岩屋毅前外相「国旗損壊罪」法案採決を棄権 「刑罰で強制されるべきでない」〈コメント全文〉

2026年6月30日 16時23分 有料会員限定記事
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日本国旗を傷つける行為を罰する「国旗損壊罪」創設法案に一貫して反対してきた自民党の岩屋毅前外相は、30日の衆院本会議で行われた採決を前に本会議場から退席し、採決を棄権した。法案は、自民党と日本維新の会などの賛成多数で可決された。

自民党の岩屋毅前外相(資料写真)

岩屋氏は事務所を通じて、「党として決定された以上、党人として反対はしない。しかしながら、積極的に賛成することもできない」とのコメントを発表した。
岩屋氏のコメント全文は以下の通り。
   ◇   ◇
「国旗損壊罪法案採決における判断について」
本日、衆議院本会議において「国旗損壊処罰法」についての採決が行われましたが、私は棄権を致しました。
私は国旗を尊重しており、国民の皆さんにもぜひそうしていただきたいと願っております...

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    みんなのコメント4件

  • ユーザー
    ぶちお 7月1日8時49分

    北叟の笑いさん
    いい引用ですね。タイミングバッチリ。その通りですね。
    私は「一部の神経質な人たち」とは少し違って、もう少し三島に近いです。三島が「わざわざそれを愛するといふのが、わざとらしくてきらひである」理由は、以下の通りだと私は思っています。

    本来、「愛国心」という感情は、個人がそれぞれ内面で抱く感情であって、決して他人から、ましてや政治屋なんぞから強要されたり押し付けられたりするものではない、誰からも侵されることのない表にわざわざ表明するものでもない、
    表明させられるものでもない「内心の自由」です。決して犯すべからずの範疇です。だから、それを言葉にした瞬間にわざとらしいのだ、と思います。

    私は、「何となく虫が好かず、さういう言葉には、できることならソッポを向いてゐたい」訳でもない保守精神の持ち主です。が、「愛国心」という言葉を、政治屋たちが口にするとき、或いはその意図が透けて見える言動には、吐き気を催し、逆毛が立つほどの嫌悪感を抱く。
    おまえら政治屋ごときに、とやかく言われるいわれはないわ!と強く感じています。
    政治家ならば、岩屋さんの姿勢があるべき姿です。

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  • ユーザー
    北叟の笑い 6月30日20時51分

    三島由紀夫の「愛国心」という文章を引用します。

    実は私は「愛国心」といふ言葉があまり好きではない。何となく、「愛妻家」といふ言葉に似た、背中のゾッとするやうな感じをおぼえる。この、好かない、といふ意味は、一部の神経質な人たちが愛国心といふ言葉から感じる政治的アレルギーの症状とは、また少しちがつてゐる。ただ何となく虫が好かず、さういう言葉には、できることならソッポを向いてゐたいのである。(中略)愛国心の「愛」の字が私はきらひである。自分がのがれやうもなく国の内部にゐて、国の一員であるにもかかはらず、その国といふものを向う側に対象に置いて、わざわざそれを愛するといふのが、わざとらしくてきらひである。(後略) (初出:朝日新聞1968年1月8日『三島由紀夫全集』による)

    私は「一部の神経質な人たち」の一人かと思いますが、
    三島の意図は十分にわかります。


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    • ユーザー
      Саша 6月30日19時49分

      そもそも、国会議員、特に大きい政党や古くからある政党の議員ほど党議拘束に強く縛られていることがおかしい。
      自分の所属する政党であってもおかしいと思うことには反対するべきだ。

      党議拘束に縛られるなら、議員それぞれが採決に参加せずに各政党の党首やそれに準ずる者が所属する議員の人数分の票を賛成か反対に投じてしまっても結果は同じになってしまう。

      党が決定したことだからと反対票を投じられずに棄権してコメントを発するのは無責任に感じる。後から言い訳せずに堂々と反対票を投じてほしい。

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