第25話 家事スキル持ちの救世主

「泊めていただいたお礼に、なにか手伝いたいです」


 翌朝。


 昨夜、ついでに買っておいた朝食用の食パンをかじっていたところ、暦がそのようなことを言い出した。


 なお、食パンには何もつけていない。


 プレーンと言えば聞こえがいいので、プレーンと呼ぶことにする。


 正直なところ、この先、彼女の扱いをどうするかはかなり困っていた。


 なので、少し時間が欲しい。


 その意味でも、彼女の申し出はありがたかった。


 家を失った女の子に、「雨はやんだから出ていけ」と言えるような畜生ではないのだ、俺は。


 まだ部屋には余裕がある。


 いや、かなりギリギリだ。


 部屋数ではない。


 倫理観というか、構図の問題である。


 女三人、俺一人。


 ……コアちゃんはダンジョンだが、女としてカウントさせていただいた。


 もし男だったら?


 俺は、自分の性癖を相手に裁判を起こすことになるだろう。


 とりあえず、暦の今後が決定するまでは家に置いておこうと思う。


 さて。


 そんなわけで、本日は内政である。


 このままコンビニ飯を軸に生きていたら、我が家のエンゲル係数は凄まじいことになってしまう。


 加えて、補修箇所の確認も必要だ。


 この家は、見た目からして限界集落出身みたいな顔をしている。


 住む人数が増えた以上、どこが壊れていて、どこまで使えるのかを把握しておかないと怖い。


 なので今日は、徹底的に補修箇所の確認を兼ねた大掃除と、調味料、食材、女性陣の生活用品の買い出しをすることに決定した。


 いつまでも俺の衣類を部屋着にするわけにもいかないだろう。


 ……ワイシャツを返してほしいと言ったときの暦の動作が、なにやら怪しかったが。


 俺のワイシャツ、臭かったのだろうか?


 洗濯もちゃんとしないとな……。


 生活費として死守していた虎の子の十万円も、この際、拠点整備費として解放する。


 十万円だけで生きるのは、もうあきらめた。


 赤字になってもいい。


 ここは投資と割り切る。


 さぁ!


 拠点の改修の開始だ!


  ◇


 さて、太陽はすでに頂点から少しだけ西に傾いている時刻。


 俺たちは、うどんを啜っていた。


 三人分で百二十円。


 うどんのコスパ、素晴らしいな。


 内政はどうした?


 第一段階は、もうほとんど終わってしまったよ。


 うん、そう。もうほとんど終わってしまった。


 浅葱暦。


 彼女は、まさに我が王国に必要な人材だった。


 掃除のときの指示出し。


 家の中で補修が必要になりやすい箇所の確認。


 洗濯。


 昼食に最低限必要で、なおかつ調味料が少なくても問題なく、茹でるだけで完成するうどんのセレクト。


 家事のエキスパートである。


 というか、スーパーに売っている食材の価格をおおむね記憶しているらしく、夕方の買い物でも役に立ってくれることは間違いない。


 補修箇所なんて、なんで分かるのだろう。


 聞いてみたら、漫画の背景の作画上、建物の色んな部分、それこそ普段なら目を向けない場所もきっちり取材しており、そこからの経験則で導き出したのだという。


 天才かな?


 そんなわけで、怒涛の家事パートは終了。


 あとは買い物ミッションを終えれば完了……なのだが、暦曰く、今日は午後六時に食品の夕方セールみたいなものがあるらしく、それに合わせて買い物をしたほうがよいという意見が出た。


 本当に頼りになる。


 結婚するなら、こういう子がいいのではないだろうか?


 というわけで、ぽっかりと時間が空いた。


 うどんを食べ終え、コアちゃんを見る。


 コアちゃんは、暦がうどんを食べるかどうか聞かれたとき、いらないと即答していた。食べる必要がないと判断したのだろう。


 ただ、どこか物欲しそうにこちらを見ている。


 腹を空かせているのだろう。


 その様子を暦が気にしている。当たり前か。一人だけ昼食を食べず、そのくせ腹を空かせた子供のようにこちらを見ているのだ。


 そろそろ、欲望を与えなくてはならない。だが暦がいる。どうしたものだろうか。


 そんなときである。


「のう、主よ。その娘の欲望も食べてみたいのじゃが」


 コアちゃんが、とんでもないことを言い出した。


「駄目だ」


 反射的に言葉が出た。


「あの、欲望を食べるって……?」


「知らなくていい」


 つい、語気が強くなってしまった。


「あ、すみません……」


 暦が顔をそらす。


 やってしまった。


 空気が重い。


「いや、お兄さん。そんなの拒否しなくてもいいんじゃない?」


「倒れたお前が言うのかよ」


「誤解してるかもしれないから言っておくよ? 私が倒れたのは私のせい。むしろ、コアちゃんは止めてた側だからね?」


 その情報は初耳な気がする。


「そうなのか?」


「う、うむ。じゃが、本人が言うのであれば、妾は止めることはできぬから……」


 コアちゃんは断らない。


 それは事実なのだろう。


 だが、コアちゃんはもしかすると、欲を食べ尽くして魔物を殺してしまった経験を、負い目として記憶しているのかもしれない。


 そういえば、前にその話をしていたときも、表情が暗かった気がする。


 少し考え、俺は暦に向き直る。


「これから話すことを聞いたら、俺たちは暦を離すわけにはいかなくなる」


 暦が、こちらを見る。


 前髪の奥で、大きな目が揺れた。


「場合によっては、かなり厄介ごとに巻き込まれるかもしれない」


「話してください」


 台詞を被せるように、そう言われてしまった。


 彼女は、すでに居場所を失っている。


 鐘々といい、彼女といい、居場所を失った異形の社会的な立場がどれだけ悪いかを知っているのだろう。


 新しい居場所になるかもしれない。


 そこから離されることのほうを、彼女は恐れている。


 そう見えた。


 少なくとも、俺にはそう見えてしまった。


「わかった。ついてきてほしい」


 俺は立ち上がる。


「コアちゃん、行くぞ」


「話は決まったようじゃな」


「え、あの……」


 戸惑う暦に、俺は言った。


「見せたいものがある」


  ◇


 どこまでも続く地平線。


 青々とした草原。


 雲ひとつない青い空。


 爽やかな風が、顔を隠していた髪をかき分け、大きな瞳に広大な世界を焼き付けていた。


「すごい……」


「ああ、そうじゃろう。そうじゃろう」


 感動する暦の横で、コアちゃんが得意げに胸を張る。


 昨日よりも、草原の青みが少し濃くなっている気がした。


 しっかり栄養を取っているからだろうか。


「あの、これってダンジョンですよね?」


「ああ。そして、このダンジョンの管理者がコアちゃんだ」


「管理者というか、妾がこのダンジョンそのものであり、この身体は駆たちと対話するための端末じゃ」


「端末……つまり、あれですか? 例えば、巨大な宇宙戦艦のナビゲートキャラクターみたいなやつ」


「あー、たぶんそう」


 そういえば、暦は漫画家志望だった。


 このようなファンタジーな状況を、自分の知っているジャンルに当てはめて噛み砕くのがうまい。


「ダンジョンにもナビゲートキャラクターっているんですね……」


「妾が特別なだけじゃ。この身体は駆が作ったものじゃ」


「えっ」


 暦の視線が、明らかに変わった。


「誤解するような言い方をするんじゃない。見る目が明らかに変わったじゃねーか」


「だが、事実じゃ」


「事実だが、誤認させる言い方をするのはよろしくない。……とりあえず、分かりやすく言えば、コアちゃんはかなり特殊なケースだと認識してくれ」


「は、はぁ……」


「で、コアちゃんがダンジョンから独立した端末になったことで、このダンジョンでは、普通のダンジョンではできないことができるようになっている」


「分かりやすく見せてあげたら?」


 鐘々が言った。


「そうだな……コアちゃん。俺の欲望から、うどんを作ってみてくれ」


「うむ、心得た」


 べしゃり。


 草原に、腰がなく、太さも一定ではないうどんの出来損ないが落下した。


「……まあ、こういうことだ」


「いやいやいや、なんでうどんだけ作らせたの? 器もないし、ていうかこれ食べられるの? ねぇ?」


 鐘々が即座にツッコんだ。


「うるさいな。いいんだよ。できたんだから、これで」


 まあ、俺も想像力が足りてなかった。


 というか、なんでうどんを出したんだろう。


 さっき食べたからかな?


「えっと、これは……?」


「コアちゃんは、願いを叶えてくれる。ただし、それには俺たちの欲望を消費する。出来上がるものは、願いをした人の想像力次第……ってところだ」


「すごいですね……あの、欲望を消費するというのは……?」


 なにやらメモを取り出して、色々と書き始めている。


 ネタ帳か?


 まあ、止める理由はない。


 仮に拾われても、絵空事だと一蹴されるだけだろう。


「ダンジョンは生きている。生きている以上、食べ物が必要だ。その食べ物が、俺たち生き物の欲望ってことらしい」


「なるほど……」


 メモを書く手が止まらないな。


「コアちゃんは欲望を食べる。そのまま食べるだけでも栄養になる。けど、相手が何かを望めば、その欲望を元手にして、願いに近いものを返してくれる。店でお金を出したら、商品が出てくるみたいなものだ」


「つまり、願いを叶える代わりに、欲望を受け取る……?」


「ざっくり言えばそうだ。共存関係だな。だが、食われ過ぎると……」


 そこで、俺は鐘々を指差す。


「ああなる」


「えっと、どういうことですか?」


「いいか? あいつは今、真の鐘々じゃあない。比較的人間になった鐘々だ。真の姿は金銭欲の魔神だ。気を付けろ」


「あの、ひどいこと言ってない?」


「とにかく、欲望を食われ過ぎると倒れる。最悪、死に至る。詳しいことはあとで鐘々に聞いてくれ」


「いや、死ぬ前提で説明しないでほしいんだけど」


 鐘々が抗議してくるが、実際に倒れた人間の言葉に説得力はない。


 俺は暦に向き直る。


「だから、俺は浅葱さんに試させたくなかった。少なくとも、軽い気持ちでやっていいことじゃない」


 暦は、しばらくメモ帳を見下ろしていた。


 それから、ゆっくり顔を上げる。


「私は……試してみたいです」


「浅葱さん」


「私、役に立ちたいんです。お願いします」

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