たった20分の「電車遅延」が地獄を招いた…《124人の初詣客が圧死》新潟の有名神社で起きた「悲劇の真相」

1956年(昭和31年)1月1日未明、新潟県・彌彦神社の参道で124名もの尊い命が奪われた「彌彦神社事件」(やひこじんじゃ)が発生。おめでたいはずの初詣の場は、折り重なる亡骸で埋め尽くされ、阿鼻叫喚の地獄へと変貌してしまう。この惨劇は日本史上最悪の群集事故として歴史に刻まれている。

【PHOTO】iStock
イメージギャラリーで見る

前編記事〈「押すな、押すな」の声の直後に124人の初詣客が圧死…新潟の有名神社を地獄に変えた「阿鼻叫喚の参道」〉では、詳しい当時の状況を解説している。

この痛ましい事件について、報道が手薄な元日の深夜であったことや、写真資料の少なさも相まって、「神社側の餅まきが原因だった」という通説は長らく疑われることがなかった。

だが、令和の世になり、この定説が誤りである可能性が浮上している。

本稿では、大勢の参拝客が命を落とした事件の真相に迫る。

-AD-

令和に浮上した新説

前編記事では、124人もの参拝客が人波に飲まれて亡くなった「彌彦神社事件」の概要について紹介した。

元日の深夜という報道が手薄な時間帯に発生し、写真資料も乏しかったことから、これまで本事故の原因は「神社側の警備不足と餅まき」にあるとされてきた。その結果、犠牲者に対して「餅欲しさに命を落とした」という、やや嘲笑的なレッテルが長年にわたり貼られてきたのである。

そんななか、令和に入り、謎に包まれた彌彦神社事件の真相に迫る書籍『餅まきが原因ではなかった!! 彌彦神社事故の真実』(中川洋一、近代消防社、2021)が発売された。

著者の中川氏は日本の災害をテーマに様々な著作や論文を発表しているジャーナリストで、彌彦神社事件に関しても現地取材を含め長年に渡り調査を行ってきた。

\現代ビジネスの記事を見つけやすく/
Google検索で優先表示

おすすめ記事