左翼思想家として知られ、過去に神奈川横浜市南区で立候補し話題になった後藤輝樹さんが亡くなったそうです。
この記事では後藤輝樹さんの死因、なぜ亡くなったのか、理由について書いていきます。
後藤さんは過激な政見放送で知られた政治活動家
であり、数日前にはブログ上に遺言書を公開していました。
また、ここ最近はYouTubeにてタロットカードにはまり守護神の存在について話していました。
占いに頼ってしまうかなり精神的に厳しい状態だったようです。
後藤輝樹さんの奥様がTwitter(現X)で夫である輝樹さんが亡くなった事を報告。
後藤輝樹さんにはまだ1歳にもなってないお子さんがいます。
それにも必ず、財産分与は奥様ではなく全て自身の母親に想像すると、遺言書に書いてあります。
奥様は以下のような文をXに投稿しました。
「昨日、2026年6月28日、
後藤輝樹が永眠いたしました。
生前は選挙への立候補をはじめ、自身の信念のもと、さまざまな活動を続けてまいりました。
これまで応援し、支えてくださった皆様、関わってくださったすべての皆様に、心より感謝申し上げます。
現在、家族一同深い悲しみの中におります。
どうか故人を静かに見送っていただけますと幸いです。」
と投稿しました。
また、後藤輝樹さんは生前にXで自死を実行するかのような投稿をされていました。
またsnsでは今年に入ってから後藤さんが不倫や浮気についての言及をよくしていた事から夫婦間に何かあったのでは?と憶測するツイートも。
しかしこれは噂にすぎず、後藤さんの名誉やご家族が傷つくことになりますので推測で語るのはよくないですね。
Xの過去の投稿を見ると、かなり自由を愛し思想の強い方だった様で一般的な人よりも思い悩むことが多かったようです。
Xのこれらの投稿から後藤さんがかなり強い死への覚悟を持っていたと考えられます。
自由を愛しながらも、家族や父親に対しては自分なりに愛情を注ごうと必死に頑張っていた事も感じ取れます。
後藤さんは父親の介護にも悩んでいた模様。
自身の父さんだけでなく、社会的な高齢者の介護に対する問題に対しても発信していました。
さらに奥様が出産の際に無痛分娩をしたいとの希望に対し、強く反対をされていたので、何か自らの強い持論がありかなり生きづらい毎日だったのかもしれません。
後藤輝樹さんのご冥福とご家族の心が早く癒えることをお祈りします。