1章 意外と馴染めそうではある。 ①
1
入学式を終えて、教室の自席で兼重はちらりと周囲を見た。新入生代表の挨拶の時には随分と驚いていた同級生たちだが、若さゆえに順応が早いのか、明らかな異物を扱うような視線を兼重に向ける様子はなかった。
ただ、警戒心はある子が多いようで、すぐに近づいてくることもなかった。
(どうしたものか)
アラサーのくせに何を年下にビビっているのか、と兼重は自分自身の臆病さが嫌になるが、しかし、勇気が出なくて自分から話しかけるのも難しかった。
兼重は俯いて小さく溜め息を吐いた。声をかけられたのは、そんな時だった。
「ちょっといい?」
兼重が顔をあげると女の子がいた。猫耳付きのスタジャンを制服の上から羽織っている子だった。
女の子はガムを膨らませながら兼重の机を、とんとん、と指で叩いた。年頃の子は好奇心が旺盛ということなのか、それとも馬鹿にしにきたのか? 理由はわからないが、とにかく兼重は驚いて目を丸くした。
「おぢ、何その顔は」
「お……?」
「おぢって言われるの嫌? おじさんって言うのが正しいかもだけど、クラスメイトだからさん付けはおかしいじゃん? だからさんを取っておぢ単体」
「話しかけられて驚いただけだ」
「はいはい。で、今からカラオケ行くんだけど、おぢもどう?」
「ぬ?」
「いちいち咄嗟に出る言葉が面白いね」
「面白く言っているつもりはないが?」
「天然ってコト? やっぱ面白いじゃん。で、行くの? 行かないの? ただでさえ歳の差あるんだから、こういうのは参加して早めに周りと打ち解けた方が孤立しなくて済むと思うけど?」
女の子が羽織っているスタジャンの猫耳が、ぴょこり、と動いた。単に息をしたタイミングで肩と一緒に揺れたに過ぎないようではあったが、それがなんだか面白くて、兼重の頬が緩んだ。
「……優しい子だな君は」
「そうだよ、優しいよあたしは。ってか『君』じゃなくて名前で呼んで。クラスメイトでしょ?」
「君の名前は?」
「新垣心昼。心に昼って書いて〝ここあ〟って読む」
「特殊な読みをするんだな。心と書いて『ここ』と読んで……『あ』の方は昼の字をそう読むのか?」
「うん。昼の字には『あき』っていう読み方もあるとかで、最初の『あ』の字だけ読むとかそういう感じ……ってお母さんから聞いた」
兼重は、心昼を変わっている名前だと思う一方で、そういう時代だというのもすぐ理解できた。兼重が若かった時にも、自分の世代の感覚では普通だと思う名前を指して、『今時の若者の名前は違和がある響き』と評する年配の方がいたからだ。
良いとか悪いとかではなく、そういうものなのだ。
「なるほどな。飲み物のココアと同じ読みになるように、と色々と考えてご両親もつけてくれたのかもな。ココアは嫌いな人が少なくて好きな人が多い飲み物だ。つまり、皆から好かれますようにという願いが籠っている。というところか」
「……そういうことを初対面の相手に言って恥ずかしくない?」
「なぜだ?」
「ふぅん、そういう系の性格ね?」
「何を言いたいのかよくわからないが、とにかく、ご両親から愛されているのが分かる名前だ。感謝しなくてはいけないぞ」
「その言い聞かせるような感じ……もう完璧におぢ」
「俺はおじさんだぞ?」
「それはそうけど、そうじゃなくて……まぁいいか」
「よろしく頼む」
「はいはい。――皆! おぢも行くって!」
そういうわけで、兼重はカラオケに行くことになった。他のクラスメイト達も一旦は兼重の様子を見ようという気持ちがあるようで、参加を嫌がる素振りは見せることもなかった。
兼重は年下の同級生たちと教室から出ようとした、その時だ。一人の女子生徒の姿が兼重の目に留まった。年季の入った薄汚れた動物のぬいぐるみキーホルダーを机の上に置いて、指でつんつんと突いている子だった。
女子生徒は周りと距離を置いているようで、話しかけてくれたクラスメイトに対して、
「話しかけてくんな」
そんな言葉をぶつけては追い払っていた。
折角の高校の入学初日からどうして邪険な態度なのか? 兼重にはその理由がイマイチわからなかった。
ただ、人にはそれぞれ性格があるし、慣れるのに時間が必要な子もいるものだ。自分自身の緊張もまだ完全に解けていない兼重には話しかける余裕もなく、ひとまず教室から出たのだった。
2
カラオケ店へと向かう道中で、おそるおそるに兼重に話しかけてくれる子たちがぽつぽつ現れ始めた。多少の警戒もある一方で、自分たちとは違う年齢の同級生となる兼重に興味もあるようだ。
「ねぇねぇ、おじさん、その歳で高校に入ったのどうして?」
「俺は元々中卒で働き始めて、高校に通えなかったんだ」
「おっさんは青春を取り戻したい感じなん? 勉強もしたいとか?」
「……おかしいか?」
「別にそうは思わないよ。俺は姉貴いるんだけど、姉貴の中学の時の同級生に二年くらい遅れて高校に入った人いたって聞いたことあるし……もちろんそれと同じにはできないけど、人それぞれ事情あるくないですか?」
「私の従姉も大学進学でお茶の水に入るんだって四浪して結局受からなくて、諦めてワンランク下の大学に今年から通い始めてる~」
「なるほど……」
兼重は緊張しつつも聞かれたことを答えていった。すると、一人の女の子が近づいてきた。ゆるふわウェーブの髪型で、少し男の子ウケを狙っている感じとでも言えばいいのだろうか? そういう感じの子だ。
「おじさん!」
「どうした?」
「なんてゆうか――限定ガチャ! 他の学校の子たちはこんな珍しい同級生いないだろうから自慢できるな~って」
「……俺はただのおじさんだぞ。自慢になるか?」
「なるなる! 他の子と違う出来事っていうか、そういうのに自分が遭遇してるの大事!」
他と何か違う人間に無邪気に価値を見出すのは、つい最近まで中学生だった幼さゆえだろうか。見た目は大人と大差なく見えるような子も出てくる年頃だが、心の方はまだそうではないようだ。
(……ん?)
ふと、兼重は誰かに見られているような気がした。きょろきょろと周囲を見回した。視線の送り主は心昼だった。
心昼は、羽織っているスタジャン付属の猫耳を指でイジってぴこぴこ動かしながら、こちらをじっと見つめていた。
五秒くらい……見つめあった。
先に視線を外したのは心昼の方だった。食んでいたガムを膨らませながらスゥーっと横を向いた。
なぜ、心昼はこちらを見つめていたのか?
恐らくは、最初に兼重に声をかけて誘った張本人だからだ。上手くやれているのか心配してくれていたのだ。少なくとも兼重はそのように感じた。
ひと回りも下の子に心配されて――兼重は頭を掻いて苦笑した。少し恥ずかしかった。
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