準備
パチン、パチンと音がする。
手頃なチラシの裏を使って、虎杖が爪を切っている。白い半月の柔らかい爪先を整えている。
「あ、やべ」
「どうした」
近くに寄り、何かあったかと様子を伺う。
「あー……ちょっと切りすぎた、そんだけ」
ずい、と翳された虎杖の手に目をやる。爪先がいつもより、多少短くなっただけで、怪我をしているわけではない。
思わず虎杖の手を取ってじっとみる。
「どしたん?」
「いや、君は手も綺麗だなと」
「ふは、急に口説かんとってよ」
笑い出す虎杖の手をまじまじと見る。少年から大人の過渡期を経て、男の手になった彼の手が、ふいに、自分の五指の隙間を握り込む。つい、昨夜のシーツに抑え込まれた掌と感触が同じで心臓が酷く跳ねた。
「何のために準備してるかわかるでしょ」
握り込んだ俺の掌をくるりと返して、手の甲にキスを落とす。
虎杖の瞳は、笑っていなかった。むしろ、冷厳な炎のようで、蕩けて骨も残らない気持ちになるから、思わず目を伏せた。首を伝う汗が、身体中の熱の集まりを予感させて恐ろしい。我ながら、とんでもない恋人を男にしたのだと思い知らされる。
「……準備をしているのが君だけと思うな」
「え」
己の上擦る声を呪ったが、虎杖が面を喰らったような顔をしている。ちょっとした意趣返しだと思い、言い返す。虎杖の耳元で。
「さっきシャワー浴びた。……待っている」
虎杖の頬に仕返しでキスを落とした。その瞬間、ぱっと繋がれた手が解ける。
「え、ちょ、まって日車」
ようやく年相応の顔が見れて面白い。先程とは売って変わって、赤面した彼の顔が初々しいと思い、健気で愛おしくなった。喉から笑みが溢れそうで参る。
「君こそ、この意味がわかるだろう」
そう言い残して、寝室に向かう。彼が、手間を必ずかける人間だと信じて一緒にいるのだから。
誰も見ていない寝室で一人、ベッドに身を投げ出す。シーツから、虎杖の匂いがする。陽だまりのような闊達さと憂いと甘さがある。安心を覚えた。先程まで、乾かした髪の先がまだ濡れている。シャワーを雨のように浴びた己の体に彼の指先のかたちを記憶のなかでなぞらえた。昨夜の熱に浮かされたこの身を冷やすために頭から水を被った体が今は、酷く熱に拠り、物憂い。
寝室の扉が、ゆるやかに開いた。準備を終えた二人がこの部屋に揃う。覆い被さる彼の指先に惹かれるように恥じながら絡めていく。
「……今日さ」
緊張した虎杖の声色が、耳元で囁かれる。
興奮と期待と支配欲に労り、あらゆるものを内包し、呟く。
「すっごい日車にグッときちゃったから、あんまり優しくできんかも」
目を合わせていないのに、先ほどの瞳に宿る炎がめらめらと燃えているように思う。
絡んだ掌に、端正な虎杖の爪先をみて、己のために磨かれ、準備された指先に俺は身を委ねることを決めたのだった。