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『Time of Ring』(第十稿)Part.3

第三幕:開かれた未来

強烈な光が収束し、
足の裏に滑らかな床の感触が戻った。

目を開けると、
そこは白く無機質な壁と、
高い天井を持つ
洗練された空間だった。

壁一面のガラス窓の外には、
青く透き通った空と、
近代的な高層ビル群が広がっている。

スモッグに覆われたディストピアは
そこにはない。

「転送確認。
生体反応、正常値に復帰」

背後から、氷のように冷たく、
よく通る女の声がした。

振り向くと、
黒いロングコートを着た
三十代半ばの女性が立っていた。

短く整えられた黒髪に、
感情の一切を排したような涼しげな目。

彼女は手元のホログラム端末から視線を外すことなく、
淡々と大地のデータを確認している。

そして部屋の奥の重厚なデスクには、
一人の男が座っていた。

「……藤堂、か?」

大地は目を疑った。

レザージャケットを着た
血気盛んな闘士だったはずの彼は、
上等なスーツを着こなし、
その髪と髭には
たっぷりと白いものが混じっていた。

顔のシワも深く刻まれている。

だが、その鋭い眼光だけは
当時のままだった。

「ご苦労だったな、大地。

あんたにとっては数時間前だろうが、
俺たちにとっては、
あの日から三十年が経っている」

「三十年……?」

大地が絶句すると、
コートの女性が淡々と補足した。

「タイム・ドラッグ(時間的抵抗)よ。

あなたが過去で
歴史を改変したことで生じたノイズが
未来に波及し、
空間が安定するまでには
物理的な冷却期間が必要だった。

AIクロノスは、歴史の波紋が収まり、
かつ、あなたの次の介入に
最も適した時代を計算して、
ここにあなたを実体化させたのよ」

ここは2156年。

大地の働きによって
14世紀の拠点が潰されたことで
未来は人間の手に戻っていた。

藤堂は今や、
歴史を監視する「時間管理局」の局長として
この世界を守っているのだという。

「……妹は、
あかりはどうなったんだ」

「案内するわ。ついてきて」

女性に促され、
大地は時間管理局のビルを出た。

あかりが保護されているという
中央医療センターへと向かうためだ。

外に出て、大地は改めて息を呑んだ。

空を飛ぶ車、清潔な白い舗装路、
緑豊かな公園。

人類は見事に生き延びていた。

だが、街を歩くにつれ、
大地は奇妙な違和感を覚え始めた。

すれ違う人々は皆、
清潔な服を着ているが、
誰一人として笑い合ったり、
雑談したりしていない。

全員が虚空の一点——
おそらく網膜に投影された
AIのナビゲーション——を見つめ、
機械のように一定の歩幅で歩いている。

ふと、大地の目の前で、
一人の子供が転んで
持っていたボールを転がした。

だが、周囲を歩く大人たちは
誰一人として足を止めず、
まるで障害物を避けるように
無言で子供の横を通り過ぎていく。

大地は咄嗟に駆け寄り、
ボールを拾って
泣いている子供に手渡した。

子供の母親らしき女性が
早足でやってきたが、
彼女は大地に礼を言うどころか、

「予定ルートから
12秒の遅れが発生しました」

と無機質に呟き、
子供の手を引いて去っていった。

「……なんだよ、この街は」

「クロノスの最適化システムのおかげよ」

女性が立ち止まり、振り返った。

「無駄な感情の起伏や非効率な行動は、
社会全体の生産性を下げる。

生き残るために、
クロノスが算出した完璧な秩序なの」

「人が転んでも助けないのが、
完璧な秩序だって言うのか?」

「ええ。
あなたの今の『予定外の行動』も、
システムにノイズを生む
無駄な振る舞いなのよ」

彼女の冷徹な言葉に、
大地は苛立ちを覚えた。

中央医療センターの厳重な無菌室。

そこには、
冷凍睡眠ポッドの中で眠る
あかりの姿があった。

だが、ガラス越しのモニターに目を移すと、
あかりの脳波データは、
未だ危険なノイズを発したままだ。

「奴らが免疫を失い、
地下に潜伏し始めた根本の原因は、
もっと遠い過去にある。

その『巣』を叩かない限り、
あかりさんは救われないわ」

女性はヒールを鳴らして歩み寄り、
改めて大地に向き直った。

「観測司令の水原由紀よ。

これからの作戦は、
私がナビゲートするわ」

どこか見覚えのある顔だった。

だが、それが誰なのか、
記憶の糸はうまく結びつかない。

医療センターから管理局へと戻り、

大地は水原のプライベートルーム兼、
作戦室へと通された。

部屋は持ち主の性格を表すように無機質で、
生活感が一切なかった。

水原が空間にホログラムを展開する。

「奴らの地下都市の正確な座標が必要よ。

観測データによれば、
古代のエジプトに、
地球の地下空洞の座標を記したという
『星図』が存在した形跡があるわ」

空中に、壮麗な石造りの図書館と、
一人の女性の姿が映し出された。

「紀元後415年、アレクサンドリア。

歴史上最大の図書館があった場所よ。

レプティリアンは
自分たちの痕跡を消すため、
暴徒を扇動して、
この図書館ごと星図を焼き払った。

あなたの任務は、
図書管理の責任者であった
天文学者のヒュパティアに接触し、
その星図を回収すること」

「わかった。

そのヒュパティアって
女性を助け出せば——」

「ダメよ」

水原は、氷のような声で
大地の言葉を遮った。

「史実では、
彼女は暴徒の手にかかって命を落とす。

彼女を助ければ、
歴史に致命的なエラーが生じるわ。

絶対に干渉しないで。

彼女を見殺しにしてでも、
星図だけを奪うのよ」

「……目の前で
殺されようとしている人間を
見捨てろって言うのか?」

「そうよ。

たった一人の命と感情を優先して、
この未来が消滅してもいいの?

あなたは14世紀でも、
余計な娘を助けて
無駄なリスクを冒したわ。

クロノスの計算に従いなさい」

水原の正論に、
大地は強く拳を握りしめた。

あの時、イザベラを助けなければ、
敵の弱点を知ることも、
修道院の裏口を見つけることもできなかった。

クロノスの計算にはない
「人間の繋がり」が
道を切り拓いたのだ。

だが、この冷たい眼をした
エリートエージェントには、
何を言っても伝わりそうになかった。

水原は、冷たい指先で大地の胸に
新しい言語翻訳デバイスを押し当てた。

「迷っている暇はないわ。
すぐに出発して」

あまりにも機械的な扱いに
大地は顔をしかめたが、
あかりを救うためには
立ち止まるわけにはいかなかった。

「……わかったよ」

大地は短く吐き捨てると、
青白い光を放つ時空のリングへと、
再び歩みを進めた。


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