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逆光/Novel by すずろ

逆光

907 character(s)1 min

散文のような虎日(虎+日) 本誌ネタ。
坪井さん(user/21911580)のFAに着想を得て書かせていただきました。

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「来てくれたんだ、日車」
 白く淡い光が射す病室の、パイプ椅子に座る虎杖は静かに笑う。その右手には果物ナイフが握られていて、左手には紅い林檎があった。ベッドは空っぽでシーツは丁寧に皺一つなく整えられている。
「林檎食べる?どうせ余っちゃうからさ、少し貰ってよ」
 するすると滑らかに剥かれていく林檎。皿の上に落ちる蛇のように赤い皮。あらゆる光景が非現実的だった。
「爺ちゃんはもう食べられないからさ。俺たちで片付けちゃおう」
 虎杖はいつも痛々しそうに俺に微笑む。本当は十五歳の少年らしく屈託なく笑っていて欲しいのに。
 蹲るモルモットのように切り分けられた林檎が白い皿の上に静かに置かれていく。ベッド脇の小さな棚には花が飾られていた。小ぶりな向日葵。少し花首をもたげて。
 爪楊枝を刺して差し出された林檎を俺は受け取る。口に運ぶ。酸味と甘味。ほんの僅かにしたたる果汁。
「俺と行こうよ。日車」
 血豆だらけの、それでいてまだ幼い手を差し出される。駄目だ。君と一緒には行けない。俺にはただ、この少年を何としても無罪にする義務がある。俺と同じ場所へは行かせない、決して。
 そう言葉を返したいけれども、こちらへ窓から射す光が余りにもまばゆ過ぎて君の光の輪郭しか見えない。


「俺はどうなっても構わない。でも彼には陽の当たる所をもう一度歩いて欲しい」
 ある夜、堪らずそう漏らした俺に日下部は何か物言いたげだった。だが敢えて気付かない振りをした。彼もそれ以上追及はしなかった。きっと面倒臭い男だと思っているだろう。


 死ぬのにうってつけの日。ただそれが今日だった。それだけの事だ。もう未練もない。
 ただ俺が死んだ後もきっと彼は俯いたまま林檎を剥き続けてそれが途切れる事はない。差し出された果肉の白い一切れ。
 生きようとする合間にそれは何度も繰り返される。いつまでも。虎杖が諦めない限り。


「日車は死にたいの?」
 その問いに応える日は恐らく来ない。
 どうか先へ、出来るだけ遠くへ駆けて行くといい。君がつくる新たな世界へ。戦いの時が来て共に降り立つ瞬間ですらも、俺は少年の目を見つめる事はできなかった。

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