『Time of Ring』(第十稿)Part.8
第八幕:神の大陸
後部に巨大なコンテナを連結した時空艦NOAは、
グレイの代表体から託された座標へ向けて
時空の壁を音もなく滑り抜けた。
向かった先は、
超人類『アヌンナキ』が全盛期を誇った時代。
場所は、大西洋上に浮かぶ巨大な超大陸、
アトランティスがあったとされる海域だ。
この時代の地球も海面が上昇し
陸地の多くはすでに海に水没していたが、
その座標一体には浅瀬が続いていて、
その上にはクロノスシティに似た
巨大な洋上都市が建設されていた。
「……綺麗な街だけど、
なんだか息が詰まるわね」
運河沿いのベンチに座りながら、
水原が静かに呟く。
上空から見ると
優美な流線型をした
きらびやかな建築物が立ち並んでいたが、
海面や浅瀬すれすれのところには
労働階級の人たちの住処なのか、
質素な居住施設が立ち並んでいた。
大地が道を尋ねようとして
労働層の男に声をかけても、
男は焦点の合わない目で大地を無視し、
機械のように作業に戻ってしまう。
指導層に至っては、
大地たちを景色の一部のように
完全に透過して歩き去っていく。
彼らの間には会話も、
笑い声も、いさかいすら無かった。
「感情も、他者への関心も
極限まで薄れている……。
グレイたちとそっくりだ」
公園の方に目をやると、
重い資材を運んでいた労働層の老人が、
過労で足をもつれさせて倒れ込んだ。
資材が崩れる大きな音が鳴っても、
周囲の労働層は
誰一人助け起こそうとしない。
その直後、空から
警備用のドローンが降下してきた。
『労働ユニット304。
機能不全を確認。
全体の効率維持のため、
廃棄を実行します』
その時、大地は、
考えるより先に動いていた。
羽織っていた外套を脱ぎ捨てて
倒れた老人の前に飛び出すと、
ブラスターの銃冠を振り上げ、
力任せにドローンをぶん殴った。
ガシャン、という金属音が
辺りに響きわたる。
それを聞きつけたのか、
街中のセンサーが赤く点灯し、
無数の警備ドローンが
二人を取り囲んでロックオンした。
「大地!
派手にやりすぎよ!」
「見捨てられるかよ!
走るぞ!」
二人は入り組んだ路地へ飛び込み、
ドローンの追跡を振り切るため、
入り組んだ裏路地を駆け抜け、
そして古びた建造物へと逃げ込んだ。
そこは、すべてがデータ化された
この街では誰も寄り付かない、
物理記録の保管局だった。
「……埃っぽいな。
誰もいないのか?」
「いるわよ。
私の計算を邪魔しないで」
書架の奥から声がした。
山積みの紙の資料と
アナログ計器に囲まれた机で、
一人の女性が顔を上げた。
神経質そうな眼鏡の奥に、
理知的な瞳が光っている。
記録局の学者、セリアだった。
「あなたたち、
下の人たちじゃないわね。
もしかして、外の人間?」
「ああ。
かくまってくれたことは感謝する。
俺は大地、こっちは水原だ」
「私はセリアよ。
……外の人間なら、
これを見て」
彼女は机の上に、
一枚の巨大な波形グラフを広げた。
「この大陸の地殻の奥深くで、
致命的な亀裂が連鎖し始めているの。
あと数日で、ここは海に沈むわ」
水原がグラフを覗き込み、息を呑んだ。
「……ひどい断層のズレ。
なぜ、街のシステムは
警報を出さないの?」
その時、部屋全体が小さく揺れた。
「中央AIは、
この微細な地鳴りを
『確率0.0001パーセントのノイズ』として
切り捨てているからよ。」
セリアは悔しそうに唇を噛んだ。
「あなた、エンリル様に似てるわ。
もっと似ているのは、初代の国王。」
そう言うとセリアは、
壁にかかっている肖像画を指さした。
見るとそこに描かれていたのは、
派手な王冠をかぶった
大地そっくりの髭面の男だった。
「あなたたちなら、エンリル様も
話を聞いてくださるかも知れない。」
◆
大地たちはセリアの案内で、
彼女の持つ権限を使って
議事堂へと乗り込んだ。
最深部の謁見の間では、
指導層の頂点に君臨する王・エンリルが、
光輝く金襴の玉座の上から
冷ややかな目で
彼らを見下ろしていた。
「地殻崩壊だと?
記録局の小娘が、
得体の知れぬ野蛮人を連れ込んで
何の真似だ」
「事実です、エンリル様!
システムの計算には盲点があります。
今すぐ全市民の避難命令を!」
セリアの必死の進言を、
エンリルは鼻で笑った。
「我々のシステムが
間違うことなどあり得ない。
我々はすべてを
完璧な計算のもとに管理している」
「その計算の結果がどうなるか、
教えてやる!」
大地は、
グレイから託された
記録装置を突きつけた。
空中に、ホログラムが映し出され、
『グレイ』たちの姿が浮かび上がった。
「こいつらはお前たちの遠い子孫だ。
効率だけを追い求めた結果、
感情を失い、滅びを待つだけの存在になった。」
だが、エンリルは
不快そうに顔を歪めただけだった。
「我々のような完璧な存在が、
あんな醜悪な姿になるわけがない。
非論理的な妄言だ」
エンリルが指を鳴らすと、
数十機の近衛ドローンが
三人を包囲した。
「その狂った学者を
国家反逆罪で拘束しろ。
残りの二人は処分して構わん」
「セリア!」
ドローンがセリアの腕を拘束する。
「逃げて!
データは渡したわ!」
彼女の叫びを聞き、
大地と水原は
ブラスターで牽制しながら、
議事堂の窓を突き破って
下層へと逃走した。
「……助けに行くぞ。
あいつを見殺しにはできない」
身を潜めた路地裏で、大地が言うと、
水原は端末を操作しながら静かに頷いた。
「ええ。
彼女の言う通り、
地殻の崩壊はもう始まっているわ。
早くしないと手遅れになる」
二人は拘束施設へ潜入し、
厳重なロックを破壊して
セリアを救出した。
「なぜ戻ってきたの!
あなたたちだけなら
逃げられたのに!」
「非効率なのが
俺たちのやり方なんでね」
その時だった。
ゴゴゴゴゴォォォォッ!!
天地をひっくり返すような轟音と共に、
街の巨大な大理石の柱がへし折れた。
セリアの予測通り、
大陸の崩壊が始まったのだ。
三人が外へ出ると、
上空へ向けて、
美しく巨大な脱出船が
次々と飛び立っていくのが見えた。
「……指導層の連中だわ。
事態に気づいて、
自分たちだけ脱出を始めたのよ」
セリアが絶望的な声を上げる。
労働層の人間たちは、
避難命令も出されないまま、
崩れ落ちる瓦礫の下敷きになっていた。
「残った人間は全員、
俺たちの船に乗せる!」
大地とセリアは走り出し、
労働層の居住区で声を張り上げた。
「逃げろ!
海に繋がるドックへ向かえ!」
命令なく動くことを忘れていた人々も、
大地の必死の形相と、
セリアの誘導によって、
次々とNOAの巨大コンテナへと避難を始めた。
歴史の既定路線では
見捨てられるはずだった下層の人々が、
大地の介入によって
生き延びる道を歩み始めたのだ。
だがその時、
議事堂のさらに上層部で、
強烈な爆発が起きた。
エンリルが乗るはずだった
超大型の王専用船が、
崩壊した巨大な塔の下敷きになり、
発進パッドごと
完全に押し潰されていたのだ。
周囲の指導層の船は、
王を助けようともせず、
効率的なルートで
次々と宇宙へと逃げ去っていく。
「……王が見捨てられた」
セリアが呆然と呟く。
全体の生存確率を下げる者は、
たとえ王であっても切り捨てる。
それが、彼らが作り上げた
完璧なシステムの答えだった。
崩れゆく発進パッドの上で、
エンリルは
信じられないという顔で
立ち尽くしていた。
「……システムが、
見下していた連中と
同じことをしてやがる」
大地は舌打ちをすると、
コンテナのハッチを閉め、
NOAを急浮上させた。
「大地! 何をする気!?」
「気に入らねえ野郎だが、
見殺しにするのは
もっと気に入らねえ!」
NOAは崩壊する議事堂の上空へ滑り込み、
ハッチから身を乗り出した大地が、
エンリルの胸倉を強引に掴んで
船内へと引きずり込んだ。
「離せ!
野蛮人が、私に触れるな!」
「文句は生き延びてから言え!」
ネヴィルが完全に海へ沈む直前、
NOAは緊急離脱のレバーを引いた。
だが、大陸崩壊の凄まじいエネルギーが、
王の船の残骸とNOAの空間ナビゲーションに
致命的な干渉を引き起こす。
NOAは激しいスパークを上げながら、
本来の座標(+1万年)とは全く逆の、
凄まじい時空の渦(-1万年)へと
叩き落とされていった。
◆
激しい揺れが収まり、
実数空間へと叩き出されたNOAが不時着したのは、
紀元前一万年の未開の地——古代メソポタミア。
「アトランティス海域の
崩壊エネルギーを振り切るのに、
シールドとエンジンを酷使しすぎたわ……
バッテリーが完全にゼロよ。
この時代の太陽光だけで
必要なエネルギーを再充填するには、
三年はかかる…」
水原がコンソールを叩きながら
絶望的な予測を告げた。
自分の船を失い、
立ち往生したエンリルたちは、
すぐさま自分たちの船である
ジッグラトの建造に取り掛かった。
しかしそこに、槍や石斧を持った
メソポタミアの原始人類たちが
大挙して押し寄せてきた。
「野蛮な猿どもめ」
エンリルは冷酷にそう言い放ち、
プラズマ兵器を起動した。
激しい轟音と共に、
目の前の岩山が
一瞬で蒸発した。
圧倒的な破壊の光を前に
原始人類たちは平伏し、
これが「神」の誕生となった。
それから、アヌンナキたちは
労働力として原始人類を酷使し始めた。
直接言葉を交わすことすら
「非効率な穢れ」とする指導層は、
セリアを『神の巫女』として祭り上げ、
神託という名の絶対的な命令を
下達する役割を押し付けた。
だが、
効率だけを求めるエンリルたちにとって、
会話もおぼつかない原始人類たちを管理することは
理解不能な事態の連続だった。
ジッグラトの建設現場では、
巨大な石材を運んでいた男が、
疲労で膝をついていた。
高台からそれを見下ろしていたエンリルは、
不快そうに眉をひそめた。
「なぜあの個体は動作を停止した。
太陽はまだ沈んでいないぞ」
「エンリル様、
彼らは機械ではありません。
休息と水を与えなければ、
肉体が壊れてしまいます」
セリアが必死に訴えるが、
エンリルは冷たい視線を
向けただけだった。
「替えの部品などいくらでもいる。
全体の効率を下げる者は廃棄しろ。」
そんな生活が二年目に突入したある夜、
激しい雷雨の中で
ジッグラトの外周防壁が爆発した。
食人風習を持つ凶暴な大部族が、
「神の力」を奪おうと
数千の軍勢で奇襲をかけてきたのだ。
松明の炎が無数に揺らめき、
石斧を振り上げた蛮族たちが
怒涛のように押し寄せる。
「防壁の修復は不可能だ。
労働力は捨てて、
我々はタワーへ籠城する」
エンリルは
外で逃げ惑う原始人類たちを
あっさりと見捨てようとした。
だが、大地はそれを許さなかった。
プラズマライフルと剣を掴み、
ハッチを開ける。
「おい、どこへ行く気だ!」
「決まってるだろ。
あんたらが見捨てた連中の盾になる」
「馬鹿め!
死ぬつもりか!」
エンリルの制止を無視し、
大地は土砂降りの泥濘へと
飛び出していった。
「……本当に、救いようのない馬鹿ね」
水原も舌打ちをしながら、
ブラスターの安全装置を外し、
大地の背中を守るように
泥の中へ続く。
雷鳴が轟く中、
大地と水原は
血みどろの死闘を繰り広げた。
泥に足を取られて転んだ
原始人類の子供に、
蛮族の槍が振り下ろされる。
その刃先を大地が剣で弾き飛ばし、
反転してライフルの銃床で敵の顎を砕いた。
「立て!
塔の方へ走れ!」
大地が怒鳴る。
背後から迫る敵兵は、
水原の的確な射撃が
次々と撃ち抜いていく。
圧倒的な数の暴力を前に、
大地の肩は切り裂かれ、
水原も泥にまみれて
何度も地面を転がる。
それでも二人は、
一歩も引かずに
壁となり続けた。
タワーの入り口で
震えていた原始人類たちは、
泥と血にまみれて
自分たちを守る大地の背中を、
ただ食い入るように見つめていた。
夜明けと共に敵部族が撤退し、
コロニーに重い静寂が戻った。
小さな岩穴へと身を隠した二人は、
湧き水で傷を洗う。
泥と血にまみれた水原は、
冷たい雨水を含んだ布を絞りながら、
大地の背中の深い傷口にそっと当てた。
「……痛む?」
「いや。
あんたが手当てしてくれてるからな」
大地が短く答えると、
水原は少しだけ手を止め、
大地の無精髭の生えた頬に
そっと手を添えた。
「……あなたが命を張って
戦ってる姿を見て、
わかった気がするのよ」
水原が小さく呟いた。
「人間は、誰かの熱に当てられて、
初めて動く心があるんだって」
その手もまた
不器用だが僅かな熱を帯びていた。
やがて、メソポタミアでの三年目の終わり。
氷河期の融解による、
全地球規模の大洪水が迫り来る。
空を覆う豪雨と濁流を前に、
エンリルは完成したばかりの
ジッグラトを見上げ、
冷たく宣告を下した。
「我らはこの箱舟で火星へ向かう。
進化の遅れたこの野蛮な猿どもを
乗せる余地はない。
巫女よ、
発進シークエンスへ移行しろ」
だが、地響きと共に
大津波の第一波が迫り、
巨大な土砂と
無数の大木の残骸が
押し寄せてきた。
ジッグラトの下部にある
巨大なスラスター群が、
泥と幾重にも絡み合った大木によって
完全に塞がれてしまったのだ。
エンリルがプラズマの閃光で
大木を焼き払おうとするが、
水分をたっぷり含んだ泥の壁は、
表面が焦げるだけでびくともしない。
神の力が、原始的な泥の海の前で
ただ立ち尽くしている。
「なぜだ……。
これでは飛べないではないか!」
その時、大地は、
迷うことなく泥の中へ飛び込んだ。
そして、
スラスターにまとわりついた粘ついた泥を、
素手で掻き出し始めた。
「神は万能ではありません!
あの船を動かすには、
お前たちの手が必要です!」
セリアが声を枯らして叫んだ。
だが、彼女が命令を下すまでもなく、
原始人類たちはすでに動いていた。
「ウオォォォッ!!」
一人の男が大地の隣に立ち、
巨大な大木を押し始めた。
それに続くように、
何百という人間たちが
次々と泥の中へ飛び込んでいく。
「……第3バイパスへ回れ!
絶縁ケーブルを巻き付けろ!」
エンリルは
自ら泥水に足を踏み入れて、
人間たちと共に
重い大木に肩を当てて
怒鳴りつけた。
「もっと右へ押せ! 」
口から出る言葉は冷徹だが、
その瞳には
かつて無い必死さがあった。
原始人類とアヌンナキが入り乱れ、
圧倒的な数と力で
物理的に重いパーツをこじ開けていく。
濁流が完全に飲み込もうとしたその瞬間——
泥を払い落とされたブースターから、
強烈なプラズマの炎が噴き出した。
そしてジッグラトは
すべてを飲み込む大津波を間一髪で回避し、
大空へと舞い上がった。
泥だらけになって笑い合う
アヌンナキと人間たちの姿が、
モニター越しに映し出される。
三年間の太陽光でエネルギー充填を終え、
浮上したNOAの中で、
水原が大地の腕に
そっと自分の腕を絡ませた。
「これで彼らの歴史は、
新しい軌道に乗ったわね」
彼女の柔らかい微笑みに、
大地も深く頷いた。
NOAは静かに高度を上げ、
本来帰るべき時代である
2156年へと跳躍した。



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