東浩紀 × ひろゆき 9年ぶりのニコ生対談 完全網羅レポート:
偽善の終わりと「正直さ」の時代、そしておっさんたちの人生哲学
東浩紀氏とひろゆき氏による、実に9年ぶりとなるニコニコ生放送での対談。番組冒頭、コメント欄から「NHKみたい(真面目すぎる)」と突っ込まれ、「俺たち年取ったから真面目な話しかできなくなってんじゃないの?」と苦笑いしながらスタートしたこの放送は、結果的に約6時間10分にも及ぶ伝説的な長時間対談となりました。
本記事では、時事ネタから始まり、最終的にお互いの「生き方の美学」にまで至ったこの濃密でスリリングな対談の全容を、脱線した雑談を余すところなく、7つのテーマに分けて詳細にレポートします。(NotebookLMによる編集)
1. メディアとネット文化の変質〜「テレビ化」するネットへの強烈な違和感
SNSのアルゴリズムが生む「異常者の生存競争」
対談は、現在のX(旧Twitter)などSNSの殺伐とした空気への嘆きから始まりました。東浩紀氏が「可愛い猫の動画をRTしただけでも『AI生成だ』『パクリだ』とクソリプが飛んでくる」と現状を嘆くと、ひろゆき氏は「SNSは揉め事優先のアルゴリズムになり、怒りや対立でユーザーを流し込み、YouTubeなどに誘導して課金を得るループになっている」と構造的欠陥を指摘しました。その結果、ベッキーのような清廉潔白な人は一度のミスで消え去り、一発アウトにならない「尖った異常者」だけが生き残り続けるという恐ろしい生存競争が起きていると分析しました。
ネットメディアの「テレビ化」批判と消費される知識人
東浩紀氏がとりわけ強い怒りを表明したのが、最近のネットメディアのあり方です。ABEMA(アベプラ)やReHacQなどの番組は、テレビのプロデューサーが作っているため本質的に「単なるテレビの真似事」であると一刀両断。同接10万や総再生数200万程度でテレビを超えたと錯覚しているが、昔のテレビの視聴率1%(100万人)にも満たないとスケール感を冷徹に指摘し、「コメントを読まないネットメディアは死に向かう」と断言しました。 さらに、こうした番組に出演し続ける知識人として成田悠輔氏や斎藤幸平氏を名指しし、「彼らはシステムに消費され尽くし、牙を抜かれ、例外なくつまらない『バラエティの共産芸人(テレビ芸人)』に成り下がった」と構造的な批判を展開。石丸伸二氏についても「テレビに出る前に消えた」と揶揄する場面もありました。ひろゆき氏も、テレビに出ないからこそ自分や堀江貴文氏、マツコ・デラックス氏は影響力を維持できているのだと深く同意しました(一方で、現在テレビで活躍し始めたアレン様がマツコ・デラックスの枠に行けるかにも注目していました)。
ニコ生の原点回帰と「シラス」のジレンマ
東浩紀氏は、ニコ生の選挙特番が綺麗な知識人を呼び「テレビ化」していることに強く失望しています。ニコ生の本来の強みは「横山緑のような同接500をぶっちぎるアナーキーな生主や無職、社会不適合者(子供部屋おじさん)が集まり、吠える空間」であったはずだと提言。 一方で、東浩紀氏自身が運営するプラットフォーム「シラス」は、有料の壁(ペイウォール)で守られているため平和で知的な空間を保てているものの、どうしてもスケールが小さくなるというジレンマを抱えていることも率直に吐露しました(ひろゆき氏からは「中田敦彦向けのシラスを作ればいい」と茶化されていました)。
2. 政治・選挙と国際情勢〜「イメージ」と「本音」が駆動する世界
高市早苗の躍進と「正しさよりも正直さ」
先の自民党総裁選における高市早苗氏の躍進について、両者は「エンゲル係数が40年ぶりに上昇するなど経済の悪化に大衆は気付いておらず、政策で選ばれたわけではない」と分析。東浩紀氏は、彼女の強みは「安倍や麻生のような世襲ではない、しかも女性」という事実が国民に与えた「希望(イメージ)」であると語りました。石破氏が国際会議の端で携帯をいじっていたのに対し、高市早苗氏がトランプやメローニと渡り合う外交パフォーマンスを評価すべきだとも指摘。 ひろゆき氏は、トランプ、プーチン、メローニ、ルペンらが支持される理由を「論理的な正しさではなく、建前を言わない正直さ(本音)があるからだ」と解説。東浩紀氏もこれに同意し、「エプスタイン島に行っていても『やっちゃった、すまん』と開き直る方が強い時代。リベラルメディアが没落しているのは、大衆が求めるこの『偽善のない正直さ』を理解できていないからだ」と断じました。
取りこぼされた大衆の受け皿「参政党」のポテンシャル
中道や左派(立憲民主党や共産党)が壊滅状態にあり、れいわ新選組も山本太郎氏が不在で大石あきこ氏では担げないと指摘される現在。農業や美容師など、現場で泥臭く働く「エッセンシャルワーカー」を「そのままでいい」と肯定し、大衆の不安に寄り添う受け皿として実質的に機能しているのが「参政党」のみであると分析されました。東浩紀氏はイデオロギーへの賛同ではなく客観的なリアリストの視点から「支持者が増えるにつれて主張もマイルドになっており、今後さらに伸びる」と予測しています。
日本の外交と政治参加へのスタンス
アメリカ、中国、ロシアの3つの帝国に挟まれた日本は、アメリカに完全追従して一緒に死ぬ(ベネズエラ等への軍事介入の共犯になる)のではなく、日米地位協定の改定(ドイツやイタリアのように日本の警察が基地に入れるようにするなど)で自立を探るべきだという危機感が共有されました。また、子育て支援についても「20代で年収600万以上の裕福な層への支援にしかなっていない」と現状の政策を批判しています。 自身の政治参加について問われた東浩紀氏は、猪瀬直樹氏を例に挙げ「作家が政治家になると輝きを失う(都知事辞任の仕方もかっこ悪かった)」と指摘し、絶対に出馬しないと明言。西田亮介氏のように、国会議員のつまらない話をいかにも重要かのように盛り上げるのは自分には到底無理だと苦笑しました。過去の笑い話として、居酒屋で盛り上がった「千代田区乗っ取り計画」で、ひろゆき氏だけがバカ正直に住民票を移し、東浩紀氏と津田大介氏が裏切ったというエピソードも披露されました。
3. 階級・学歴社会とインテリへの強烈な怒り
安全圏の偽善と「ポル・ポト的革命」の予感
対談の中で最も熱を帯びたトピックの一つが、既存のインテリ(知識人)層への批判です。タワマンに住むような安全圏の大学教授が、大衆に向かって「みんなで等しく貧しくなろう」と説く偽善が、人々の強烈な怒りを買っていると東浩紀氏は危惧。もし革命が起きれば、ポル・ポトや文化大革命のように我々インテリは真っ先に殺されると強い危機感を表明しました。知識人は「自分たちは金を持っているブルジョア(既得権益層、チーム未来側)だ」と嘘をつかずに認めるべきだと主張しています。 また、秋葉原や池田小の事件、そして統一教会問題での山上容疑者(安倍元首相銃撃事件)についても言及。「『ワンチャンやったろか』という無敵の人のテロリズムの背景を理解することと、テロリストに同情することは別であり、極刑にすべきだ」という点で両者は完全に一致しました。
エリートの想像力欠如と現場のリアル
開成や灘、東大出身のエリート(偏差値70以上)は、多様性の包摂などを綺麗な言葉で語りますが、公共トイレでのやばいトラブル(女子トイレに男が入ってくる等)のような『ブレイキングダウン的な社会の過酷な現実』を全く想像できていないと批判されました。誰もが偏差値60以上を目指しAIを作る社会はディストピアであり、社会を実質的に回しているのは現場の職人や労働者であることを忘れてはならないと強調されています。東浩紀氏自身も筑駒・東大出身のエリートだからこそ、その「無意識の偏見」や想像力の限界が分かると自己分析しています。偏差値60以上だと思っている連中以外はクズだと思っているという自虐的な本音も飛び出しました。
4. 身体・性・ジェンダーと少子化の根深き問題
「新品至上主義」への批判と中高年のポルノ
日本社会が過剰に「若さ(少年少女・新品)」を尊ぶ風潮に対して、東浩紀氏は猛烈に異を唱えました。ハゲやたるんだ身体を否定せず、エロティックに肯定する40代・50代向けのポルノや恋愛物語(『ダイ・ハード』のブルース・ウィリスや『トップガン』のトム・クルーズのようなおっさんの希望)が圧倒的に不足していると熱弁。 弘兼憲史の漫画(『黄昏流星群』『課長島耕作』など)を高く評価しつつ、「ハゲ(男性ホルモン)は右翼になり、白髪は左翼になる」という独自のホルモン思想も展開。津田大介氏や百田尚樹氏、トランプ氏を例に挙げ、若新雄純氏が韓国で植毛したことをイジる場面もありました。東浩紀氏自身も小学1年生の頃から「親父が20代でハゲたから自分もハゲる」と恐怖し、シャンプーで頭皮を揉み続けて10〜15年引っ張ったという切実なエピソードを語り、最終的にはジェイソン・ステイサム路線(またはショーン・コネリー路線)を目指すしかないと結論づけました。
日本の「綺麗/汚い」文化とマイノリティの扱い
日本の文化の根底には、伊勢神宮の式年遷宮に象徴される「綺麗か汚いか(新品か否か、穢れか)」という価値観があるという和辻哲郎の指摘を引き合いに出し、これがマイノリティの扱いにも影響していると分析。マイノリティを認めることと、それを社会の『最先端・スタンダード』として大衆に歴史の学習を強要することは別であり、『無関心でいる自由』も認めるべきだと、現在のリベラルな押し付けに苦言を呈しました。
「処女厨」と東アジアの少子化
純粋さや運命を求める漫画・アニメ的な「処女厨」文化が結婚のハードルを上げていること(東浩紀氏自身も男子校出身でこじらせていたと自己批判)。また、日本を含む東アジア(中国、韓国、台湾)の少子化の背景には、親を尊敬させるための過剰な教育費負担(儒教的価値観)と、他人の飯で育つような「村社会的な子育てバッファ」の喪失があると分析。フランスのPACS(連帯市民協約)や「できちゃった婚」をもっと肯定していく必要があると語られました。
5. エンタメ・文化・B級グルメの「物語消費」
映画評論とお笑い芸人への違和感
映画『エヴァンゲリオン完結編』について、東浩紀氏は「風呂敷を広げすぎた物語を、庵野秀明の私小説的な力技で収束させた」と高く評価した一方、『君たちはどう生きるか』にはリズムが合わず乗れなかったと語りました(宮崎駿と高畑勲の違いなどにも言及)。ひろゆき氏は吉田修一原作の映画『国宝』を、「主人公(熊本のヤクザの息子)とライバルのBL視点ではなく、元風俗嬢の元カノ(最後は松竹トップの愛人になる)による究極の推し活の視点で見ると面白い」と独自解説を展開しました。 また、M-1における令和ロマンの「慶應大学による攻略法」的な高学歴お笑いや、たくろうのようなオーソドックス回帰について言及。東浩紀氏はビートたけしの映画制作を知識人が評価し始めて以降、お笑い芸人に知識人(世相斬り)のポジション(爆笑問題の太田氏など)を押し付ける風潮について、お笑い界にとっても良くないとし、狂気の世界にインテリがすり寄るのは気持ち悪いと強い違和感を表明しました。ひろゆき氏も芸人不ぜいと呼ぶべきだと同調し、皆が芸人を評価する社会は成立せず、努力の意味が薄れると懸念しました。
ラーメン二郎に見る「日本のドレスコード」と京都問題
ラーメン二郎の厳しい暗黙のルール(ロット乱し禁止、スマホ操作禁止など)について、ひろゆき氏は「これはヨーロッパの高級店における『ドレスコード』の庶民版であり、貧乏人でも文化性を持つ日本特有の現象だ」と絶賛。対して東浩紀氏は、二郎でスマホを見ていて怒られた理不尽な体験を語り、「行列に並んで空腹を増幅させるエンタメ構造に納得いかない。ファストパス(1人1000円、いや300円払って前に行く等)を導入してほしい」と本音を漏らしました。天下一品や五反田の有名うどん店(おにやんま?)などB級グルメの話題も交えながら、日本独自の「モノづくり」による物語消費について議論しました。 また、京都のオーバーツーリズム問題についても、「外国人が悪いのではなく、事前に新幹線のトランク置き場などのインフラを整備しなかった行政の失敗である」と断じ、ルール(予測可能性)の不在が大衆の不安を生んでいると指摘しました。
6. 幸福論・死生観・人生の哲学のぶつかり合い
「モノづくり」による公共性と、友達の定義
神(宗教)が消え、金が幸福の基準になった社会は、半分が平均以下になるため構造的に不幸を生むと指摘。日本独自の公共性は、ハンナ・アーレントのいう政治的アクションではなく、料理や建築などの「モノづくり(作品)」によって担保されてきたと東浩紀氏は語ります。 「友達の定義」については、ひろゆき氏が自分が思えば(吉野家や松屋で奢ってくれれば)相手の承認は不要で友達とドライに語るのに対し、東浩紀氏は心と心の通じ合いが必要と反論。ここでもお互いの人間性の違いが浮き彫りになりました。
タイムマシンと子育てのリアル
東浩紀氏の親としての痛切な実感も語られました。「娘が生まれたことで、『娘が誕生する前の過去にタイムスリップして人生をやり直したい』とは思えなくなった。なぜなら、別の精子と卵子の組み合わせになり、今の可愛い娘が消えてしまうからだ。これで親としての人生の自由がなくなった」。これに対しひろゆき氏は「それは娘がクソ野郎にならず、まともに育ったから言えるだけだ」と鋭く指摘し、東浩紀氏が深く納得する一幕もありました。子育てが終わった後の「長い残りの人生(約20年)」をどう設計するかが重要だと語り合いました。
死生観と自己否定〜ソクラテスのデーモン
ひろゆき氏の強さは「明日死ぬかもしれない(諸行無常)」という江戸的美学にあり、だからこそ裁判の賠償金なども気にしないと自己分析。対して東浩紀氏は「歴史に名前や作品を残したい」というエゴがあり、さらに自分の中のもう一人の自分(ソクラテスのデーモンのような声)が「お前それかっこ悪くねえか」とストップをかけるため、才能があっても自己否定が強く素直にハッピーになれない厄介な不器用さを持っていると吐露。 ひろゆき氏から「論理の高さと感情に振り回される子供っぽさの同居が面白い。昔から変わっていない」と好意的に評価され、東浩紀氏が「みんな俺のこと好きでいてくれるんだ」と素直に喜ぶ場面は、この長時間の対談のハイライトの一つでした。
7. 人文学のあり方、そして大団円(ニコニコ運営イジり)
人文学には「人格」が必要である
東浩紀氏は、上野千鶴子氏の学術的な功績を認め、著作も何冊も読んでいるとした上で、彼女が特定の「正しい生き方」を人に説くような姿勢に対して「世の中には色々な人生があるのに、それはおかしい」と違和感を示しています。そして持論として、理系の自然科学であれば、たとえ本人の人間性に問題があっても正しい数式や方程式さえ出せば成果として認められますが、「人間とは何か」を考える文系の人文科学はそれとは根本的に異なり、学者自身の人格がしっかりしていなければ成り立たないと主張しています。加えて、カントやヘーゲルから続く普遍性を求める哲学の空理空論を捨て、脳科学や生物学的な男女の違いといった現実を受け入れるべきだとも説いており、こうした考えを踏まえた上で、人文科学の分野では「正しい生き方」を説きながら人間的に間違っている人には最終的に誰もついてこない、と主張しています。
高橋氏いじりと9年後の約束
番組も6時間の大台に乗ろうとする中、裏番組のパブリックビューイングが先に終了したことを知った二人は「あいつら寝たんだな。俺たちおっさんの気合の勝ちだ」と歓喜(ひろゆき氏はゲーム『龍が如く8』を93時間かけてクリアしたという逸話も披露)。 最後の締めくくりとして、ニコニコ運営の高橋氏を画面に呼び出し、「YouTubeに同時配信して小銭を稼ごうとするな」「9年で給料は20%(500万が600万?)上がったのか?」「裁量労働制でタイムカードはないのか?(実はあった)」などと延々と追及。最終的に「高橋氏が残っているのはニコ生が好きという思想(洗脳)だ。夏野や川上にも言っておけ」と結論づけました。
「今日、本当に楽しかった」と互いに振り返り、「ではまた9年後にお会いしましょう」という言葉と共に、6時間10分に及ぶ伝説的な対談は幕を閉じました。
ひろゆきが東浩紀と深夜の五反田にやってくる!
ニコニコ生放送:ひろゆき×東浩紀 雑談生放送 の続きです。
世界の政治思想の潮流(中道の弱体化)と日本の左派の壊滅
外国居住による「特有の文化」と「人類の普遍性」の区別
ReHacQ(高橋弘樹氏)の選挙配信における収益構造と視聴者層
政治評論家(西田氏、今野氏、石丸伸二氏)に対するスタンスと評価
石丸伸二氏に対する擁護(ルールの遵守)と批判(詐欺的手法・政治的信頼の破壊)
性行為の体位(正常位など)の歴史的・文化的背景
下ネタやタバコを好む大衆行動の論理的理由
フランスのコミュニケーション文化(事象と人格の切り離し)
「本を読まない知人からの好意」と「熱心な読者からの愛」に対する葛藤
などもっと様々なことについて語られています。是非シラスで見ましょう!


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