『Time of Ring』(第十稿)Part.2
第二幕:秘密結社
転移中の暗闇は一瞬だったはずなのに
途方もなく長く感じられた。
大地がゆっくりと目を開けると
そこは鬱蒼とした森の中だった。
十四世紀、フランス・パリ近郊。
黒死病(ペスト)が猛威を振るい、
人々の命を次々と奪っていく
絶望の時代だ。
大地は、藤堂から渡された
粗末な修道士のローブを深く被り、
丘の上の修道院へと足を向けた。
クロノスの計算によれば、
この修道院が歴史の異常な歪み——
レプティリアンたちの潜伏拠点らしい。
重い木の扉をノックすると、
年老いた修道僧が現れ
中へと招き入れてくれた。
「旅の方、よくぞ参られた。
しかし外は、死の病が
蔓延しておりますゆえ……」
修道僧と暖炉の前で言葉を交わし、
情報を集めようとしたその時だった。
——ドガンッ!
物音に驚いて窓から外を見ると、
修道院の門が吹き飛び、
黒ずくめのローブと
異様な仮面を被った集団が
押しかけてきていた。
彼らの手には、
この時代にあるはずのない
鈍色の金属武器が握られている。
「な!
あなた方は……
ぎゃあっ!」
年老いた修道僧が、
一瞬にして切り捨てられた。
大地は習いたての体術で
迫り来る刃を躱し、
窓枠を蹴り破って
どうにか外へ飛び出した。
背後から追手が迫る中、
道端で荷車を引いていた
一人の若い女性と目が合った。
彼女の腕には
薬草の束が抱えられている。
「こっちよ!」
彼女に手を引かれ、
大地は森の中へと
命からがら逃げ延びた。
森の中をしばらく歩くと、
古びた小屋があった。
中に入ると、室内には、
強い薬草の香りが充満していた。
「私はイザベラ。薬師の娘よ。
修道院へ薬草を納品に行ってたの。」
イザベラはランプに火を灯し、
硬いパンと薄いスープを机に並べた。
「食べて。
お腹が空いているんでしょう」
大地の腹が、正直に鳴った。
未来の無機質な合成食とは違う、
粗末だが確かな人の手の温もりが
こもった食事だった。
薄明かりの中で見るイザベラは、
煤で汚れてはいるが、
芯の強さを感じさせる美しい女性だった。
大地は少しだけ胸の高鳴りを覚えたが、
すぐに首を振って自制した。
(俺はあかりを救いに来たんだ。
ここで羽目を外すわけにはいかない)
「俺は馬小屋で寝る。
助けてくれてありがとう」
大地はイザベラの家の中には留まらず、
外の馬小屋の干し草の上で丸くなり、
浅い眠りについた。
翌日。
ペストに苦しむ人々を
放っておけないというイザベラと共に、
大地は広場へと向かった。
彼女が人々に薬草を配るのを
少し離れて見守っていたが、
広場の空気が急に変容した。
昨夜の黒ずくめの男たちが、
いつの間にか群衆に紛れ、
イザベラを取り囲んでいたのだ。
「神を冒涜する魔女だ!
捕らえろ!」
「イザベラ!」
大地が駆け寄ろうとした瞬間、
死角から伸びてきた無数の腕に阻まれた。
体術で数人を殴り飛ばし、
あわてて路地裏へ駆け込む。
「うわっ!」
石畳に足を引っ掛けた大地は、
枯れた井戸の底へと落下し、
そのまま意識を失ってしまった。
数時間後、
頬に当たる冷たい泥の感触で目を覚ますと、
外はすでに夜になっていた。
大地は全身の痛みに耐えながら、
井戸の壁面の石の隙間に指をかけ、
必死に這い上がった。
井戸から出ると、
遠くの広場が松明の光で赤く染まり、
異常な騒ぎになっていた。
広場の中央には処刑台が置かれ、
イザベラはそこに縛り付けられていた。
そしてその足元には、
薪が山のように積まれている。
大地は群衆を乱暴に掻き分け、
処刑台の傍らで
息も絶え絶えになっている
ペスト患者に歩み寄った。
懐から取り出したのは、
藤堂に持たされた未来の薬——
強力な解熱鎮痛剤と抗生物質だ。
大地はそれを水に溶かし、
患者の口へ流し込んだ。
数分後、
患者の激しい呼吸が
嘘のように落ち着き、
異常な脂汗が
スーッと引いていった。
「……奇跡だ!」
するとその一部始終を見ていた群衆が、
一斉に大地の方へと詰め寄ってきた。
その混乱の中、
一人のみすぼらしい男が、
イザベラを処刑しようとしていた
仮面の男にすがりついた。
「どうか、私にもその奇跡を!」
貧民が力任せに男の服を引っ張った瞬間、
顔を覆っていた仮面が剥がれ落ち、
恐ろしい爬虫類の顔が
たいまつの火に照らし出された。
そして、樹脂製のスーツが
ビリッと破れる音がした。
「空気が、空気が入ったァァッ!!」
レプティリアンの男は
狂ったような声を上げて喉を掻き毟り、
広場の石畳を転げ回った。
ローブの隙間からは
オリーブ色の鱗が露出し、
それはみるみる黒く変色して
そのまま男は息絶えた。
(…服が破けただけで死んだ…
もしかしてこいつら
空気に弱いのか?)
大地は処刑台へ飛び乗り、
イザベラの縄を解いた。
「ありがとう……
あなたが奇跡を起こしてくれなかったら、
私は死んでいたわ」
イザベラが震える声で礼を言う。
「奇跡じゃない。ただの科学だ。
それより、あの修道院を叩く。
奴らの弱点は『外の空気』だ」
イザベラは少し考えてから、
目を輝かせた。
「……地下の水路からなら
忍び込めるかも知れないわ」
イザベラの案内で、
二人は修道院の裏手の
古いダクトの中を這い進んだ。
やがて辿り着いた真下の部屋では、
フードを脱いだレプティリアンたちが、
強力な大気浄化フィルターのそばで
密談を交わしていた。
大地はダクトの出口を蹴り破り、
部屋の中へと飛び降りた。
そして、部屋の隅にあった
重い鉄の燭台を掴み上げると、
奥の壁にはめ込まれた
巨大なステンドグラスに向かって、
渾身の力で投げつけた。
ガシャァァァンッ!!
色鮮やかなガラスが粉々に砕け散り、
そこから十四世紀の夜の空気が
室内へと一気に雪崩れ込んだ。
レプティリアンたちは
喉を激しく掻き毟り、
次々と床に倒れ込んでいく。
恐怖で人間を支配しようとした者たちは、
ただの空気によって呆気なく崩れ去った。
夜明け前の森の中。
二人は立ち止まった。
「一緒に行かないか」
振り返ってそうささやいた大地に、
イザベラは静かに首を振った。
「私はあなたが見せてくれたことを書き残します。
いつか、誰かが必要とするかもしれないから」
彼女の力強い決意を目に焼き付け、
大地はタイムマシンのスイッチを押した。
強烈な光が視界を包み込み、
中世の暗闇は完全に消え去った。



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