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『Time of Ring』(第十稿)Part.7

第七幕:感情のない世界

狂ったように回転していた光の帯が収まり、
船体を震わせていた激しい揺れがピタリと止んだ。

非常灯の灯りを頼りに通路をよじ登り、
NOAのハッチを開けて外に出た大地は
思わず息を呑んだ。

そこには穏やかで青い海が
どこまでも広がっていた。

船内から水原の声が聞こえた。

「……ナビゲーション、復旧。

到着した時代がわかったわ。
ここは50万年後の未来よ。

しかも海面が上昇して
ほとんどの陸地が水没した世界」

その広大な海原の上に、
無数の巨大な支柱が突き出し、
一面プラチナホワイトに包まれた
巨大な人工の足場を支えていた。

その上にはドーム状の建物が幾つも連なり、
一番奥には、ひときわ高い塔がそびえ立っていた。

NOAの船体は、
その足場の端にあるドームの一つに、
乗り上げたようになって止まっていた。

「…駄目。エンジンが動かない。
完全に焼ききれてる」

しょげた水原の声が聞こえた。

「街みたいだし、
誰かいるかも知れない。

ちょっと散策してみょう」

そういうと大地は、
ハッチから出てきた水原を伴って
物音がする方向へと歩き出した。

街の中は恐ろしいほどシンプルで、
そして、無音だった。

やがて、硬い足音を響かせて
「それら」が現れた。

身長は低く、
手足は極端に細い。

発達した頭部には、
瞳孔のない漆黒の巨大な目があった。

彼ら——グレイたちは、
大地たちを敵視する様子もなく、
ただ無言で規則正しく歩いている。

大地はすれ違う彼らの姿に、
ひどい違和感を覚えた。

彼らの顔や体格には、
個体差というものが一切ない。

そして歩幅は正確だが、
時折、関節がひどく軋むように不自然にたわみ、
ふらつく個体がいる。

だが、隣を歩く者は
それに手を差し伸べることもなく、
ただ前だけを向いていた。

水原が携帯端末で
彼らの生体反応をスキャンし、
痛ましそうに息を吐いた。

「顔が同じなだけじゃない。

細胞の構造まで
完全に一致しているわ。

過酷な環境に適応するため、
肉体を極小化して、
単一の優秀な遺伝子を
複製し続けてきたのね。

でも、遺伝子のコピーエラーには
限界があるから、
このままだといずれ滅びるわ」

大地がグレイの一人に話しかけると、
彼は、カフェのような場所を指さした。

『資源を持っているなら
あの場所で食事ができる。』

それは音声ではなく、
意識に直接届くような声だった。

カフェに入り、カウンターの窪みに、
大地が持っていたバッテリーを置くと、
バッテリーがカウンターの中に沈んでいき、
代わりにコーヒーカップと
サンドイッチのような固形物が
カウンターの中からせり上がってきた。

二人はテーブルに腰を下ろした。

「平和の極み、だな」

大地が固形物を齧りながら天井を仰ぐと、
水原はコーヒーのカップを両手で包み込み、
小さく笑った。

「そうね。
あなたの無茶苦茶な戦い方ばかり見てきたせいか
…… この静けさで、少しだけ寿命が延びた気がするわ」

カフェで一息ついた後、
二人はNOAのエンジンを修理するため、
都市の地下層にある
資源リサイクル区画へと潜入した。

二人はNOAを修理する部品を探すため、
都市の地下層にある工業区画へと潜入した。

「この辺りの素材なら、
エンジンのバイパスに……」

大地が一歩踏み出した瞬間、
足元の金属製のパネルが
音もなくスライドした。

「うおっ!?」

「きゃああっ!」

二人は、足元に開いた四角い穴から
巨大な透明の冷却水パイプへと
真っ逆さまに落下した。

そして、
猛烈な勢いで流れる水流に巻き込まれ、
ウォータースライダーのようなパイプの中を
高速で滑り落ちていく。

「おい、水原!
どこ掴んでんだよ!」

「うるさい!
目が回ってるのよっ!」

パイプがカーブに差し掛かり、
メンテナンス用の開口部が見えた。

「あそこから出られる!」

大地は水原の腰を強引に抱き寄せ、
水流に逆らって
パイプの継ぎ目に
両足をガッチリと引っ掛けた。

「せーのっ!」

渾身の力で飛び移り、
ハッチの外の金網へ転がり出た。

二人の体は床に投げ出され、
大地の顔のすぐ横に
水原のブーツがあり、
水原は大地の腕に絡みついているという
奇妙なポーズのまま、
二人は荒い息を吐いた。

「……死ぬかと思った」

「もう、最悪……」

ずぶ濡れの二人が
顔を見合わせて苦笑していると、
その背後で
「カチャン」と工具を落とす音がした。

振り返ると、
一人のグレイが
目を丸くして二人を見つめていた。

街で見た完璧な個体たちとは違い、
どこか動作がおぼつかず、
その大きな黒い目には
明らかな「動揺」の色があった。

『……あなたたちは、
計画外の動きをしてる』

「ああ。俺は大地。
こっちは水原だ」

『私は、ティア』

ティアの細い手には、
古びた機械の残骸が握られていた。

『これ、海底を探索するドローンが拾ってきたの。
ずっと昔の記録らしいんだけど……
システムは要らないから捨てて来いと言った』

その形状を見て、
大地はハッとした。

「貸してみな」

大地が機械を手に取ると、
空中に青白い映像が浮かび上がった。

そこに映し出されたのは、
水色のレプティリアンたちが
落盤事故で下敷きになった仲間の前で涙を流し、
弔いのために撮影していた映像だった。

その時、
数体の警備用ドローンが現れ、
赤いセンサーを発して
二人をロックオンした。

『未知の熱源を検知。
代表体の元へ移送します』

二人が連行されたのは、
街を見下ろすタワーの最上階だった。

そこには、無数のケーブルに繋がれた、
一回り大きな『代表体』が静かに佇んでいた。

背後の巨大モニターには、
地球上の資源やエネルギーの残量を示す
無数の計算式が流れている。

『計画外の来訪者よ。

あなたたちの船のエンジンは
深刻なダメージを受けている。

しかし我々のドックなら、修復が可能だ』

代表体の声には、
一切の抑揚がなかった。

『しかし、
我々の都市を維持するために必要な
希少資源『レアメタル』が枯渇しつつある。

我々は全個体の七割を停止させ、
残る三割とクロノスに資源を集中させている。

これはクロノスが導き出した最適解だ』

「これが最適解だって?!」

大地は声を荒らげ、
代表体の目の前に
ティアが見ていた
古い記録装置を突き出した。

「お前たちが非効率だと
捨ててしまった記録の中に、
これだけの資源が眠ってるんだぞ!」

そこに水原が合いの手を入れる。

「南極大陸の地底には
レアメタルの鉱山があるんです。

南極の氷が溶けている今なら
採掘して来れるはずです」

代表体は、しばらく固まった後、
深く頷いてみせた。

NOAの修理を終えた二人は、
アガルタへと海中を潜航した。

氷の防壁を失ったアガルタの入り口は、
海底にぽっかりと口を開けていた。

だが、サーチライトで照らし出されたその場所は、
見る影もなく崩壊し、
海草と泥に覆われた静かな廃墟となっていた。

「誰もいないわね」

広場の中央には、
古びた巨大な投影装置が残されていた。

探査艇のライトが当たると、
装置が僅かな残留エネルギーで起動し、
暗い海底の空間いっぱいに
巨大なホログラムを映し出した。

それは、水色の種族たちが、
巨大な岩盤を掘り抜き、
怪我をした者を背負い、
互いに助け合いながら、
さらに地殻の奥深く——
あるいは全く別の新天地へと、
集団で移住していく様子だった。

「……自分たちの足で、
未来へ歩いていったのね」

水原はそうつぶやくと
静かに微笑んだ。

NOAの後部には新しく大型のコンテナユニットと
採掘用のアームが取り付けられていた。

大地たちは交代でアームを操作し、
岩肌からレアメタルの鉱石を削り取っては
コンテナユニットに詰め込んでいった。

数日後、
NOAがクロノスシティへ帰還し、
二人がレアメタルを引き渡すと、
代表体の背後のモニターが
新たな海域図へと切り替わった。

『資源の提供に感謝する。

我々の都市は、
これでしばらくの時間を保てる』

代表体は淡々と告げた。

『……もう一つ、
頼みたいことがある。

我々のさらに古い祖先である、
アヌンナキの時代へ向かってほしい。

彼らは効率を求め、
他者を道具として
切り捨てる道を選んだ。

だが……この記録を見た我々の中に、
システムへの僅かな疑念が生まれた。』

そう言うと代表体は
モニターに映し出された
クロノスの中枢部を一目してから
音声で話し始めた。

「我々のような行き止まりに至る前に、
彼らに伝えてほしい。

我々自身の意志として、
君たちに未来を託したい。」

大地は無言で頷き、
水原と共に
NOAへと乗り込んだ。

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