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yhw********

現在45歳男性です 私はコロナワクチンを打ちませんでした 勤め先の部署30人中打たなかったのは私を含め2名(1人は20代男性) ワクチン接種調査票が配られ 「いつ接種するのか、接種したのか、家族は?」 そこに接種しない選択肢は無い雰囲気でした 私は接種予定は無しと記入提出しました 職場にコロナ接種カレンダーが作られて それに合わせて勤務表すら作られました その間周りは1回目2回目と接種が続き体調不良者が続発、20歳の同僚が心筋炎で1か月入院で ついにコロナカレンダーは撤去されました 最後に上司からコロナワクチン打たなくて良かったなと言われ同僚から白い目で見られたのは思い出になった出来事でした ただ当時コロナが今みたいに収束するなて思いもしなかった それはコロナワクチンによる多大な犠牲もとい協力があったからこそ 私みたいなワクチン未接種者が安心して暮らせる世の中にしてくれたのは感謝しかない

返信17

  • cwo********

    >「副反応は数日で必ず治ります」 大半の副反応は短期間で回復することが確認されていますよね。 当初から重篤な副反応や遷延例の可能性も添付文書や接種説明書で注意喚起されていました。 「必ず治る」と書かれた公的資料は存在しません。w 単なるデマですね。w >そのまま鵜呑みにすることはなかったと思います。 それを言うなら、反ワク主張は『デマだらけ』ですよね?w 「方法的懐疑」が聞いて呆れます。ww 知ったかぶりは、恥を掻くだけですよwww

  • cwo********

    >「42万人が死ぬ」 流行初期の死亡予測は、対策を講じなかった場合や一定の前提条件を置いたシミュレーションです。 予測は将来を断定するものではなく、ワーストシナリオを想定した政策判断のための条件付き推計です。 >「今回のワクチンは2回で十分」 当初得られていた臨床試験や免疫学的知見に基づく、政策的な暫定判断です。 その後、免疫の減衰や変異株の出現に伴い追加接種へ方針が変更されたことは、むしろ科学的根拠に基づき結論が更新された証拠でもあります。 >「有効率95%」 95%という数値は、初期臨床試験における発症予防効果を示した結果です。 誤りでも何でもありません。 >「感染そのものを防ぎます」 初期株に対し感染リスクを低下させる効果は確認されていました。 その後、感染力や免疫逃避能力の高い変異株の出現により、感染予防効果が低下しただけです。

  • cwo********

    >哲学者デカルトの手法「方法的懐疑」を使えば、 ・・・ 喧伝を数々をそのまま鵜呑みにすることはなかったと思います。 これは非常に恥ずかしいコメントですね。w René Descartes(1596–1650)の「方法的懐疑」は、偏見や謬見、真実らしく見える事柄を含め、少しでも疑う余地のあるものはいったん退け、疑い得ない確実なものを基礎として確実性を高める思考法です。 思考プロセスは、  ・感覚の懐疑(錯覚・誤認)  ・現実の懐疑(夢の議論)  ・理性の懐疑(悪霊仮説) という段階を経て、疑い得るものは真と認めず、疑い得ないものだけを思考の出発点とします。 Descartesは、この徹底した懐疑の末に、"ego cogito, ergo sum"(我思う、ゆえに我あり)という「哲学の第一原理」に到達しました。

  • fwb********

    哲学者デカルトの手法「方法的懐疑」を使えば、「42万人が死ぬ」「今回のワクチンは2回で十分」「有効率95%」「感染そのものを防ぎます」「副反応は数日で必ず治ります」などの喧伝を数々をそのまま鵜呑みにすることはなかったと思います。

  • cwo********

    あらゆる「自由」には、常に「責任」が伴う。 哲学においても、倫理学においても、自律の伴わない「放題」は『自由』とは呼びません。 反ワクが「圧力」と呼ぶものは、『自由』と引換えに負担すべきコストでしかありません。 『自由』と履き違えた「放題」のみ主張し、社会的責任を果たさない者が、社会の隅に追いやられるのは当然ですよね。 社会基盤を担うにしても、利益を追求するにしても、組織にとってそうした者は必要ありません。 私の職場には居ないし、居たとしてもすぐに排除されるでしょう。 残念ながら、ヤフコメで声高に反ワクを叫ぶのは、そうした者達ですよね。 反ワク諸君は、もう少し自分達の立場を考えて発言されてはどうですか?

  • cwo********

    経営にとって、業務継続対策上、接種履歴の把握は当然の措置です。 私の所属ではワクチンの種類、2回目の接種時期まで把握していました。 職員も当然のこととして受け入れ、「強制」などと受け止める者は一人も居ませんでした。 ワクチンを接種しない者は、感染リスク、重症化リスクが高いのみならず、組織にウイルスを持込み、スプレッダーになる可能性が高くなる。 リスク管理上、そんな者に要職やクリティカルな業務を任せられるはずがないですよね? 新型コロナの蔓延は、危機時における業務に対するリジリエンス (逆境に折れることなく、しなやかに回復する能力)、職責を果たす能力が試される機会になった。 リジリエンスを示し、職責を全うした者が相応に処遇され、理由なくできなかった者がラインから外された、それだけです。

  • cwo********

    >私は打ちたい人は打つ、打ちたくない人は打たなくて良い、そういう考えです。 別に否定してませんが。 >打ちたくない人までに強制のように打たせる、責任感だなんだと、最悪命に関わる可能性もある医薬品の接種を押し付けるのが問題だと思っています。 誰も強制などしていませんよ。 打ちたくない人は打たなければいい。 打たない自由は保障されています。 しかしこれがどうして、「強制のように打たせる」に飛躍するのですかね?

  • nub****
    nub****

    >もとより個人の感染予防努力を否定する理由にはなりませんね。 否定していませんが? 私は打ちたい人は打つ、打ちたくない人は打たなくて良い、そういう考えです。 打ちたくない人までに強制のように打たせる、責任感だなんだと、最悪命に関わる可能性もある医薬品の接種を押し付けるのが問題だと思っています。 個人が打ちたい、打とうと思うなら自由です。

  • cwo********

    >治験に参加できる人を確保するのが大変そうでした。 治験参加者の確保が難しくなることはあり得ます。 しかし、それは緊急時に有効性が確認されたワクチンを希望者へ迅速に提供する公衆衛生上の必要性と両立を図るべき課題です。 治験の困難さだけで接種判断全体を否定する根拠にはなりません。 >まるで集団ヒステリーのように同じ方向に突っ走ってしまうと、新しいもの新しい考えも生まれなくなってしまうのでは。 新しい技術や知見は、批判や検証を受けながら発展するものです。 実際に複数のワクチン技術、生ワクチン、不活化ワクチン、組換えタンパクワクチン、mRNAワクチンなどが並行して研究・実用化され、接種開始後も比較検討を行う中で、安全性評価や接種方針の見直しが継続されました。 科学的な検討が停止したのではなく、継続的な検証が行われた証拠です。

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