1章 意外と馴染めそうではある。 ③
4
入学式の翌日――高校生活二日目。
まだ授業が始まる気配はなく、今日は全員が自己紹介をする日だった。昨日のカラオケに姿を見せなかった子も当然にいるのであって、兼重もまだ名前を知らないクラスメイトがそれなりにいる。
兼重はメモを取って全員の名前を覚えるよう努めた。兼重自身については、入学式での登壇で既に知られていることもあって、「もう知ってる」と簡単に流された。
クラスメイトたちの自己紹介は、基本的には自分の名前と得手不得手に少し触れるくらいでそれ以上は特になかった。
兼重が若い時は、自己紹介となると好きな芸能人とかを出したりもしたものだが、今の子は感覚が違うようだ。
簡素な全員の自己紹介は無事に終わって、休憩時間が訪れた。すると、
――嫌ぁ! 嘘ぉ! 穴空いちゃ……。
――かわいそ……制服って高いし新しいの買ってとか親に言い難いのに。
クラスメイトの女子の叫び声が教室に響いた。どうやら制服を何かに引っかけて穴を空けてしまったようだ。
制服のような日常的に着る服は、汚れたり壊れたりする機会に誰もが一度は遭遇するものだが、さすがに入学二日目は早すぎる。不運であるのは間違いなくて、当人も凄く残念そうに目端に涙を浮かべていた。
――……どうしよ。
しばし様子を眺めていた兼重だが、次第になんとかしてあげたいという気持ちが湧いてきたので、声をかけることにした。
「ちょっといいか」
「ひっく……えっ……おじさん?」
「上着を貸してくれ。直してやる。俺はおじさんだから色々な職場を経験してきた。肉体労働、事務、それ以外にも仕立て屋とか洋服店に勤めていたこともある。その他にも経験はあるが……それはどうでもいいな。とにかく、見たところ小さな穴だ。なんとかなる。目立たないように塞げる」
「……ほんと?」
「任せろ」
女子は兼重が本当に直してくれるのか疑っていたようだが、しかし、最終的には信じて上着を渡してくれた。兼重はそれを受け取ってすぐに教師に声をかけて家庭科室から裁縫道具を借りてくると、教室で皆が見ている前で補修を始めた。
自信満々に『任せろ』と言ったものの、仕立て屋に勤めていたのは五年くらい前のことだった。兼重も少し不安ではあった。だが、体は意外と手順を覚えてくれていた。兼重の指は惑うことなくすんなりと動いた。数分であっという間に終わった。
「ほら」
「わっ……!」
「まぁ見た目に分からないというだけで触ると少し違和感はある。そこは諦めてくれ」
「見た目が大丈夫ならそれでいい!」
「喜んでくれたようで何より」
「ありがとう、おじさん!」
女子は兼重にお礼を言うと、昨日か今日に作ったらしい同性の友達に「直して貰った!」と自慢していた。
なんとも微笑ましい姿である、というのは一旦横に置いて、変わったスキルがあるという兼重は改めてクラスで注目を集めることになった。主に興味を向けてきたのは女子で、次々に兼重に話しかけにやってきた。
「すごい……」
「おじさん色々なことできるのぉ?」
「経験したことある職業のは出来るというだけで、それ以外は無理だな。例えばピアノを弾いたりとかはそういうのは出来ないな」
「ぬいぐるみとかも作れちゃう?」
「ぬいぐるみか……どうだろうな。それは無理かもしれないな」
本当は作れるのだが、それを伝えてしまうと、なんだかんだと全員分作る必要が出てくると空気になると兼重は勘付いて、苦笑で誤魔化した。そんなこんなしているうちに、先日に兼重をレアキャラと例えてきた女の子――小夜もやってきた。
「おじさん、色々なお仕事を経験して特技も沢山あるんだ? やっぱりガチャなら一番人気になる感じのキャラだ! どの場面でも活躍できるから一体確保しておくべきって言われて、復刻きたら凄い勢いで皆が回すやつ」
「そ、そうか」
兼重は苦笑する。そして、ふと心昼と視線が合った。心昼は少し離れたところでガムを膨らませながらこちらを見ていた。
今日も心配してくれているのだろうか、と兼重は一瞬思うが、しかし、心昼の放つ雰囲気は明らかに昨日と異なっていた。
探るような疑っているような……そういう感じなのだ。
もちろん兼重は警戒されるようなことをした覚えがなく、あるいは偶然に視線が合ったのかもしれないと考えて、見つめ合う形にならないように顔を逸らした。
そして、顔を逸らした先で、兼重は別の女の子ともなぜか視線が合ってしまった。先日に見た小さなぬいぐるみキーホルダーをつんつんしていた女の子――自己紹介の時間で朝里と名乗っていた子だ。
朝里の瞳は若干物欲しそうな感じだった。
(年頃の女の子は何を考えているのか……おじさんの俺にはよくわからん)
兼重が首を捻って悩んでいると、女子たちと入れ替わるようにして、今度は御山率いる男子たちがやってきた。
「な、なんだ? 男の中にも制服が破れたりしたヤツいるのか?」
兼重は困惑していると、御山がゴホンと咳払いをして、
「いや、別にそういうヤツはいないですね。そうじゃなくて、兼重さんに報告あるんですよ。それで、伝えるタイミングを見計らってたら、女子たちが兼重さんを囲んでしまったものですから、そこに割って入るのは勇気いるなーって」
男子も兼重の裁縫の腕前に関心があった……わけではなく、もともと兼重に話しかけようとしていたが、女子たちが群がったせいで近づけなかったそうだ。
「意味がわからん……女子に混じって普通に話しかけてくればいいだろうに」
「無理ですよ。そういうことをしたら、女子から嫌われますね。モテ男だったからこそ俺にはわかります。それで、昨日作った男子専用のチャットグループなんですけど、男子全員入れるって話だったじゃないですか? 今日にもう全員に登録して貰いましたので」
確かにそういう流れは昨日にコソっとあった。それがどうなったかの報告をしにきてくれたようだが、ただ、兼重は御山の言い方が気になった。
「俺が頼んだみたいな言い方になってるのはなぜだ? 発案者は俺ではないぞ」
兼重は手短に御山に訂正を促しつつ、鞄から端末を取り出して起動した。昨今はデジタル化の名の下に勉強用の端末が学校から支給されるのである。
ちなみに、兼重は気づいていないが、御山からの呼称が『おじさん』ではなく『兼重さん』になっている。
どうやら、昨日に助けられたことを御山は随分と恩に感じているようだ。
「兼重さんはボスみたいなもんですから……って、端末で何をするんですか?」
「中学の勉強範囲の復習だ」
「……真面目ですね」
「あくまで俺の目的として、青春を楽しみたいしそうするつもりだが、勉強だってやりたいからな」
兼重は思ったままの本音を伝えた。すると、男子たちは一斉に渋面となった。兼重と違って勉強をしたくないようだ。
「俺も勉強したい気持ちはあるんけど、でも俺は三日坊主だし」
「皆がおっさんのように真面目にはなれん。部活とか委員とか頑張りたいヤツもいるし、彼氏彼女作って遊んでたいヤツもいるし、勉強は最初から二の次ってのも多いからな」
興味があるのは勉強以外という子が多いようで、兼重はそれをなんだか少し羨ましく感じた。兼重は勉強から十年以上離れているのもあって、授業についていく為に復習の時間を確保する必要があった。部活にも委員会にも入る余裕はないのだ。恋愛についても年齢差的に考えもしていないのである。
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