芸人的なノリで男とディープキスもやってやれなくもないけど、今はそれもしたくない。すべては家族のため。を考える。妻に、子どもに、たとえば性病を移したら、どうしよう、とか。それはもちろん性病だけでなく、余計なウイルスや細菌とかも含めてだ。もっと言えば、妻や子どもにとって、悪い影響を及ぼすものも含めて。まで考える。本、映像、音楽、文化、伝統、思想、価値観、マインド、家のつくり、家具、動線、服装、食べもの、善悪、生き方、死生観、掃除、清掃、片付けなど、諸々すべてだ。だから、そういうことまで考えると、まずは人をどうとかよりも、自分がそうならないと、実践せなと思う。それも含めて日々精進なのです。自分の限界まで追い籠む。死ぬ手前まで。死ぬとは、もうダメだ自殺するというところまで追い籠む。だから毎日、死ぬ生きるとなる。徹底的にこだわらなければ自分が生きてる存在してる意味がない。自分だったらこうする、何故なら、こうだからだ、を実践して生きる。普通の人は、やらない、でも俺様は、やる。それは、それが俺だからだ。普通の人はしないけども、それをやらなければ、俺が俺で無くなるからだ。でもそれは、めんどい、しんどい、大変。だけど、それをやらなければ、俺が俺で無くなるので、仕方がない。死んで生きるか、生きて死ぬか。俺様は生きて死ぬを選ぶ。それを43年ずっとやってる。だからもう限界。死にたくなる。しんどいと。ずっと闘ってるから。これでいいや、でなく、世界はこうじゃなきゃダメなんだを訴えてる、主張し続けてる。そりゃ精神的に寿命が短くなって当然。もう精神が擦り切れてるから。肉體的には問題ないとしてもだ。だからもう1人では生きてはいられない。精神を支える存在、捧げる存在がないと、肉體が実體を留めるのは難しい。そういう状態。毎日が最終章。
風俗はほんと行ってない。俺様が神経質すぎて妻以外と出来ないから。夫婦なら当たり前かもだけど、同性異性かかわらず徹底的に粘膜接触を禁止している。