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『Time of Ring』(第十稿)Part.5

第五幕:地底世界

紀元前数万年。

氷河期が到来しつつある
古代の南極大陸。

荒れ狂う猛吹雪の中、
リニアモーターカーを大きくしたような
大型のタイムマシン『NOA』が
氷床の上を轟音を立てて進んでいた。

NOAは、数万年単位で
時間を遡ることが出来たが、
それでも南極大陸が
氷に覆われる前まで遡るには
何度もジャンプする必要があった。

また、
座標誤差が大きかったこともあり、
長旅になることが想定され、
船体の後部には、
食料などの物資を満載した
大型のコンテナルームが
据え付けられていた。

大地は操縦桿を握りながら、
隣の席で
黙々とブラスター(光線銃)の
手入れをしている水原に目を向けた。

彼女の横顔には、
獲物を狙う猟犬のような
鋭く、どこか危うい熱が宿っていた。

「……随分と念入りだな。
自動運転中だから事故らないとは思うけど、
ちゃんと見て無くていいのかよこれ」

大地が声をかけると、
水原は銃のエネルギー・カートリッジを
カチャリと装填し、冷たい声で答えた。

「奴らの『巣』の中心に乗り込むのよ。
生半可な覚悟じゃ、生きて帰れないわ」

数時間後、
NOAのセンサーが、
氷のクレバスの奥深くに隠された
巨大な人工のゲートを捉えた。

「着いたわ。

ここから先は徒歩よ」

二人はコンテナから
雪中迷彩の装備を取り出し、
猛吹雪の中へと飛び出した。

ゲートの周辺には、
純白の完全密閉スーツを着た
レプティリアンの警備部隊が
何人か巡回していた。

あの2126年のディストピアで、
容赦なく人々を殺戮していたのと
同じ姿だった。

「俺が背後から気絶させて、
奴らのスーツを奪う——」

大地が作戦を口にするより早く、
水原が雪を蹴って飛び出していた。

「なっ、水原!?」

彼女の動きは、
一切の躊躇がなかった。

警備兵の死角に滑り込むと
同時にブラスターを抜き放ち、
正確無比な射撃で
二体の関節部を撃ち抜く。

倒れ込んだ敵の胸ぐらを掴み上げると、
一切の感情を交えずに
至近距離からとどめを刺した。

無駄のない、
だが異常なほどの
「殺意」に満ちた動きだった。

「……早くスーツを剥ぎ取りなさい。
凍るわよ」

振り返った彼女の目は、
恐ろしいほどに据わっていた。

大地は息を呑みながらも、
無言で敵のスーツを奪い、
変装を済ませた。

分厚いゲートをハッキングして
潜入した地下都市アガルタは、
白亜の幾何学的な建造物が並ぶ、
完璧な無菌空間だった。

だが、二人が潜入した
最下層の地熱採掘エリアには、
全く異なる光景が広がっていた。

そこでは、水色の鱗を持つ
小柄なレプティリアンたちが、
過酷な採掘作業を強いられていた。

突然、地鳴りと共に
大規模な落盤が発生し、
数人の水色のレプティリアンが
巨大な岩の下敷きになった。

「おい、助けないと……!」

大地が思わず駆け寄ろうとしたが、
純白のスーツを着た支配層の現場監督たちは
見向きもしなかった。

「非効率なロスだ。
生存確率ゼロ。
作業を続行しろ」

だが、生き残った
水色のレプティリアンたちは違った。

彼らは監督の目を盗み、
岩の下敷きになった仲間たちの前で、
悼むように頭を垂れ、
その凄惨な現場を
小さなホログラム装置に記録して
涙を流していたのだ。

「あいつら……
俺たちと同じように、
仲間の死を悲しんでる」

大地が呟いたその時。

『侵入者ヲ検知。

イレギュラーなバイタルサイン。

排除セヨ』

とつぜん警報が鳴り響き、
数十体の純白の警備部隊が
大地たちを取り囲んだ。

「見つかったわね」

水原は全く動じず、
奪ったブラスターの出力を
最大に設定した。

「道を開けなさい!
化け物ども」

そこからの水原は、
まさに鬼神のようだった。

遮蔽物を蹴り飛ばし、
圧倒的な数の敵陣へ
自ら突っ込んでいく。

敵のプラズマ弾が
彼女の頬を掠めても
一切怯むことなく、
冷酷なまでに正確な射撃で
次々と敵の頭部を撃ち抜いていく。

大地も慌てて援護に回るが、
彼女の戦い方には、
自分の命すら
どうでもいいと思っているような、
破滅的な怒りが渦巻いていた。

「水原、下がりすぎだ!

孤立するぞ!」

「邪魔しないで!

こいつらは、私の……っ!」

水原がそう叫んだ瞬間、
増援の部隊が駆け寄り、
水原を取り囲んで
ブラスタを構えていた。

その時だった。

チュウゥゥゥゥッ!

頭上の巨大な空調ダクトから、
耳障りな鳴き声が響き渡った。

直後、通風孔のカバーが
内側から弾け飛び、
無数の「黒い影」が
滝のように溢れ出してきた。

「なんだ!?」

それは、この地下世界で異常繁殖した
獰猛なネズミの群れだった。

突如現れた不衛生な獣の群れに、
純白のスーツを着た警備兵たちが
パニックに陥る。

ネズミたちは飢えているのか、
レプティリアンたちに群がって噛みつき、
施設内の配電ケーブルを
手当たり次第に食いちぎり始めた。

バチバチと火花が散り、
アガルタの照明が
不気味に明滅する。

「ひぃっ、スーツが破れる!」

外の空気に弱い彼らにとって、
それは銃弾以上の脅威だった。

「あら、照明の故障かしら。

空調機も音がしなくなったわ。

……これは好都合ね!」

そう言うと水原は
床に倒れてうめいている警備兵を踏みつけて
さらに奥へと進んで行った。

そして
敵のコントロールパネルを破壊し、
メインコンピューターの端末を
一気に引きずり出した。

ディスプレィをスキャンした画面には
次のように表示されていた。

『6600万年前、
我々の祖先は
大空から降ってきた
巨大な鉄の箱の中で難を逃れ、
進化を遂げた』

「……ここを壊滅しても意味はない。

すべての始まりは、白亜紀よ!」

「脱出するぞ!」

大地は弾幕を張りながら
水原の腕を掴み、
強引に引きずって
ゲートへと走った。

背後から迫る無数の銃弾を間一髪で躱し、
猛吹雪の吹き荒れる外へ飛び出す。

二人はNOAへと転がり込むと、
即座に緊急離脱のレバーを引き、
未来へと跳躍した。

光が収まり、
NOAは2156年の時間管理局の
格納庫へと帰還した。

激しい戦闘を終え、
息を切らす二人。

大地はヘルメットを脱ぎ捨てると、
水原を強い口調で問い詰めた。

「あの無茶苦茶な戦い方はなんだ!

死にたいのか!」

水原は答えず、
乱れた黒髪をかき上げて
視線を逸らした。

「……作戦は成功したわ。

データを解析しなきゃ」

彼女の頑なな態度にため息をつき、
大地は管理局の外へと出た。

少し頭を冷やしたかったのだ。

だが、大通りに出た大地は、
街の変化に足を止めた。

以前は無音で、
誰もが早足で歩くだけの
無機質な街だった。

だが今は、広場の片隅で、
一人の男が古いアコースティックギターを弾き、
歌を歌っていた。

そして、その周囲には
数人の人々が立ち止まり、
穏やかな顔で耳を傾けていたのだ。

「……音楽、か」

生存や生産性には
何の意味もない、
究極の「ノイズ」。

だが、大地が過去で救ったイザベラや
ヒュパティアの知識や感情の連鎖が、
確実にこの未来の社会に
「余白」を生み出していた。

「私の母が、
あんな風に歌う人だったわ」

背後から声がした。

振り返ると、
私服のコートに着替えた水原が、
温かいコーヒーの紙カップを
二つ持って立っていた。

彼女は大地にカップを一つ手渡すと、
ギターの音色を見つめながら
ポツリと語り始めた。

「……私が五歳の時、
母は私の目の前で、
レプティリアンの兵士に撃ち殺された。

私は瓦礫の中で
泣き叫ぶことしかできなかった」

大地の心臓が、大きく跳ねた。

2126年のディストピアで、
自分が命がけで助け出した、
あの泣き叫ぶ少女。

(水原が……あの時の子供だったのか)

「だから、私は時間管理局に入った。

感情を殺し、
システムに従ってでも、
奴らをこの歴史から
一匹残らず消し去るために」

水原は、コーヒーのカップを
強く握りしめた。

「さっきはごめんなさい。

奴らの白いスーツを見たら、
あの日の記憶がフラッシュバックして……
理性を失っていたわ」

「いいよもう。
あんたが怒るのも当然だ」

大地は温かいコーヒーを口に含み、
優しい声で言った。

「でもな、
音楽が戻ってきたこの街を見てくれ。

感情は無駄じゃない。

あんたが泣いて悲しんだことも、
絶対に無駄なんかじゃないんだ」

水原は驚いたように大地を見上げ、
やがて、張り詰めていた糸が切れたように、
少しだけ泣きそうな顔で微笑んだ。

「……そうね。

あなたの言う通りかもしれないわ」

だが、二人の穏やかな時間は、
端末から響いたクロノスの
無機質な合成音声によって破られた。

『アガルタのデータ解析が完了しました。

目標座標を6600万年前、白亜紀に設定。

ミッションを伝達します。

——巨大な鉄の箱に逃げ込んだ爬虫類の祖先を、
箱ごとプラズマ兵器で完全に焼き払いなさい』

大地は息を呑んだ。

白亜紀に行き、
小さな恐竜の幼体たちを皆殺しにする。

それがクロノスの弾き出した、
歴史を修正するための最適解だった。

「……焼き払うだと?

アガルタで見たあいつら(水色の種族)は、
仲間の死を悼んで泣いていたんだぞ!

それを、何も知らない幼体のうちに
焼き殺すのが正義なのか!?」

大地が怒鳴る。

だが、水原の表情は、
再び観測司令としての
冷徹なものに戻っていた。

「やるしかないわ、大地。

彼らをここで断ち切らなければ、
私の母のように、
何億という人間が殺される未来が
確定してしまう。

……これは、戦争よ」

彼女の目には、
悲痛な覚悟が宿っていた。

大地は反論の言葉を飲み込み、
重い足取りで巨大なNOAへと向かった。

すべての因縁に決着をつけるために。

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