せーので適当な電車に乗って好きに乗り継いで適当に終点目指したらどこにたどり着くんだろうな。一緒に行ってみる?日車。
そう切り出したのは虎杖だった。言われるままに俺はその提案にのった。魔が差したとしか思えない。てっきり相手にされないと思っていたのだろう。肯定の返事に一瞬呆気にとられた後虎杖はくしゃりと笑った。
それにしても、よもや最果てが海とはな。半日ほど電車に揺られた末に辿り着いた景色は余りにも感傷的で笑えてきてしまう。
終着駅で降りたのは俺達だけだった。駅舎と海辺は目と鼻の先で、晩秋の人気のない波打ち際を二人であてもなく歩く。砂浜にうら寂しい足跡が増えていく。
ここ、初めて来たはずなのに何か見覚えあるんだよな。虎杖がぽつりと呟いた。
「前に誰かと一度来た気がする、海。顔は知らないけどクラスメイトっぽい奴らと先輩達がいて、なんか知らんけど仲良さそうで。そうだ、今よりもっと寒い季節で、吐く息が白くて……皆がはしゃいでる姿を写真撮って、それで」
「虎杖」
気がつけば目の前の肩を掴んでいた。
「……どしたの、日車」
余程自分は思いつめた表情をしていたのだろう。戸惑う様な笑みを浮かべる虎杖の姿に我に返る。
何でもない、すまないと告げると変なの、とさして気にする様子もなく再び砂浜を蹴るように歩き始めた。
夕暮れの陽射しに煌めく鴇色の後ろ髪を見つめながら祈るように思う。
君は何も思い出さないでいい。君はそのままいつか大人になる。そしてつつがない日々が君の中を絶え間なく満たしていけば、こぼれ落ちるように俺の事などじきに忘れる。それでいい。あんな辛い記憶は二度と味わう必要はないし子供としての時間を今度こそ享受して生きて欲しい。
ただ俺が目の前から消えた時に、君の中にほんのわずかな傷痕が残って欲しいとどこかで願ってしまう。我ながらさもしい男だ。
気がつけばスーツのポケットからスマートフォンを取り出してカメラを起動していた。立ち止まって沖を眺める虎杖の横顔はどこか心許ない。潮風が頬を嬲るのがくすぐったそうだ。不意に彼がこちらを向いてファインダー越しに目が合った。やはり瞳が強くて綺麗だなと思いながらスマートフォンを持つ手を下ろす。
「……撮らないの?」
「ああ、いいんだ。すまない」
君をこんな小さな枠の中におさめるのは勿体無い。それに形に残してしまえば自分はまた未練たらしく君に囚われるだろう。気がつけば波が革靴を舐める程の場所にいた。
「なんで? あんたがしたいようにすればいいのに。いいよ、俺は」
困ったような笑顔で虎杖が手を伸ばし肩口に触れる。
「また変な遠慮して俺を置き去りにしないでくれよ」
突如腕を掴まれ強く引き寄せられる。バランスを失い飛沫を舞わせながら俺達は波打ち際に倒れ込んだ。仰向けに尻餅をついた体を波が絶え間なく洗っていく。
びしょ濡れじゃん。そういや初めて会った時もそうだったよな。覆い被さるように砂浜に手をついた虎杖が笑う。
「今度こそ連れて行ってくれよ、日車寛見」
「全部思い出したのか」
頷く虎杖をみつめながら眩暈をおぼえる。ずっと気付かないままでこの歪んだ世界で生きていけば良かったのに。俺が彼に干渉したからだ。やはり出会うべきではなかった。
体を起こされ、躊躇うように抱き締められた。二人分の濡れた服が重たい。
「心臓の音聴こえる? 俺の。生きてるんだよ。一度心臓とられちゃったけどさ。日車の音もちゃんと聴こえる。あんただって生きてる」
フードから覗くうなじに視線を落としながら互いの顔が見えなくて良かったと心から思う。ただこの背中に手を回せばいい。彼の思いに応えようとしなかった事を俺は多分死ぬまで後悔するだろう。
そう分かりながらも自分の両手は力無く宙を彷徨って少年の身体を受け止める事は出来なかった。