先月、亡くなった県職員、笹川達夫氏のご両親に伝えたいこと〜息子さんを一杯、褒めてあげてください。 | 山本一太オフィシャルブログ「山本一太の気分はいつも直滑降」

先月、亡くなった県職員、笹川達夫氏のご両親に伝えたいこと〜息子さんを一杯、褒めてあげてください。

テーマ:ブログ

2026年7月4日:パート3

 21時30分。高崎の自宅からのブログ。

 夕方からジムに行き、サウナで汗を流した。がん細胞は熱に弱い。身体を温めるのは、(いろいろな意味で)理にかなっている。

 先月、2022年から24年まで、秘書課の知事付き係長として自分を支えてくれた笹川達夫氏が亡くなった。まだ40代だ。残念としか言いようがない。

 常にポジティブ思考だった笹川氏は、最初から食道がんになったことを隠さなかった。手術を終えて、秘書課にも元気に復帰した。趣味の散歩も、ずっと続けていた。

 人事異動で別の課に移った後、体調の関係で時々、休んでいると聞き、心配していた。亡くなる1週間前にお見舞いに行ったが、思ったより衰弱していて驚いた。ベッドから起き上がることも、言葉を発することも出来なかった。

 が、それでも、こちらの話を聞きながら、笑顔で頷いていた。ベッドに横になっていても見える場所に「ふくろう」(不苦労)のフィギュアを置いた。「これを毎日、見ていれば必ず良くなるから!」と伝え、ギュッと手を握って病室を後にした。

 訃報を聞いた翌日に、高崎のご自宅を弔問した。とても安らかな表情だった。お線香を上げ、手を合わせた後、しばらくご両親を言葉を交わした。

 優しくて、とても感じのいいご夫妻だった。ご両親と同居していた笹川氏は、家にいる時は、県庁の仕事のことを、ほとんど話さなかったそうだ。恐らく公務員としての情報管理を徹底していたのだと思う。いかにも、真面目な笹川さんらしいと感じた。

 

 今なら話してもいいと思うが、笹川氏が手術から復帰した直後に、故郷の草津温泉に招いた。そんなことも、ご両親には言わなかったんだろうな。

 ご両親には、秘書課在職中、笹川氏が常に知事である自分に同行し、日々の活動をサポートしてくれたこと、明るく誠実な人柄で、周りからとても信頼されていたこと、自分にとっては、部下というより「大事な友人だった」ことを伝えた。

 知事の海外出張に同行してくれた際のエピソードにも言及した。

 帰り際に、お父様がこう言った。

 「私は今まで、息子を褒めたことが、ほとんどなかたんです。が、褒めてやってもいいでしょうか?」

 「もちろんです、一杯、褒めてあげてください!」

 胸がいっぱいになって、言葉が震えた。

 翌週の幹部を集めた庁議で、笹川氏との思い出を語った。こう締め括った。

 「笹川さんは、県民のために懸命に働いていた。私たちも、笹川さんの分まで、頑張ろう!」と。

 その後の記者会見でも、笹川氏のことに言及した。

 県庁の大切な仲間だった笹川達夫氏と一緒に時を過ごした人たちが、本人のことを忘れないように、このブログにも、しっかり書き残しておく。

 笹川さん、いろいろお世話になりました。笹川さんに迷惑をかけた6歳児のような知事ですが、これからも県と県民のために、知事の仕事に全身全霊で取り組んでいくつもりです。遠いところから、見守っていてください。(合掌)

 

<知事のベトナム訪問の際にも大活躍>