座礁 鮎川捕鯨破産(上) 衝撃 地元資本の消失、危機感

 石巻市鮎川浜の鮎川捕鯨が6月26日、自己破産を申請した。国内有数の捕鯨基地から地元資本の事業者が姿を消すことになる。「クジラのまち」のシンボルの突如の「座礁」。関係者や地域住民には驚きと動揺が広がり、伝統産業の行く末に不安を募らせている。

かつて捕鯨基地として栄えた石巻市鮎川地区。東日本大震災の津波で甚大な被害を受け、新たなシンボルとして「おしかホエールランド」や捕鯨船が再整備された

 「小さい頃から身近だった。まさかなくなるなんて」。鮎川地区で鮮魚店を営む女性(72)は肩を落とした。

 鮎川捕鯨は2008年設立。大手事業者が鮎川地区から撤退したことを受け、地元の「戸羽捕鯨」「日本近海」といった捕鯨業者などが経営統合し、事業基盤を引き継いだ。

 女性は約15年前に鮮魚販売を始めた。地区内に事業所を置く外房捕鯨(千葉県南房総市)とも取引するが、ツチクジラは鮎川捕鯨だけが地元に水揚げしていた。「新鮮なツチクジラはもう食べられない。地域にとっても痛手だ」と嘆いた。

■街に都会の風

 地区の近代捕鯨の歴史は120年前にさかのぼる。最初の業者が進出した1906年に本格的に始まり、50年代には国内屈指の捕鯨基地として栄えた。

 「岸壁に捕鯨船がびっしりと並び、街には都会の風が吹いていた」。60年以上捕鯨に携わり、日本近海や戸羽捕鯨にも勤めた地元の奥海良悦さん(85)が回想する。

 70年代に入ると国際捕鯨委員会(IWC)の規制が強化され、捕鯨会社の撤退や縮小が相次いだ。日本は87年に商業捕鯨から撤退。地区の人口も減少の一途をたどった。それでも、地元捕鯨会社の存在がクジラのまちの歴史をつないできた。「地元の会社がなくなるのは、先達が積み重ねてきた心や技術もなくなるということ」。奥海さんは寂しそうにつぶやいた。

■地域にも貢献

 鮎川捕鯨は学校給食への鯨肉提供や全国鯨フォーラム開催への協力など地域貢献も果たしてきた。石巻くじら振興協議会の斎藤富嗣会長(66)は「捕鯨文化を支えてきた。地元の誇りだった」と語る。自己破産を「残念だ。悲しい」と惜しみ、「捕鯨文化の灯をともし続けられるよう、地域で何ができるのか模索したい」と話した。

 市水産課の阿部文彦課長(53)は「地元資本の会社がなくなれば、いつか捕鯨産業が終わってしまうかもしれない」と危機感を高める。自身も鮎川地区出身で、栄華の時代を聞いて育った。「衰退はしても、産業が継続していることで町のアイデンティティーを保ってきた」と強調。「鮎川に唯一残る外房捕鯨には、ここでずっと事業を続けてほしい」と願った。

※(下)は3日に掲載予定。

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