマホを眺めていた兼重は、グループチャットの通知が何度もきていたことに気づいた。盛り上がっているようだ。どんな話題なのか気になったのもあって兼重はグループチャットを開いて眺めることにした。
――朝里だよなぁ。
――つっても、声かけても誘っても睨まれるし、近寄れないよな。
――お? みんな~おっさん入ってきたぞ。
――おじさんはクラスでどの女が好き?
――ひと回りも上の男は果たしてどの女を良いと言うのか……。
参加者を確認できる機能のせいで自分が入ったことが知られた挙句、クラスの女子の中で誰が好みかという話題を兼重はいきなりに振られた。想定外の流れだった。兼重は返答に困ってしまった。
――おじさんの俺にはどの子も同じように見える。
――逃げるな逃げるな。
――薄っすい感情でもいいので何かないですか? 普通の話題だと思うんで別に答えるの嫌がる必要ないですよ?
――こういう時に語るのが青春。おっさん……青春を求めてたんじゃないのか?
兼重はどう答えたものかと頭を抱えた。しばし悩んだ。最終的に、差し障りのない一般論を答えることにした。
――俺が好みかどうかは別として。
――ふむ?
――おじの意見が聞けるぞ。
――明るくて、お前たちくらいの年代の男の子が好きそうではないか、という意味で小夜は?
兼重はどちらかというと、小夜のような中心にいたがるタイプの女の子が苦手な方ではあるのだが、ただ、一般論としては好かれやすい気はしたのだ。
ある程度は共感されるハズ……と兼重は男子たち反応を待った。
だが、どうやら小夜に対して男子たちは興味を持てなかったようで、別の女子の方が人気だった。
――小夜? 朝里に比べると落ちるよな?
――顔の良さが同じぐらいだから、おっぱいの差が出て明確に勝敗ついてしまうな。
――せ、拙者は気が強そうなオナゴは苦手でござるが……でも、朝里殿が魅力的なお胸さまをお持ちなのは、納得でござる。うむ。
――朝里がいなかったら、小夜も名前が上がったかもしれないけどな。
朝里……その名前は兼重もクラスの自己紹介の時に確かに聞いた覚えがあった。顔も覚えているのだが……ただ、直近で絡みがあった心昼と小夜の方に記憶のリソースが割かれていることもあって、朝里の印象が少しぼんやりしつつあった。
――朝里は教室のどのあたりにいる子だ? 名前は把握している。顔も一応は覚えてはいるつもりだが……合っているかの自信がなくてだな。
――はぁ⁉ 本気で言ってんの?
――本気だ。
――えーと……話しかけてもこっちを突き放してくる女の子だよ。おっぱいが凄く大きくて、顔も可愛くて、他の特徴は……机の上にいつも小さなキーホルダーのぬいぐるみ置いてる。
説明されて、兼重は朝里の顔を思い出した。おっぱいの大きさは記憶になかったが、ただ、それ以外の独特の特徴に当てはまる女子が一人しかいないからだ。
――おっさんは女にまったく興味がないのか。枯れてるのか可哀想に。
――確かに枯れてるとしか言いようがないな……いや待て、もしかすると、おじさんは枯れてるからこそ、ワンチャン朝里の心を上手く開くことできるんじゃないか? 下心ゼロだろ? おじさん経由で朝里と仲良くなれるかも?
――それは試す価値があるな。おっさん、良く聞いてくれ。頼れるのおっさんしかいないんだ。
――時間はある程度かかってもいいんで。まぁGWぐらいまでにはなんとかして欲しいスけどね。
クラスの男子たちから頼られている。自分が必要とされている。兼重は普通に嬉しく感じたのもあって、二つ返事で「わかった。任せろ」と答えた。だが、それが安請け合いであったとすぐに後悔することになる。
朝里は想像以上に苛烈な性格であるようで……話しかけた時に返ってくる言葉というのが、『話しかけてくるな』『近づくな精〇の匂いがする』等々だったそうで。
面倒事を引き受けてしまったと兼重は後悔しつつ、しかし、「任せろ」と答えてしまった以上もう引き返すことはできなかった。
――皆そんな必死におじさんに頼んで……おっぱい好きが多いね……僕はそんなに胸の大きさなんて気にしないけど……皆おっぱいしか頭にないんだね。
――おっぱい以上に大事なものなんて、世の中には存在しない。おっさんに全てが託された。
グループチャットを退室すると同時に兼重はため息を吐いた。自分一人ではどうにもできない気がして、誰かに相談したくなってきた。ぼんやりと天井を見つめて小一時間ほど悩んだ。
最初は夕真に相談しようかとも考えた。だが「簡単にお願いなんて受けないの」と言われそうで気が進まなかった。
「夕真には聞けない……となると……状況的に仕方ないか」
兼重が頼ることにしたのは、クラスメイトかつ朝里と同性の心昼と小夜だった。可能ならば年齢差的に連絡は控えたかったが、しかし、そんなことも言っていられないのだ。
兼重はおそるおそるに、まずは心昼に連絡を送って、色々と協力して貰えないだろうかと尋ねた。
――というわけなんだが……。
――連絡先を教えた今日にくると思わなかった。びっくりしてる。来るとしても一か月後くらいかなって思ってた。
――俺もこんな早く頼ることになるとは……本当にすまないと思っている。
――別に謝らなくてもいいよ? 面倒みたげるって言ったのあたしだしね。困った時にすぐ連絡くれるの嬉しいよ?
――どうしたらいいんだろうな。超困ってるな。
――超……? なんで超をつけたの? 昔の言い回し? 『凄い』とか『本当に』とかでよくない?
――今時は〝超〟って言い方しないのか?
――ふざけてるように聞こえるし、少なくともあたしは「本当に困ってるの?」って感じる。
――そうなのか。すまない。
――悪気ないなら別にいいよ謝らなくて。それより……朝里ね。あたしもまだ声かけたことないんだけど……壁ありそうだし……でも話しかけてみる。
世代による言い回しの違いを兼重は感じた。今の子たちは意外と普通の言葉遣いであるようだ。
――ところで、今のおぢの話を聞いて思ったんだけど、男子が気になる女子……あたしの名前ってどれくらい上がった?
――ゼロだった。俺は心昼のことを美人だと思っているし、気にすることではない。年頃の男の子というのはそういうものだ。
――少なくとも、おぢはあたしのこと美人だと思ってくれてる……んーと……じゃあなんでゼロなの?
兼重は心昼の問いの意味がわからず『?』となった。ヒマワリの種を食べている時のハムスターのような顔になった。
心昼は何が引っかかっているのだろうか……?
兼重はしばらく考えて、自分の発言と事実の矛盾に気づいた。だがしかし、誤魔化そうにも時既に遅しでもあった。
――あたしのことを本当におぢが美人だと思ってるなら、おぢが一票入れてるハズだと思うんだけど、ゼロはおかしいよね?
――それは勘違いだ。
――あたしは勘違いなんてしてないよ? おぢも男子だろ? 自分が女子になったつもりで女子として一票を入れたとかじゃないでしょ? 好きな時に性別変えられる一部の魚類とか両生類じゃなくて哺乳類だよね人間って。
凄い勢いで詰められて兼重は逃げ場を失ってしまった。ここから言い訳を重ねても、恐らくほぼ確実に反論の余地が無いように言い返される、と兼重は本能で理解できてしまった。
これはもう早急に敗北を認める他ない、と兼重は観念した。
――そうだな、俺が一票を入れれば良かった。年下の男子から頼られたことが嬉しくて、それ以外の部分を気にすることができなかった。
――で、おぢは誰の名前を出したの? それとも白票?
――あくまで、一般論として、俺ではなく、年頃の男子高校生の君たちはこういうタイプの女子が好きではないか、という風に出した名前はある。
――言って。
――小夜だが、勘違いはしないで欲しくてだな。少し待て。
兼重は言って、それが真実であることを証明する為に、『明るくて、お前たちくらいの年代の男子が好きそうではないか、という意味で小夜は?』という自分の返答をスクショした画面をぺっと張り付けた。
――別にそこまでしなくても信じるけど……おぢの好みどうこうじゃなくて、一般論として小夜の名前出した、っていうのが理解できる文章で安心した。おやすみ。
早急なスクショでの潔白証明は正直やり過ぎかも知れない、というのは兼重も思いはしていたのだが、ただ、万が一を考えるならこれぐらいで丁度よくはある、という判断だった。
誤解というものは、曲がりくねって大変な事態になる可能性もあるのだ。色々な職場を転々としてきた大人だからこそ兼重はそれを知っている。
ともあれ、結果的に心昼を納得させることには成功したのであって、兼重はホッと胸を撫で下ろしながら次に小夜に連絡を取った。
――……という経緯があって小夜を頼りたいんだ。
――朝里ちゃんかぁ……あの子って男の子だけに対してじゃなくて、私ら女子にもキツい子ってゆうか……ちょっと鼻につくとこある。一番人気……そうなんだ知らなかった。まぁ私もちょっと頑張って声かけてみる!
小夜は心昼よりも楽だった。言葉尻に反応することもなく、素直に応えてくれるからだ。
「心昼も小夜ぐらい楽だったらよかったのにな……」
兼重はそうボヤきながら、お風呂に入って、そうして一日の疲れを取った。就寝はお風呂から上がって勉強もある程度進めた後……日付が変わって少し経ってからと遅い時間であったが、それで起床に支障が出ることもないのである。
アラサーになってくると、連続の徹夜が厳しくなるのと同時に、爆睡して寝坊するのもまた難しいのだ。
睡眠にも体力がいる。
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