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僕は年輩の方と仕事するときは電話には出ない。そしたらメールでやりといしようという人だけが残る。電話だけしか使えない人だと、自分本位の話をダラダラ長時間聞かされたあげく、いつまでも終わらない仕事が生まれる。









国歌を歌うこと自体は政治的な意味を持つものではありません。戦後、国歌や自衛隊をことさらに『政治的』と結びつけて批判してきた勢力のロビー活動の影響を感じますが、今回もその延長線上の過剰反応ではないでしょうか。森友の問題と並べるのは、単なるレッテル貼りに見えます。


戦後、教育勅語も国歌さえも右翼というレッテル付けに成功した左翼勢力はどれだけロビー活動がうまかったのだろうと感服する。 もう少し時代が進んで、テレビ世代の人口(団塊ジュニアのチョイ下まで)が薄くなるまで、この影響は続くだろう。








露出の高い服を着て仕事をしていることは、男性の弱点を突いた、弱者相手の商売であるという認識がもう少し経てば広がってくるんじゃないかと思っている。

サブリミナル効果を使った広告は禁止されている。 なぜか、それは抗えないから。

同じように性的本能を刺激する広告が禁じられる日が来るかもしれない。

今は表現の自由に抵触する可能性があるから触りにくいが、人間の本能を軽んじ、理性を信用しすぎている風潮はやがて尊重されるようになるかもしれない。



もともと 『「私はすごいです!」という日本人はすごくない』 というのは一般常識

最近はちゃんと自己アピールしましょうね、というのが根付きつつあるけど、まだまだ一部の意識高い系の人達のみの常識

いい話を持ってくるのは詐欺師 デカくてキラキラした時計をしているのは詐欺師 高級ホテルのロビーで待ち合わせるのは詐欺師 有名人と知り合いだというのは詐欺師

そして、 自称専門家は詐欺師っぽい 専門家より家族や友人を信じるのは不自然ではない YouTuber は身近な友人っぽいポジションを取ってるので、専門家よりも YouTuber を取るのは当然だと思うよ





アルゼンチンと主要パターンが重なる国

① ベネズエラ

  • 20世紀中盤、石油で南米最富裕国

  • 中流層拡大 → 民主化

  • 資源依存+ポピュリズム

  • 国家統制強化 → 生産崩壊

  • ハイパーインフレ・国家破綻 👉 アルゼンチンの「資源版」

② ブラジル

  • 工業化・人口ボーナスで急成長

  • 格差を残したまま民主化

  • 汚職・財政悪化

  • 軍政 → 民政 → 再右傾化

  • 成長国と停滞国を行き来 👉 アルゼンチンの「規模拡大型」

補足:なぜ 日本 を含めないか

  • 国富流出が限定的

  • 軍事暴走を制度的に封じた

  • 通貨主権が極めて強い → 分岐点で踏みとどまった ※ただし「中流縮小→政治の硬直」までは共通










ドイツは毎回中国に、『ドイツは素晴らしい!』って枕詞で過去の黒歴史挙げ連ねられて、内心いい加減にやめてくれと思っているだろう。

そして日本は『ドイツみたいな悪事はしてねーよ』と死体蹴りして終わる。

ドイツが一番かわいそう。


逆にスポーツニュースでホームランシーンばかり見ている層は徐々に消えていくでしょう。

しかし開始時についた「大方の予想を裏切り大最高」という結果はブランドイメージとなり「どうやらこれが正解らしい」という層は残っていくと思われ、

最初の貯金のおかげで、次のスターへのバトンタッチまでは余裕で生き残ると予測します。





存立危機事態とは「同盟国が攻撃された場合に日本がどう動くか」であって、日本の同盟国はアメリカで、「アメリカが台湾を助けに来た時に日本はどうアメリカを援護するか」という話なのだから「アメリカが必ず来る」と言っているのではなく「アメリカが来たら」の話をしている。

だから「アメリカ軍が必ず助けに来るということを、勝手に前提にしている点だ」というのは本当に嫌な言い方だ。

>高市首相の描くシナリオの最大の欠陥は、「アメリカ軍が必ず助けに来る」ということを、
>勝手に前提にしている点だ。首相は「米軍が来援する」と断言した。しかし、現在の国際
>情勢、特にアメリカの政治状況を少しでも理解していれば、これがどれほど危うい空想であ
>るかがわかる。

また、台湾の中にも日本と同じくアレ派がいるのだから全員が手放しに喜ぶ構図はありえない。

当たり前のことをさも問題があるように煽り立てる日本のマスコミの「誤報すれすれの綱渡り」を、外国の国家やマスコミが「本物の誤報」として誤解してしまうから、韓国とも中国とも仲が悪くなったというふしがある。

読むほうも書く方も気をつけようね。


日本人が茶碗を手に持ち、顔の前に持ってくるのは「背筋を伸ばして姿勢よく食べるため」というマナーに基づく副産物です。

逆に、背なかを丸めて皿に顔を近づけて食べる行為を「犬メシ食い」と呼んで嫌います。

但し、茶碗に口を付けてガツガツとかきこむことは行儀が悪いとされています。

しかし、育ちざかりの若者や栄養が必要なハードワーカーは例外とされています(恐らく料理を作った人にとっては無我夢中で食べている姿を、嬉しく感じるからだと思う)

写真の子供は、この育ち盛りの若者に該当します。

育ち盛りの若者としてはオーソドックスな姿ですが、正式な場では行儀が悪いとされています。


松本さんの一番の価値はゲームメーカーであることだと思っている。大喜利システムなど、わかりやすく、参加しやすいフォーマットを作ったことで、お笑い人口を増やし、天才を見いだしやすくなり、そこそこの人にも食い扶持を与えられるようになった。

もちろん自分の得意な土俵を作って、自ら横綱になったという側面もある。

ゲームづくりは試行錯誤の結果、低い確率で出現するホームランが生き残っていくという特性があるが、

ダウンタウンチャネルでは、テレビと違い何でもできるという特性が、空振りシーンをお金出して見るという状況を作っている。

大谷の豪快な三振でビールが飲める というタイプの人がダウンタウンチャネルに残っていくだろう。

これから何本ホームランを打つことができて、そこからどれぐらい天才バッターを生むことができるかが、晩年の松本体制の構築の鍵となるだろう。


ニコルンさんが「石破さんの言っていることは分からなかったけど、高市さんが言っているこことは分かると若者が言っている」と言っていたけど、あんまり誰も言わないけど、大人も同じことを思っている。つまり内容も方法も、支持できる発言をしているということだろう。


米山さんがいるおかげで、日本国民が国事を他人事だと思っていられない危機感を持たせてくれる。 なんでこんな人が存在しうるのか不思議でならないということが、きっと思いも寄らない事があって、視認できない勢力が暗躍しているというテストピンになっている。





うーん…こんな話? 「真っ暗闇の中、一生懸命に何も見ず、考えずにみんなのためだと信じて走っていたが、壁にぶつかって頭を打った!痛い!」 なんの感想もないよね。 最低限、懐中電灯程度は自分で用意しろよ、ぐらいかなぁ


書き切るのイメージ とても締め切りに間に合わないほどの文書量を書き終わる 永遠に終わりがなさそうなことを無理にでも切断して終わらせる感じ

書き上げるのイメージ 何度も考察を繰り返し、苦労に苦労を重ねて、満足のいくものに仕上げる 上質なものになるように品質を上げていく感じ





生死の概念の違い≒衛生観念の違い
で半分ぐらいは説明できそうです。
死にそうな人や死体には、死ぬ原因となるものが内在しています。それには触れない方がベターなわけです。

日本では有史以前から経験則的に死を穢れとして、生と区別するようになっていったのではないかと思います。

最も長い歴史を持つ国=もっとも衛生的な国

というのも成り立つかもしれません。



地元ハンターによるクーデター発生! ハンターに占拠された町を解放すべく、町長はクマにハンター討伐の依頼を出した!

という未来が見えます。





より面白くない人間と一緒に過ごせば相対的に面白い人間になれます。しかし、どんどんつまらない人間になっていきます。

面白い人間と一緒に過ごせば、つられて面白い人間になれます。しかし、いつも比べられて面白くないやつと言われます。

どちらでもない人間と一緒に過ごすと、どうでもよくなります。

つまり、大阪には住まないほうがいいということです。




読解力が足りない人が怒っている という印象

特にニュース記事は文字数が限られているから、読み手の知識と想像力を信頼して書かれている

また、読まれるための見出しなので、多少違和感があったほうが目を引きやすい

指摘している人は見事に釣られたのかもしれない












「をかし」
風流: 自然や季節の美しい情景、趣のある風情。
知的な趣: 趣向を凝らした歌や言葉のやり取りなど、洗練された面白さ。
滑稽・愛嬌: 微笑ましい愛らしさや、少し滑稽な様子)

が日常用語として使われていたのは、だいたい西暦900〜1100年ぐらい。




削減されるコストは微量だけど、もっと大きなコストをカットするための意思決定には、議員を減らさないとできない。大阪はそうだった。

というような意味合いのことをおっしゃってたと思いますよ。

個人的には1割ぐらいでは変わらないのかなと思っています、それより、選挙のやり方の問題が大きいと思いますね。

少数意見が拾える選挙の形ってのはなかなか難しいでしょうね、しかも議員自身がルール決めする中でってのがまた厄介。

ただ、国会議員が減ると意思決定力は上がっても、役人に対して監視の目が届かなくなるのはあるでしょうね。



関心はありますよ。そして、憎しみなんてあるはずがありません。憎む動機は見当たらないですよ。

ただ、大統領が退任後に捕まったり不審な死を迎える国なのだから、万事うまくいかなくて当然だろう、この国に生まれた人は本当に気の毒だと思ってます。皮肉ではなく、同じ人間として、隣人として心から悲しく思っています。地政学的に、通り道や境界線に使われやすい地域です。難題も多かったと思います。ただ、韓国の若い世代には希望を感じています。

日本の支援は「いつか相手の心に届く」と信じて続けられてきました(と思っています)しかし、繰り返しても届かなかった、だから疲れてしまった。嫌韓なんて言葉が流行ったこともありましたが、実際には「韓国疲れ」だったのです。心が枯れてしまったのです。しかし、若者にはこうしてインターネットを通じて心が直接届くのです。

だから20年後には両国は仲良くなっているだろうと思っています。



韓日と書かずに日韓と書かれているところに好感がもてますね、ありがとう。

(敬意を払って)韓日協定の事を詳しく知っているのは学者や政治系のジャーナリストなどです。

一般の中でも政治や経済に詳しい人ならば、おおよその内容は知っています。

詳しくない人も、韓国へ(協定という名の)支援を行っていたのは知っています。また、韓国の国民がこの事実を韓国政府から知らされていないことも知っています。

きっと、日本からの支援のことを、韓国国内では都市伝説や陰謀論のような存在に思われているのだろうと思っています。どこの国も自分の国のことこそよく見えないものです。

韓国ではアメリカの支援と韓国国民の努力で「漢江の奇跡」がなったと教えられると聞いたことがあります。一度隠してしまったので、実は日本がたくさん支援してたんだよと言いづらくなってしまったんでしょうね。





佐賀では 「今から行きます」を、 「いまくっけん(これから来るよ)」 と言います。

他県の人からは「誰が来るの?」と聞き返されます。

佐賀県民としては、相手の立場に立って、相手の目線から話している丁寧語に近い語源があったのではなかろうかと思っています。






狩っているのは、コメントした人ではなくて、その向こうにいる『嘘を扇動している団体』であり、

この記事は、本来の文脈を無視して、 『個人攻撃が目的というレッテル』を貼り付けている。

つまり『嘘を扇動している団体』が切り出したカウンターパンチである可能性を忘れてはならない。


これをふまえて、
より丁寧なのはどちらか?という観点では、

行きましょう(と私が決める)
行きませんか?(とあなたが決める)

選択権を「あなたにあげる」という「あなたを大切に丁寧に扱っている」という点で「行きませんか?」の方がより丁寧と言えますが、

その人の気持ちが、(本当は行きたくない)ときであれば、
(行きたくないのに、行けと促されている、行かないと空気読めないやつと思われる……)

「お前が決めろ」と「脅迫」されていると感じられてしまう場合もあります。

相手の気持ちをよく考えて、「その人が気持ちよく受け入れられる方を使う」のが正解です。


もちろん例外もあります。

「あなたが行きましょうか?」という日本語も存在します。
これは、下記のような意味です。

(私が言うようなことではないので、本来は言いませんが、あなたは鈍感で全く空気が読めないから、あえて言います)あなたが(みんなのために『自発的に』)行きましょうか?(といいなさい)

あなたが自分で気が付いて、自発的に「私が行きましょうか?」と言いなさい。
ということですね。

「許可取り」しなさいと「促し」ている、実質的には「命令」です。

あえて正しくない日本語を使い、違和感によって強調しています。
(間違いなので、ちょっと考えないとわからない、つまり、少しは考えろという意味も含まれている)

このような用法は日本語にはしばしばみられます。
そしてこの用法がポピュラーになると、いつの間にか誤った日本語がスタンダードになっていきます。


「しょうか/せんか」diff

主語が省略されているのでわかりにくいですが、
使用上の違いは、おおざっぱに言うと「許可取り」と、「促し」です。

A:(主語)「動作」「しょうか?」➡話している人が動作をする「許可取り」
〇(私が)行きましょうか?
×(あなたが)行きましょうか?

 相手に、私の動作の許可を得る

B:(主語)「動作」「せんか?」➡聞いている人が動作をする「促し」
×(私が)行きませんか?
〇(あなたが)行きませんか?

 相手に、相手の動作を促す

あなたと私が一緒に行動するときにはどちらも使える「許可取り」「促し」
〇(私たちが)行きませんか?
〇(私たちが)行きましょうか?

 相手に、私の動作の許可を得ながら、相手に、相手の動作を促す





『自然』と呼んでいるのがその答え。 自然に消滅していくものを、自然に抗って留めようとする人類のおごり。つまり自分が不自然だと受け入れられない人の考え方。こういう人はだいたい自然の脅威にさらされて後悔するというのが、日本原作の物語ではセオリー



日本人は日本の法律に従え! 外国人は日本国内では日本人の法律に従え!

安心して頼れる医療の崩壊は、時代に合わせて変化を受け入れる必要性が薄かった、医療業界が力を持ちすぎた利権構造の結果である。


『日本すごい』は歴史の針の揺り戻し。 アメリカによる戦後の『日本人牙抜き作戦』に便乗した『日本が強いと困る勢力』が、『日本人が悪い洗脳』を植え付けるための行き過ぎた自虐教育を是正するための、大げさな『日本すごいによる洗脳洗浄』 行き過ぎぐらいじゃないと効果はない。

実際に日本は類まれな性質や歴史的な成熟性を持っているが、まだまだ『日本すごい』が気持ち悪いという人もいる。 それは日本人の美徳でもあるが、それに付け込んだ洗脳ルートでもあると自覚しておくことが大切。

まずは、他国の国旗を燃やしたら犯罪だが、日本国の国旗を燃やしても無罪という、法律にも及ぶ、歪んだ自虐洗脳を取り除かないといけない。



相手のことを考える点において、日本人は、より多くの時間を割いているのは間違いないと思う。
それが、ポジティブの感情の時には祝福となるし、ネガティブな感情の時には呪いとなる。
いいところでもあるし、悪いところでもある。
でも総じて良いことへつながっていることの方が多いと思うのだけれど。

キャラクター分析は、キャラクターをキャラクターにとどめず、現実世界の人間の様に身近に感じているということなのでしょう。


コミュニティレイヤーと 国語力レイヤーはほぼ一致していたが、

SNSがレイヤーに穴をあけたため偶発事故が起こるようになった。

ドングリ不作が食物連載レイヤーに穴をあけ、 クマと人の偶発事故が増えたのと同じ現象



僕の感覚では、
走り抜ける:危険地帯を顔も上げず、目もほとんど開けずに走り抜けた。
走り切る:絶対にリタイアすると思うほど、果てしなく遠い道のりを走り切った。

熟語でいうと、
走り抜ける:突破、疾走
走り切る:走破、完走

「抜ける」は、詰った状態が正常に戻る感覚なので、危険が安全になるとか、困ったことが安心できるようになる。というニュアンスが付いている。

「切る」は、切り取って、ここで終わり、という感覚があるので、走るという行動が終わったという、完了のニュアンスが強いと思う。


『下さい』 はあなたが上だから、下の方にいる私に下賜して

っていう意味だったんだけど、使われすぎて逆に慇懃無礼に取られてしまう。

だから、そう思われないように、もっと丁寧に話すと、そのうちそれも慇懃無礼語に属するようになるだろう。

ちなみに、 『これ上げるね!』 は自分は下だから、上にいるあなたへ上納するね!

という意味だったろうが、言っている人にこの意識がなくなっている時点で尊敬語でも謙譲語でもない。

結局文法的にどうであろうと、そこに本物の気持ちがあって、ちゃんと相手に伝わっていなければ、全ての言葉は虚しい。



ヲタクは日本の若者が使うスラングだった。これを日本を勉強する人に、「正しい日本語です」ということはできない。しかも、「ヲタク」自体がもうほとんど死後であり、日本人が使うと若干違和感を覚える。

今の主流は「ヲタ」だ。ヲタの場合は単語を最小限まで短くしたために、「オタ」ではつたわりにくい(もしかして「オタワ」のこと?って誤解されるかもしれない)だから、他の単語と重ならないためのしるしとして「ヲ」が使われているというのはかなり正しいと思う。

では、なぜ「ヲ」がしるしとなるのだろうか。

それはまさに、「をで始まる日本語が存在しないから」だといえる。

「ヲ」を使うことで唯一の存在となり、ほかの単語と間違われない。

また、

「ヲ」で始まる日本語は誤りであることと、
「ヲタ」が普通の人間とは異なる存在であるという、
自虐的自己認識感に通じるから、より臨場感を増しているのではないかと思っている。

それと、「ヲタク」より「ヲタ」の方が響きがかわいい。

ちなみに、平仮名の「をたく」の表記は見たことがありません。
「オタク」はまだ生きている。
「お宅」は完全に死後。


現代 (1990s–present)

  • 日本語(を)  助詞「を」だけが古形を保持、語頭「を」は絶滅。

  • 文学  ライトノベル・マンガ・ネット小説台頭。

  • Otaku  アニメ・マンガ文化が世界進出、「OTAKU」が国際語化。

  • Europe EU統合・Brexit(2016)。

  • America GAFA台頭、SNS普及、日本カルチャー受容。

Key Points

  • **「を」**は奈良~平安期に語頭で普通に使われ、鎌倉~室町期にほぼ消滅し、助詞だけ残った。

  • GHQは「を」を消していない。自然な音韻変化+表記慣習の継続。

  • Otakuは「お宅(house)」から「オタク(geek)」へ変化し、1980年代に世界へ拡散。