もっと描いてもらっておけばよかった。
AIアートの話である。
今ではAIがイラストやアニメを描くことに、何の違和感もない時代になった。
でも、2〜3年前のAIは違った。
まだ「生まれたばかり」のような、不思議な雰囲気があった。
私が特に好きだったのは、「AIピカソ」というアプリだ。※現在はサービス終了
テーマを入力するとAIが絵を描いてくれるのだが、その世界観が好きで、このブログでも何度も記事にしたくらいハマっていた。
何が良かったのか。
「夢みたいな絵」を描いてくれたことだ。
それっぽいのに、どこか惜しい。
人間のようで人間ではない、現実にありそうで存在しない何か。
不安になるほど気持ち悪い絵を描く才能が、あの頃のAIにはあった。
ところが、その後AIは急速に進化した。
今では本当に絵のうまい人が描いたような、美しくリアルな作品ばかり描く。
もちろん技術としては素晴らしい。
でも私は、「初期AIアート」とでも呼ぶべき、あの時代そのものが終わってしまったことを少し寂しく思っている。
だから後悔している。
もっと描いてもらっておけばよかった、と。
残しておけばよかった、と。
時代は戻らない。
「もっと」と思うのは、いつだって終わってからだ。
【完】
【オマケ】
試しにChatGPTに、上記4枚の画像を見せつつ、
「昔のあの頃のAIのような、夢みたいで、おぼろげなAIアートを描くことはできる?」
と聞いてみた。
すると、描いてくれたのがこちら。
……違うのだ。
そうじゃないのだ。
確かに、これは私が見せた見本の雰囲気には寄っている。だが、そういうことではない。
人間に例えるなら、「絵が上手い人が、あえて下手くそに、不安な絵を描いた作品」なのだ。
わざとらしいというか。
狙って描いた、あざとい絵。
私が求めているのは、それではない。
もっと根本的に、絵がまだ上手くない人が、一生懸命うまく描こうとしているのに、技術が追いつかず、結果としてどこかおかしくて、不安で、未完成な絵になってしまった──そんな作品なのである。
あの頃のAIアートには、それがあった。
だからこそ惹かれた。
そして、それはもう二度と戻ってこない。
当時の公開モデルなら、今でも使えるだろ
そんな事よりも、もっと憂う事があるだろうに。
それは、やがて人間が自身の手で絵を描いていた時代が終わり、もう二度と帰ってこない事だ。