昨晩、自分が何に苛立っていたのかがようやく分かった。この一件である。
佐藤二朗さんが橋本愛さんの顎に触れたというハラスメント疑惑が報じられ、記事にもなっている。
その後、佐藤さんは「過去の心の傷は最大限尊重されるべき社会だと心から思うが、トラウマがあって夫婦役を演じるなら、事前に状況を相手に共有すべき。その状況が続くのであれば、俳優を続けるべきではない」という趣旨の発言をしたとも報じられている。
元俳優としての俺の視点から言えば、これは極めて真っ当な指摘だと考える。
俺がお芝居の師匠から言われ続けてきたのは、「役者とは決して輝かしい仕事ではない。どれだけ売れても天狗になってはならない。どこまで行っても河原乞食と変わらないと思え」ということだった。
「演出上必要とあれば、監督や演出家から『虫を食え』と言われれば虫を食い、『泥を啜れ』と言われれば泥を啜る。親の死に目には会えず、仮に大切な人が亡くなったその日であっても、舞台の本番で『こんなに素晴らしく嬉しい日はない』というセリフがあるなら、満面の笑みで精一杯の嬉しさを表現しろ。男を愛せと言われれば男を愛し、犬になれと言われればカットが掛かるまで犬になれ」と。
俺が現役だった頃に比べれば、今の現場は相当優しくなっているのだろう。当時は聞くだけで反吐が出るような話はいくらでもあったし、アニメ『推しの子』で描かれるようなドロドロとした話を5倍は煮詰めたような現実もあった。労働基準法など皆無の世界だった。
それらすべてを「正しい・良し」と言うつもりは更々ないが、役者とはそれほどの覚悟を持って臨まないと容易に心が壊れる職業だと俺は考えている。
ましてや「本番中に顎に指が触れた」というのが発端だというが、だからどうした、という程度の話だ。その状態が続くのであれば「俳優を続けるべきではない」という佐藤さんの指摘は、至極真っ当である。
一度板の上に上がり、芝居が回っているならば、そこには男も女も、先輩も後輩もない。ただ作品の駒であるべきであり、観てくれている人に最高のものを届けるという気概を持つべきだと思う。
佐藤二朗さんは収録期間中に、自分から「降板させてくれ」と願い出たそうだ。これが役者にとってどれほど重大な決断であるかは、実際に経験した者でなければ分からないことだと思う。
現場でお会いしたことはないが、本当に優しく、周囲への気遣いに溢れていると評判の佐藤二朗さんを、俺は1000%支持する。
佐藤二朗の所属事務所『文春』ハラスメント報道に反論「真実を知っていただきたく」【全文】
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